Act.5 見つけたあの子

「ふう……」

「はあ……」

 大きく息を吸って、その空気に疲れを溶かして、ゆっくりと吐き出す。


 放課後部室に集まってからの僅かな時間。その中で、突然の発表から対応方針を決めるまで、頭が振り回されすぎてかなり疲れた。

 一刻も早く動かないといけない状況ではあるけど、まだまだ明日まで道は長い。フルスロットルで動き続けられるように、多少の休憩は必要だな。



「あんまり時間もないし、早く動き始めないとな」

「おお、もう18時過ぎてるのか!」

 腕時計を見て驚く羽織。本番は明日の11時から。ホントに時間ないな。


「今回ダメだと、あと半年待たなくちゃだもんね。まとすけ、絶対やろうね!」

「おう、実優さんともやりたいし、恭平にも見せてあげたいしな」


 やっぱり冬のミスコンまで待ってられない。できることなら明日、形にしたい。

 



 ミスコンをやっている高校は他にもあるけど、夏・冬と年2回もやってるところは珍しい。

 でも、ミスコンの舞台である我が高校の文化祭はもっと珍しいはず。ここ、水代みなしろ高校の文化祭「四季祭」は、


 なぜ年4回も行われているのかといえば、今俺達がいる部室棟と呼ばれているこの校舎が、ってことと関係が深い。

 そう、ここ、水代高校は、部活動・同好会が恐ろしく盛んな高校。その発表の場として、年4回の四季祭が生まれたというわけ。


 初代理事長が校訓として定めた教育方針「文両道」、名の通り「勉強と部活に明け暮れろ!」というお達しだけど、その方針を貫くべく、水代では部活や同好会なんかの課外活動に対する手厚い援助体制が敷かれている。


 1000人前後しかいない高校に200近い部活・同好会があると言えば、そのスゴさが分かるというもの。

 新規設立も自由だし兼部もできるから、毎月新しい部活が生まれている。規定人数なしの同好会なんて、毎週生まれてるといっても過言じゃない。


 「野球部」「吹奏楽部」なんてどこにでもある部活から、「釣り部」「昆虫採集部」なんて一風変わった部まで、同好会に至っては「ボールペン研究会」「お天気キャスター評価会」とニッチの極み。水代の門をくぐれば、そこは多感な高校生の多様な好奇心を満たす「部活のブリタニカ」になっている。


