Act.8 魔女が笑って

「フィオレンティーナは私よ! ハオリッタ、何のご用があって?」

 向こうもノッてるじゃん……舞台が幕開けしちゃったじゃん……。


 関わりたくないけど、一応関係者として部室を覗く。


「嗚呼、麗しいフィオレンティーナ! 実は今、私達のミスド王国は大変なことになっているの。国で一番の美女を決める大会がまもなく開かれるのだけど、直前になって美女達が皆、病にかかってしまったのよ! ううう……」


 交渉が始まったー!


「フィオレンティーナ、貴女は美しいわ! どうか大会に出てはくださらないかしら。時間と場所はさっき話した通りよ!」


 両手を広げ、歌うように台詞を言う羽織。どんだけ本気でやってんだよ……。

 あ、多分あの横にいる女の人が部長だな。1人だけメチャクチャ笑いこらえてる。


「さあ、美しいフィオレンティーナ! 返事を聞かせて!」

「嗚呼、ハオリッタ! 貴女にそこまで褒められたら、私、迷ってしまうわ! しかし、返事はもう少しだけ待って下さらない? この練習を終えてから、きちんと考えたいの!」


 部室は静まったまま。自分がやってるわけじゃないのに、なんか恥ずかしい。


 それにしても、やっぱり鎌野、同じ答えだったな。

 演技とはいえ、台詞に乗せられてOKはしないよな、そりゃ。

 さて、ハオリッタはここからどうする気なんだ……?



「クックック……」

 下を向き、声色を変えて笑い出す羽織。


「な、何! 何がおかしいの、ハオリッタ!」

 いや、色々おかしいだろ。この状況がもう。


「お前、大会に出られないとは、やはり魔女なのだな!」

「な……っ! 何を言い出すのハオリッタ!」

 話が変わったー! 口調も変わったー!


「魔女でなければ、このような素晴らしい話、すぐに首を縦に振るはずだ。それが出来ない理由はただ一つ。バレるのが怖いということだろう?」


 裂けたかのようにニタァと口を横に開き、不気味に笑う羽織。

 泣き落としが出来なかった人間と同一人物とは思えない。


「司会の質問に答えればボロが出るかもしれない。ドレスを着れば、腕から悪魔のしるしが見えるかもしれない。そんな状況じゃあ、出るに出られない」

「バ、バカなことを言わないでちょうだい! 私が、このフィオレンティーナが、魔女ですって! 確かに私は明後日、魔女裁判にかけられるわ。でも私は誓う。絶対に、自分が人間だと、証明してやるの!」



「ほう、ではこうしよう、フィオレンティーナ。もしお前が本当に魔女でなければ、大会への参加は辞退して良い。しかし、もしお前が魔女であったなら、大会に出てもらおう! 安心しろ、既にお前の部長からの了承は得ている!」


 なんだこれ。いつの間にか平民が魔女裁判の審判してる。


「わかったわ。でもハオリッタ、私が魔女だと、貴女に証明することができるの?」

「もちろんだ! とっておきの方法がある!」



 ……一旦部室に戻ってようかな。後で裁判の結果だけ聞かせてもらえれば十分な気がしてきた。



「マトスケーノ!」

 …………はい?


「マトスケーノ! 出てきなさい!」

 名前呼ばれてるー! 多分俺のことだー!


 いや、あの、すみません、俺何の関係もないんですけど。


「……どうしたの、ハオリッタ。誰も来ないじゃない!」

「そ、そんなはずはない! 彼は……彼はきっと来る! マトスケーノ!」


 ほら、何か重要な役回りみたいになってるじゃん……救世主っぽくなってるじゃん……。


「ふふっ! あはははっ! ハオリッタ! もう諦めたらどう!」

 勝ち誇ったような顔で高笑いするフィオレンティーナ。


「まあ、どうせその人が来たって結果は変わりはしないけどえ! だって私は、この麗しきフィオレンティーナは、魔女じゃないんだから!」

「マトスケーノ! お願い、返事をして! この私を、ハオリッタを助けて!」



 はあ。ミスコンの前日だってのに。こんなことしてる暇ないんだぞ、ったく。

 …………あーくそっ、乗りかかった舟だ。作戦とやらに懸けてみるか。



 ダンボールを漁り、カツラを被って、制服の上からコットを着る。


 ドアを開けて、みんなの視線を浴びながら部室に入った。


「私がマトスケーノだ! 遅れてすまなかった、ハオリッタ!」

 死ぬほど恥ずかしい。部長を見たら、笑いを堪えきれずに顔を少し背けてた。



「嗚呼、待っていたわ、マトスケーノ!」

「ふうん、貴方がマトスケーノね。それで、ハオリッタ、どうやって私が魔女だと証明するの?」

「クックック、もう既にお前の部長と協力し、準備はできている! これから魔女裁判を行うぞ!」


 羽織が指をパチンッと鳴らすと、部長が机を2つ並べ始めた。

 部長、ノリノリすぎませんかね。


 俺と鎌野の少し前に並べられる机。水色の器みたいなものが乗ってる。


「クックック、フィオレンティーナ、知っているか」

 羽織、もといハオリッタは、ゆっくり歩き回りながら続けた。


「魔女裁判では、その女を水に沈めて、浮かんできたら魔女、という見分け方をしたこともあったそうだ」

 ああ、聞いたことあるな。体に重しとか付けて、そのまま湖に沈めたりするんだよな。残酷な話だ。



「だから、フィオレンティーナ、マトスケーノ。2人とも、ここに顔をつけなさい」

 ………………あ?


