Act.10 飛び入り参加のスタジオ
「まとすけ、放送室までまだ結構あるよ! もっと急いで!」
「ホント……待てって…………」
天然なのに運動神経が良いなんて珍しい。ふわっふわのピンクベージュの髪を揺らして、さっきのジュースをジュールに変えて疾走する羽織。
くそう……夏の海で水着できゃぴきゃぴとはしゃぐ追いかけっこならハッピーなのに……。
今はコーラでお腹が膨れて、「アタシを捕まえてごらん♪」「ま……待てよ……うぷ」という全然憧れないチェイスになっている。
やばい、左の脇腹が痛いぞ……。
お痛みを紛らわすために「みなアス」に耳を傾けてみる。
「はい、ということで夏バテ対策についてのお便りでした。菜緒さん、夏に向けて元気をつけるために食べてる物ってあるの?」
「そうですね、結構夏って素麺とか多くなって油物食べる機会が減ったりするじゃないですか」
「うん、確かにね」
「なので、自分は積極的に油取るようにしてます!」
ラジオ部は隔週1回、金曜日に校内ラジオ「みなしろアフタースクール」略して「みなアス」を放送している。生徒からの評判も上々で、メールを毎週送る熱心なリスナーもちらほら。
四季祭当日はいつも、オススメ企画の紹介などをする拡大版ラジオ「みなしろフェスティバル」を流している(こちらは略して「みなフェス」だ)。
今回のパーソナリティーは2年生の雄二君と3年生の菜緒さん。結構好きなんだよなあ、この組合せ。
「オススメは、今更かもしれないですけどアレですね、食べるラー油!」
「お、いいですね。ニンニクも効いてるし、スタミナつきそう」
「そうですね。特にあの何でしたっけ『辛そうで辛くない、でも少し辛いラー油』とかいう名前のは美味しかったです! 雄二君も食べたことありますか?」
「はいはい、ありますあります。おかずにかけてもいいし、ご飯に乗せても合うんですよね」
あーわかる。アレ何にでも合うんだよな。揚げたガーリックが最高。
「でも雄二君、あれって名前もキャッチーでいいですよね!」
「確かに面白いよね。辛いの、辛くないの、どっちなのよ、みたいな」
「そうなんですよ! だからアタシ思うんですけど、このネーミング、ブームが終わった今だからこそ、色んなところで使っていけばいいんじゃないかって」
「ほうほう、例えば?」
「『デレそうでデレない、たまにデレる女の子』」
「……はい……」
目新しそうに見えるけど、それはただのツンデレだと思う。
「あとは『辞任しそうで辞任しない、でもついに辞任する大臣』」
「うん…………」
電車の中吊り広告風。
「それと『ドロップに見えてドロップじゃない、でもドロップに見えるおはじき』」
節子冷静だなおい。
「雄二君、どうですかこのネーミング?」
「うん、良いようで良くない、でもやっぱり良い気もする」
テンポのいい会話。どこまで台本なのかわからないけど、聞いてて心地いい。
「まとすけ、アタシに追いつけるかな? さあ、
「お前……そんなに……走ることないだろ…………」
羽織は心身ともに突っ走りモードの弾丸系女子。
台詞回しが完全にハイテンション。
1階の中庭を突っ切って、放送室へ向かう。
羽織を30メートル先に見ながら、手が自然に左胸を押さえる。いてて。
四季祭の準備は、中庭でも絶賛進行中だった。
もう日も落ちて暗くなっているけど、部室ではできない大掛かりな作業があちこちで繰り広げられている。
ライトで照らしてもらいながら看板の幅と高さを確認する生徒。プロっぽく釘を口に銜えてトンカチを振るう生徒。
広げられたブルーシートには、色とりどりのペンキの缶や洗い終わった大きな筆が売り物のように並べられていた。
みんなワイワイ話しながら、明日に向けて賑やかにやっている。
「もう少しだぞ、まとすけ!」
「わ……わかってるって……」
息も切れ切れで相槌を打つ。
「よしわかった! まとすけ、勝ったらアタシの体、燻製にしていいよ!」
「突然何言い出すんだバカ!」
なんで女子高生を
作業してた人達みんなこっち向いてるじゃん!
「え、まとすけ、アタシの体じゃモノ足りないの?」
「花の女子高生がカラダカラダって連呼するなよ」
「桜チップローストとか良さそうじゃない?」
「もう黙って走れ!」
もうお腹より視線の方が痛い! やめてえええ! そんな目で見ないでえええ!
「あさみんが、男の人はこう言われると頑張れるって言ってたぜ!」
「レベル高いセクハラされてるぞお前! そろそろ訴える準備しておけ!」
変態だけど変態に見えない、でもやっぱり変態の後輩。
***
逆セクハラを受けているうちに目的の校舎の1階に着いた。
放送室は先生も事務連絡に使うので、職員室に近いところにある。
「よし勝った! まとすけコーラね!」
「はいはい、後で買ってやるよ」
「わほーい!」
バンザイして喜ぶ羽織。お前何本飲む気なんだよ。
「こっからは少し声小さくしろよ」
放送室のドアノブには「本番中!」と書かれた札が下げられていて、中からは雄二君と菜緒さんの声が聞こえた。
「雄二君、お便りにもありましたけど、もう夏本番ですよね! 夏といえば、何を思い浮かべますか? はい、インスピレーションでどうぞ!」
「うーん、夏と言えば、か……」
「よし、羽織、3~4分だけ時間もらえないか聞いてみよう」
廊下の窓を見ながら話を続ける。雲はないから、明日はバッチリ晴れそうだ。
「とりあえずトークの間にBGM流れたら部屋に入って――」
ガチャ
…………はい?
