Act.6 中世の彼女
1階の廊下、大きな窓から、外の様子がよく見える。
もう日没が近いのに、みんなが暗い中を走り回っていた。
青いウィンブレを着てるのは、四季祭実行委員だな。
「前日にこんなことになるなんて思ってなかったぜ」
「へへっ、だよね。でもまとすけ、こういうのも楽しいんじゃない?」
「……まあ、今はな」
まだ見ぬ大変さを気にしないフリして、テンションに身を任せて駆け回る。
今日のことも、いつかファミレスで笑い話の種になるかな。
「やっぱり演劇部の部室はおっきいなあ!」
眉を上げて驚く羽織。視線の先に目を遣ると、ミスドの部室よりも大きい部屋がドンと構えていた。
演劇部は部員が多い関係で、普通の部室を2つ繋ぎ合わせてある。
防音工事を施しているのか、部室からちょっと遠ざかるだけで、中の声は全然聞こえない。
「うちも5人集まって部活になれば、学校からの支援も手厚くなるのに。同好会室も正式に部室になるから、『部室』って呼んでも罪悪感がないし」
1つだけ開いてる窓から流れ込む風に吹かれ、ピンクベージュの髪が浮き上がるように揺れた。
「まあ、実際5人いなきゃミスコン実施するの自体が難しいよな。去年や今年は実優さんいたから何とかなったようなもんだ」
ホントに、あの人がいるから安心して企画ができる。
「ふうん、随分信頼が厚いんですな」
「実優さん、1年の時にコンテンツ担当してたんだ。俺は中学のときにそれを見て水代のミスドに入るのを決めたんだぞ? 恩人だよ恩人」
「はいはい。何回も聞いたわよ」
あさっての方を向いて、からかうように首を振る。
くそう、こんな良い話なんだから何回聞いてもいいだろ。
「あ、まとすけ。これ、明後日やる舞台? 中世ヨーロッパが舞台だって」
羽織が部室の壁に貼っているポスターを指す。
「ああ、そうそう。魔女狩りをテーマにしたやつだな」
魔女狩り。中世のアメリカやヨーロッパなんかで行われた暴力的な行為。一般人を魔女候補として裁判にかけて、処罰したり拷問したりしたらしい。怖いなあ。
「日曜午後か、無事にコンテスト終わったら見に行ってみたいなあ…………おわっ! まとすけ、ちょっと見てこれ!」
手招きされてポスターの下に書かれたキャストの欄を見る。
「おお! アイツまたメインキャストか!」
「すごいね、ナッツ!」
ぴょんぴょん跳ねる羽織。
うん、確かにすごい。ずっとレギュラーだもんな。
「よし! それじゃ早速勧誘しよう!」
ドアの前に立ってノックしようとする羽織の髪をひっぱる。
「いでで、何さ!」
「練習中かもしれないだろ。部室の中の音聞いてからな」
「あ、そっか。ごめんごめん」
拘束を解いて、部室のドアに2人で耳を宛がう。
中から芝居がかった大きな声が聞こえてきた。
「おのれ、お前達! この私をダシに使ったな!」
ふむふむ、高校生にはちょっとそぐわないけど、かっこいい台詞だ。
「まとすけ、今のって、カツオ節の役の台詞?」
「まるっきり外れているけど発想だけは褒めてやる」
誰がそのキャストやるんだよ。見に来た親の気持ち考えてやれよ。
「あ、声止んだよ、まとすけ」
「よし、では改めて、と」
ノックをして待つ。この時間って緊張するんだよなあ。
「はーい」
ガラガラとドアを開けたのは、金髪のカツラと中世貴族っぽい洋服を着た、ちょっと寸胴な男子。シャツの胸元についた飾りは、ジャボとかいうやつだっけ。
「すみません、俺達ミスコン企画同好会なんですけど、今リハ中ですか?」
「いえ、個別に練習中ですよ。誰かに用ですか?」
「はい! 鎌野さんいますか?」
横からズイッと羽織が入ってきた。
「うん、いるいる! ちょっと待ってて下さい」
出てくるのを待つ間、少し空いたドアの隙間から練習を見る。
「アイツと話すの久しぶりだなあ」
「あ、まとすけも? アタシもなん――」
「嗚呼! なんて幸せなことでしょう! 去年のクラスメイトにまた声をかけてもらえるなんて! なんて幸せな私、フィオレンティーナ!」
俺達の会話を遮って、踊っているかのようなステップでドアを開けた、金髪カツラの女の子。
「久しぶりだな、鎌野」
「お久しぶりね、ナッツ!」
「嗚呼! ナッツなんてとても懐かしい呼び名だわ! でも今の私はナッツでも鎌野でもないの! そう、私はフィオレンティーナよ!」