 ミスドは年2回、夏と冬にミス水代コンテストを開催している。年1回じゃミスドも暇だけど、年4回はさすがに準備が大変ってことで、結局この回数に落ち着いたらしい。




「それにしてもさ、アタシ達、夏と冬しかイベントないじゃん? この前のITEDOKEとかやっぱり何かやりたくなって、ずっとうずうずしてたなあ」

 コーラ缶の残りをズゾッと吸いながら、羽織が不満気に口を尖らせる。


「ああ、前も言ってたな。じゃあ春か秋に、歴代のミス水代のトークショーみたいのやってみるか」

「おお、まとすけ、それいただき! 秋のMACHIYOIのときにやるのだ! 実優さんに今度話してみよっと」

「まあとりあえず、この夏のミス水代を決めないとだけどな」




 四季に合わせて行われる四季祭。4つの祭にはそれぞれ季語から取ったサブタイトルがついている。


 春 → 四季祭~ITEDOKE~ 

 夏 → 四季祭~MIJIKAYO~

 秋 → 四季祭~MACHIYOI~

 冬 → 四季祭~KAZAHANA~


 サブタイトルは漢字で書くと「凍解」「短夜」「待宵」「風花」。絶対漢字の方がカッコいいと思うんだけど。なんでローマなの。



 こんな感じで3年間、入部前や引退後も含めれば12回もの文化祭を経験値として積み上げて、水代の生徒は青春レベルをギュギューンと上げていく。

 毎年期末試験の後に開かれる明日のお祭りはMIJIKAYO。1年生に取っては初めて参加側に回る文化祭だ。まあ、今日は長い夜になりそうだけどさ。




「でさ、どうやって募集しよっか。まとすけ、何か考えてた?」

 缶の横をカツンカツンと弾きながら羽織が訊いてきた。

 そうそう、まずはそこからなんだよな。


「んん……正直、手当たり次第に部室周ってお願いしていくのは最後の手段にしたいなあ」

「アタシも同意見。知り合いに声かけるのが一番良いなあと思ってるんだ」

 確かに。そっちの方が羽織も交渉しやすいだろう。



 今から「ミス水代になりたい!」なんて人が出てくるとは思えない。そんな人がいるなら、そもそもの募集の時点で手を挙げているはずだ。

 だから正直、「ほんの少しだけ興味がある」くらいの人で良い。そういう人を見つけて、なんとか出場してもらう。それが今、俺達のやるべきこと。



「で、出てくれそうな知り合いはいるのか?」

「それがねえ……今考え中だけど、あんまり浮かばないなあ」

「まあそうだろうな。俺も思いつかないや」

 パッと浮かぶくらいミスコンに興味ある人なんて、滅多にいるもんじゃない。


「ホントは全体告知もしたいんだけどな。ひょっとしたら俺達の知らない人で食いつく人がいるかもしれないし」

「ん、確かに! でもポスターとか今から貼ってもあんまり意味ないしね……」


 もう何日か前だったら、新聞部に頼んで号外とか作ってもらえたかもしれないけど、もうそんな時間の余裕もない。

 SNSで告知して募集する手もあるけど、興味本位で学外の人含めてどんどん拡散されて実際の応募者は0、なんて未来が容易に浮かんで、気乗りはしなかった。



「くそう、イケそうな人さえ思いつけば、アタシの究極スーパー必殺技、泣き落としができるのに」

「お前、泣き落としなんて高等テク持ってたのか?」

 究極スーパー必殺技、というネーミングが既に怪しいけど。


「おう、アタシももう高校生だからね! そのくらいの武器は持ってるさ!」

 言いながら彼女は、すっかり空っぽの缶を床に置く。カツン、と軽い音がした。


 でも確かに、泣き落としが出来れば強いぞ。「どうしても出てくれないと困るんだ……」って泣きながら頼めば、たとえ向こうが男子じゃなくて女子だとしても、その涙についつい情に絆されたり――


「やだやだ! 出てくれなきゃ泣くからね!」

「………………………………」


 ぴょこぴょこ跳ねながら手をジタバタする。どう見ても小学生の動き。


「出てくれないとホントに泣いちゃうよ!」

「……羽織、もういい」

 優しく止めてあげる。


「ん、グッときた?」

「実演年齢が低すぎるよ!」

「おっかしいなあ、涙は女の武器なのに」

「殺傷性も低すぎるよ!」

 せめてさあ、ハンカチ使うとかさあ!


「ううむ、ジタバタする演技から磨かないといけないのかあ」

「いや、まず泣き方から覚えろよ」

 泣き落としを何だと思ってんだお前は。


「違うの! もっとこう、舞台女優の域まで磨け――あっ!」

 ポンッと手を打つ羽織。頭の上に電球の幻覚が見える。


「どした?」

「演劇部だよ、まとすけ!」

「演劇部?」


「あの子なら絶対出てくれるって!」

「あん? 演劇部の知り合いなんて……あ……いたな……」

「でしょー?」

 ニッシッシと羽織が笑う。


「アイツかあ。出てくれるかな」

 羽織が置いた缶と自分の缶をゴミ箱にガコンっと入れながら首をひねる。

 ううん……出てくれるかなあ、アイツ。


「なんとかなるさ! 演劇部ってことはなんだかんだ言って出たがりなはずだし! あ、でも演劇部っていつ舞台やるんだっけ?」

「ああ、あそこは日曜だけだったはず」


「おう、そしたら明日は午前中だけなら時間取れそうじゃん! まとすけ、演劇部ってここの1階だよね?」

「ん、ああ」


「よし、ダッシュで向かうぜ! 燃えてきたぞー!」

「いきなり着火したな」

 一度火が付くと止まらないからな、コイツの場合。



「よーいどんっ!」

「早っ! 速っ!」

 全力で走る弾丸な彼女を追いかけ、急いで階段を降りた。

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