「はい! 夏と言えば露出です!」
スピーカーと放送室からプチ幼馴染の声が聞こえてきました。
「そして露出といえばアタシ!」
しかもなんかスゴいこと言い出した!
アタシも露出が増えるって言いたいんだろ! 多分間違って伝わってるぞ!
「あ? え? あの……」
「あ、別に怪しいものではありません! 皆さんこんにちは、ミスコン企画同好会、通称ミスドの風見はお――グワッ!」
叩いたら断末魔までマイクに入った。
「ちょっとまとすけ! いい感じで話してたのに邪魔しないでよ!」
「それはラジオ部の台詞だ!」
動揺気味の雄二君と菜緒さんの方に顔を向けて、小声で話す。
「あの、すみません、一旦曲とか流してもらっていいですか?」
「あ、え、はい。そ、それではここで今日の音楽をお届けしましょう!」
曲が流れている間に、2人に頭を下げつつ、事情を説明する。
「というわけで、数分でいいんで、俺達の告知のお時間を頂きたいんですけど……」
「うーん、なるほど。確かにそれは一大事ね」
赤ペンを口にトントンと当てながら話す菜緒さん。アナウンサーのような綺麗な声と、茶髪のロングヘアーが印象的な3年生の先輩。
「うん、告知の時間は作れると思うわ。ね、雄二君?」
「はい、問題ないです。お便りとか曲流すの減らせばいいし」
2年生の雄二君は、廊下ですれ違う機会も多いけど、話すのは初めて。短めの髪をワックスで立てて、細身だけどがっしりして見えるスポーツマンタイプ。
「よし、じゃあ緊急特報やっちゃおっか! 私も力になりたいし!」
「ありがとうございます、菜緒さん!」
「助かります! やったね、まとすけ!」
よし、これで全校生徒に宣伝できるぞ!
「あ、告知なんだけど、2人だけで出演する?」
台本に赤ペンで書き込みを入れながら話す菜緒さん。
「え、あ、はい。俺達だけで出るつもりだったんですけど……」
「2人だけで話してもいいんだけど、私達が進行役で2人がゲストみたいな形で進めることもできるの。あんまり告知っぽくなっちゃうとみんな聞いてくれないじゃない? それで、ゲストに呼んだってことにして、『今日は大事なお知らせがあるそうですけど?』みたいに進めるのもアリかなって」
「菜緒さんステキ! それでいきましょう!」
羽織がぴょこぴょこと跳ねる。
こんなに「ぴょこぴょこと」って副詞が似合う跳ね方も珍しい。
「あ、もうすぐ曲終わります。菜緒さん、俺この後の放送内容直すんで、進行役やってもらってもいいですか?」
「OK、直すのヨロシクね!」
2人とも、普段は放送のときと掛け合いの口調が違うんだな。菜緒さんの方が先輩だから当たり前なんだけど、不思議な感じ。
「進行は適当に話振るからさ。2人とも、話す内容は決まってる?」
「内容! うああああ、ここここ困った、全然決めてない!」
「羽織、落ち着けって」
今日1日で何回この台詞言うことになるんだろう。
「とりあえず事情を話して募集お願いするだけだから。参加希望者はどうする? 部室来てもらえばいいか?」
「そそそそうだね。ぶぶぶ部室に、だだだ誰もいなかったらメールしてもらう!」
とりあえずスクラッチ機能をオフにしなさい、DJ HAORI。
「じゃあ部室のドアに連絡先貼ろう。とりあえず深呼吸しとけ」
羽織の深呼吸を見守った後、放送機材の前に3人並んで座り、マイクを囲む。
「じゃあ本番行くわよ」
菜緒さんが、「シーッ」と言わんばかりに人差し指を唇の前で立てながら、BGMをフェードアウトさせてマイクのボリュームを上げた。
「さて、今日は『四季祭~MIJIKAYO~ 直前スペシャル』ということで私達が気になった企画などを紹介させて頂きます。が、その前に、ここでミスコン企画同好会から急遽お知らせがあるとのことで、ゲストにお越し頂きました。こんばんは!」
「あ、もうアタシ喋っていいですか? あー、あー、マイクテスト、マイクテスト」
今更テストしても遅いんじゃないですかね。
「皆さんこんばんは! ミスコン企画同好会、通称ミスドの風見羽織です!」
よし、落ち着いて喋れてるな。
「こんばんは、同じくミスドの的野蒼介です」
「アタシはまとすけって呼んでます。まとすけのお母さんは
「いいんだよそんなことバラさなくても!」
来週クラスで蒼ちゃんとか呼ばれたらどうしてくれる。
「はい、アタシ達2人ともミスドってことで、今日は名前だけでも覚えて帰ってもらえればと思いますけど」
「芸人かお前は」
「できたら顔も覚えて頂ければ!」
「それはできないの!」
聴覚媒体なんだからさ!
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