今年の演劇部のメインキャストにして、ミスコン出場候補、そして相当の変わり者。
「ナッツ、頼みがあってきたの!」
鎌野の腕をひっぱって、少し部室から離れる羽織。
160cm近くある鎌野も、170ある羽織と一緒だと低く見える。
「嗚呼! なんということ! この私を頼ってきてくれる人がいるなんて! 神様、これは貴方が私に授けた奇跡なのでしょうか!」
「実はミスコンに出てほしくてさ! お願い、アタシ達を助けて!」
「何ですって! 助けてほしいのは私、フィオレンティーナよ! 明日、魔女裁判にかけられてしまうんですもの!」
「まとすけ、これはオッケーの返事って受け取っていいのかな?」
「いいわけないだろ。そもそもお前の話なんかほとんど聞いてない」
相変わらずだな、コイツは……どう見ても参加しなそうだよ……。
「とりあえず羽織、衣装とカツラ剥ぎ取れ」
「あ、そっか。ナッツ、覚悟!」
「嗚呼、何をするの! おやめになってちょうだい!」
鎌野を押し倒して衣装を脱がせる羽織。悲鳴を上げる鎌野。
部室内に聞こえてないといいんだけど。
「よし、脱がせた!」
「もう、何するんですか、的野君、風見さん」
泣き崩れるような姿勢でしょげる。
金髪のカツラが取れて、黒髪のショートボブが出てきた。
「おお、やっとナッツに戻った!」
「あっちが本当の私です。この私は世を忍ぶ姿なんです」
「ナッツのその台詞、すっごく懐かしい! ね、まとすけ!」
そうそう、去年同じクラスだったときから、コイツはこうやって「役に入る」ヤツだったなあ。
大人しいから普段は全然目立たないのに、舞台の本番が近くなると、衣装のまま、役に入り込んだまま授業を受けていた。
あまりに堂々と、抜群の演技力でやってたから先生も周りも何も言えず、かくして去年、俺はフランスの王妃や平安の町民と一緒に授業を受けたりした。
「ナッツ、またメインキャストなんだね!」
「春のITEDOKEのときもそうじゃなかったか?」
「ええ、皆さんから推薦頂いて……ありがたいです。ただ、あのときは演目が少し地味すぎたのか、集客が少し落ちてしまったので、今回はたくさん集めたいですね」
「せっかくやるもんね、いっぱい見に来てほしいよね!」
演劇だってミスコンだって、そこは一緒だよな。
「で、ナッツ、今回のフィレオってどんな役なの?」
フィオレだよフィオレ。どこのハンバーガーだよ。
「えっと、フィオレンティーナは中世イタリアの農民なんです。結構かわいくて気立てもいいから、みんなが好きになっちゃって、魔女が魔術を使って
「なるほど! それでナッツが魔女裁判にかけられちゃうんだ!」
「はい。で、何とか人間と認められようとして、周りの人の助けを借りていくんです。ここから先はぜひ舞台で見て下さい。見ごたえあるお話ですよ」
さっき「嗚呼!」とか叫んでた人と一緒とは思えない喋り方だな。
「しっかし、鎌野、すごいな。春のITEDOKEのときも主役級だったよな?」
「あ、ええ。狼に育てられた天才発明家の役でしたけど、そういう役はあまり経験がなかったので難しかったですね」
「難しすぎるだろ」
どうやって役作りしていいのか分からないんですけど。
「それで風見さん、話って何でしたっけ?」
「そうそう! あのさ、ナッツ、ミスコンに出ない?」
簡単に事情を話す羽織。
「明日はリハーサルだけでしょ? ナッツかわいいし、絶対優勝できるって!」
確かに、鎌野は「キレイ」より「かわいい」って言葉の方が合う。
大きい二重の目は読者モデル並。全体的にタヌキ顔で、笑ったときに口角が上がるのは演劇の練習のおかげかもしれない。
「鎌野、俺達ホントに困ってるんだ。出てくれないか?」
「うーん。でも恥ずかしいです、体育館で大勢の前に立つなんて」
「お前日曜にそこで舞台やるでしょ!」
基準が全然分からないよ!
「舞台はみんなでやるからいいんです。でもミスコンで『私ってキレイでしょ?』って自分に自信があるような人じゃないと出られないと思いますし……なかなか……」
ううん、そういう印象だと参加するのは躊躇しちゃうよなあ。
と、羽織がニッと口元を緩める。
「じゃあさナッツ、舞台の格好で出たら?」
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