カツラ×階段×2人目

Act.9 一筋の光は放送室から

「よしよし、まだこの時間だし、間に合いそうな気がしてきた!」

 階段をスタッカートのリズムで昇る羽織は上機嫌。


「ん、確かにな」

 まだ19時を回っていない。このペースでいけば意外と早く候補者が集まるかもしれない。


「実優さんに連絡したのか?」

「うん! 1人捕まえたってことと、あと一応ナッツの連絡先教えといた!」


 恭平が帰ってきたら、鎌野に連絡して取材に行ってもらうことになる。

 パンフレットに使うための、写真撮影と簡単なインタビュー。それをもとに、原稿をデザインソフトで作り直すことになる。ふう、気が滅入るな……。


「よし、ちょっと休憩しよ!」


 俺達の臨時部室、購買部前に着いた。

 もうすっかり夕日も落ち、自動販売機の緑ランプだけが辺りを照らしている。


「まとすけ、コーラでいい?」

「さっき飲んだだろ」

「いいからいいから」


 ベンチに座りながら、満面の笑顔でコーラを差し出す羽織。

 泡立たないように軽くカツンッと乾杯をして、グーッと飲む。


「ぷはっ! やっぱり一仕事終えた後のコーラは最高だ!」

 サラリーマンみたいなこと言ってるな。


「おっと、みゆ姉から返信きた」

 缶を持ちながらスマホを小指でタップする。

 俺は人差し指じゃないとうまく操作できないなあ。


「おお。あさみん、20時前には帰ってこれるみたいだってさ」

「結構早かったな……あ、恭平に夕飯買ってきてもらうか。今日は絶対まだまだかかるしな」

「うん、買ってきてもらおう! わーい、ごはんごはん!」


「ついでに買ってきてほしいものも送っとこうぜ。お前何食べたいんだ?」

「炭水化物!」

「アバウトの度が過ぎるぞ」

 もっと何か絞り込む要素はないのかよ。


「おにぎりとかパンでいいんだろ? 学校に一番近いコンビニだと、パン系はそんなに種類ないけどな」

「まとすけ、パンがなければサンドイッチを食べればいいじゃない!」

「そのアントワネットはパンを知らないのか」

 サンドイッチって何なんでしょうか? パンなんでしょうか?


「よし、みゆ姉に返信完了。次の作戦考えよ!」

「一応聞くけど、他に候補いるか?」

 明るい声だった羽織が、途端にトーンを落とす。

「んーん、全然……」

 首を横に振る。しょげた表情に、心なしか髪のパーマも落ち着いたよう。


「ううん、やっぱりパッとは思いつかないなあ」

「だよなあ」

 天井を見上げながらフーッと細く息を吐く。


「ねえ、ポスターとか書いてみる?」

「うーん、校舎に貼っても、こんな時間だし見てもらえないと思うんだよなあ」

 全体告知って意味では悪くないけど、如何せん効果が薄そうで、二の足を踏む。


「やっぱりそうだよね。アタシ達で校舎全部に貼るの大変だし」

 プルタブをいじりながら、羽織がため息をついた。



 いけるかも、と期待してみると、すぐに打つ手の無さに愕然とする。

 思い出したかのように牡蠣にあたった元出場者への恨みが頭をよぎる。

 今更そんなこと考えても仕方ないけど、それでも落胆と苛立ちは消えない。



「SNSもイヤなんだよなあ」

「アタシも……ネタにされて終わりそう」

 いたずらに拡散されて特設サイトのPVが回るだけなんて悲しすぎる。


「じゃあ、部室周って勧誘してく?」

「……しかないかもなあ。で、鎌野のときみたいに有力な候補を思いついたら直接説得に――」



 ブツッ ブツッ

 ピンポンパンポーン♪



 近くにあったスピーカーから、迷子の呼び出し音でお馴染みの効果音が流れた。

 軽快な音楽に続いて、校内に明るい声が響く。


「スピーカーの前の皆さん、こんばんは。時刻は19時です。さて、今日は文化祭前日ということで遅めのスタート、ラジオ部がお送りする『みなしろアフタースクール』略して『みなアス』です! 毎回替わるメインパーソナリティー、今週は私、早くも夏バテ気味の崎原雄二さきはらゆうじと……」

「今年の夏は海に行きたい宗谷菜緒そうやなおです、よろしくお願いします!」



「あ――っ!」

「ん、どしたのまとすけ?」

「これだ! ラジオ部だ!」

 何で忘れてたんだろう!


「何? 放送部に出場者候補がいるの?」

「違うよ、校内放送! この『みなアス』で募集の告知させてもらえれば、ビラとかポスター使わなくても全校に宣伝できるだろ!」

「ほおおおおおおおおお!」


 英語の先生が発音を教えるときのように、口を縦に開いて声をあげる羽織。


「たぶん今日はMIJIKAYO直前スペシャルで、放送部のオススメ企画紹介のはず。交渉すれば少しは時間もらえるかもしれない」

「まとすけ、ナイスアイディア! ノーベル賞もの! ノーベルミスコン賞!」

「どんだけ狭い賞なんだよ」

 物理学や平和と一緒に並べるなって。


「そうと決まればラジオ部と交渉だね!」

「ああ、そうだ――」

「燃えてきたぞーっ! アタシは燃えてきた!」



 ……ん? なんか、あれ? 風見羽織さん、アツくなってないですか?

 これあれじゃないですか? 噂の弾丸系女子じゃないですか?



「まとすけ、準備はいい?」

「うん、まあ大丈夫だけど……」

 なんで腕回してるの? なんでそんな急にエンジン入るの?


「よし! 見てろよラジオ部!」

「あの、羽織さん、少し落ち着かれた方が……」


 ベンチから勢いよく立ち上がって、コーラを一気に飲み干す羽織。


「ぷはっ! ほら、まとすけも早く飲んで! 放送室行くよ!」

「お、おう……」

 急かされるようにコーラを一気して、羽織の缶と一緒に捨てる。


「まとすけ、放送室はあっちの校舎にあるんだっけ?」

「ああ、ここからだと1階に下りて中庭突っ切った方が速いな」


「よし、じゃあダッシュでいくよ!」

「コーラ一気したばっかだろ!」

 いや、ダメだ。同じテンションでツッコんだら火に油だ。あくまで冷静に……。


「羽織さ、今2人とも炭酸飲んだばっかりだから、ダッシュはキツいかも――」

「うん、おいしかったね! よし、距離長いから屈伸しとこう!」


「いや、だから炭酸飲んですぐ走るとお腹がさ、ほら――」

「どしたの? まとすけは炭酸でお腹膨らんじゃうような特異体質なの?」

「全然特異じゃないよ! マジョリティーだよ!」

 無理だ! 冷静にツッコんでたら戦えない!



「ホントに走るのかよ」

「もち! 負けた方がコーラ奢りだからね!」

「今飲んだばっかじゃん! むしろ負けたいよ!」

「ん? コーラの誘惑に?」

「何でこのタイミングでコーラの誘惑に負けるんだよ!」

「よーいどんっ!」

「聞けよ! ていうか速っ!」


 なんて自分勝手なスターターだ。

 ちょっと待て……ゲプ。


 モデル体型の女子高生を追いかける構図。この季節だと、海で水着ならもっと似合いそうだな……うえっぷ。



 階段を下りて1階に。目的の校舎に向かうため、まずは中庭を目指す。

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