 真正面に並べられた器をよく見ると、だった。


「先に浮かんできた方が魔女だ!」


 ああ、あいつの予想は正しいよ。

 そりゃあ俺反対してたな、この作戦聞いてたら。


 ツッコミも文句も辞退も言う間を与えられず、マトスケーノとフィオレンティーナは、暴君ハオリッタの両手で後ろから顔を押し付けられた。




「ガボボボボボ……」


 やる前に深呼吸くらいさせろよ!


「さあ、浮かんできなさい、フィオレンティーナ」


 耳は全部水に浸かってないから、意地の悪い羽織の声はよく聞こえる。

 そして部員の応援もよく聞こえる。なんだか分からないけど、めちゃくちゃ盛り上がってるぞ。


「フィオレンティーナ、貴女の頭からは手を離してあげるわ。いつでも頭を上げて、自分が魔女と認めていいのよ!」


 うう、ぐう、苦しい…………やっぱり1回顔上げて、深呼吸させてもらってからやり直しを――


「まとすけはまだ上げちゃダメだよ! ナッツが顔上げるまで待つの!」

 ガシッ!


「ガボ! ガボボボボボボボ!」

 こいつ……親のかたきレベルで力入れやがった……っ!

 大体マトスケーノはどこ行ったんだよ! キャラ完全崩壊じゃん!


「ナッツ、もう諦めなさい! アタシが押さえてる限り、まとすけは水に沈んだままなんだから!」

 広く世間ではそれを殺人と呼ぶんだ!


「ガボボボ……ガボ……」

「まとすけ、頑張れ! 高田先生が言ってたよ! 勉強できなくて死んだヤツはいないって!」

 勉強はね! 呼吸できなきゃ死ぬんだよ!


「ガボ……ボ…………」


 やばい、顔が痙攣してきた。おかしいな、ミスコン準備してただけだったのに……何でこんな……こと…………に………………


「プハッ! もう無理よ!」

 あ……この声は……鎌野が……ギブアッ……プ…………



「やった、まとすけ! 勝った!」

 朦朧とした頭を揺さぶられて引っ張られる。



「ガハッガハッ! グハッ! フハッ……グハッ!」

 座り込んで何度も深呼吸する。


 満場割れんばかりの拍手を聞きながら、ようやく意識が戻ってきた。

 そんな瀕死のマトスケーノを無視して、物語は進む。



「ハオリッタ、私の負けよ。私、本当は魔女だったのね」

「いいえ、違うわ。貴女は自らを証明しようと水に飛び込んだ。その勇気は、魔女には無いものだわ。貴女は、人間よ」

「…………っ! ありがとう! でも約束は約束。私、大会に出るわ」

「やった! ありがとうナッツ、じゃなかった、フィオレンティーナ!」

「フィオ……フィオでいいわ」


 握手する2人。

 なんだこの感動巨編みたいな展開は……。


「部長さん、ありがとうございました!」

 笑いまくってる部長に頭を下げる羽織。


「いえいえ、私も楽しかったわ。さあ、みんな! 鎌野さんが明日、ミスコンに出るわよ! 舞台の宣伝する時間ももらったから、みんなで応援に行きましょう!」

 途端に部室は、大きな歓声に包まれた。


「頑張れよ、夏海!」

「鎌野先輩、絶対優勝できますって!」


「うちからミス水代が誕生かあ!」

 まあ、とりあえず良かった……のか。安堵と疲労でもう一度深呼吸。


「まとすけー!」 

 タオルを持った羽織が軽快に寄ってきて、肩を激しくポンポン叩いた。


「やった! アタシやったよー!」

られるところだったよ!」

 座り込んだまま、ほっぺをグニッとつねる。


「フッフッフ、結果オーライだね、まとすけ!」

「まあな」

 座って顔を拭きながら、低い位置でハイタッチした。



「マトスケーノ!」

 呼ばれて見上げると、鎌野が握手の形で手を出している。顔とカツラはびしょびしょに濡れたまま。

「嗚呼、まだ下界にもこんな人間がいたのね!」

「いや、お前なんですっかり魔女の設定なんだよ」

 人間じゃなかったのかよ。


「楽しい裁判だったわ。またこうして戦いましょう、マトスケーノ」


 絶対この競技はごめんだ、と思いながら握手。



 こうして、びしょ濡れのエセ魔女っ娘、鎌野夏海かまのなつみが出場者になってくれた。

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