Act.4 別行動、開始!

「じゃあ実優さん、靴とドレスを一番大きいサイズに変えて、出場者が集まったらぶかぶかでもうまく着てもらうってことでいいですかね? 靴なら先っぽに詰め物すればなんとかなると思いますし」

「そうですね。高島ブライダルさんの営業時間は確か20時だったと思います。明日は週末休業でお休みと聞いてますので、あと2時間くらいのうちには交換をお願いしに行かないとですね」


 高島ブライダルは、今回ドレスと靴のレンタルをお願いしている会社。ここから電車で15分くらいの駅近くにある。


「私が考えた対応は、とりあえずこれくらいですね。これを先にやってから、出場者を募集するのがいいと思います」

 言いながら、実優さんはノートをパタンッと閉じた。


「みゆ姉、ありがとうございます! アタシ、企業やドレスのこと、全然頭になかったです……」

 立って頭を下げる羽織。


「うん、実優さん、ありがとうございます」

「いえいえ、みんなより1年長くミスドやってますからね」

 相変わらずの笑顔で謙遜する実優さん。


「いや、ホント、こういうときでも全体が見えててスゴいですよ。さすが園田先輩、頭良いなって思います!」

「コラ、あさみん! 期末試験で学年12位のキサマが何を言う! 嫌味か!」


 うん、中の上から中の下を彷徨ってる俺と羽織からすれば、恭平も十分スゴい。

 ちなみに実優さんは常に学年3位以内で1位も度々。それでこんなに綺麗でやんわりしてて……神は二物も三物も与えている。ちょっとずるい。


「よし、昨日行ってもらったまとすけにはゴメンだけど、すぐ交換しに行こう」

 ふしゅーと息を吐きながら、部室に置かれたダンボールを見る羽織。1箱だけど割と大きいから、持って運ぶのは結構大変だった。


「あ、じゃあオレ行ってきますよ!」

 恭平がそう言いながら鞄を漁って、スマホと財布をポケットに入れる。


「恭クン、大丈夫ですか?」

「はい、ブライダルの場所も分かってますし、オレは企業への連絡とかまだあんまり出来そうにないんで、こういうところで頑張らないと。向こうの会社に連絡入れるのはお任せしていいですかね、風見先輩?」

「おう、任せろい!」

 エヘン顔に右手でドンと叩いた胸が揺れる。このアクションさえなければ完全な美人なのに。


「じゃあ的野先輩、帰ってくるまでに出場者集めといて下さいね!」

「2時間くらいしかないぞ。たっかいハードルだな」

 思いっきり苦笑いする。2時間で集められるかは分からないけど、交換したドレスはムダにならないようにするさ、任せておけ。


「それじゃ行ってきます」

 ダンボールを両手で持ちながら恭平は部室を出た。ドアを開けた瞬間に部屋に射したオレンジの西日が、明日の晴れ模様を予報してくれる。


「さて、俺は出場者集めの方法を考えないとなあ」

 部室片っ端から回って声かけるか? 祭直前で準備に忙しいのに話聞いてくれるかな……。


「羽織はこれからスポンサーに連絡か?」

「うん、そうなんだけど……みゆ姉」

 俯いて目線を下げながら、実優さんを呼ぶ羽織。


「どうしました、ハオちゃん?」

「アタシ、連絡うまくできる自信ないんで、手伝ってもらえませんか? メールしてからちゃんと電話を入れようと思ってるんですけど、その内容を一緒に考えてほしくて――」

「ハオちゃん」

 ノートで羽織の口をポフッと押さえる実優さん。


「今回のアクシデントは渉外担当のハオちゃんの責任じゃありません。なので、会長の私が連絡しようと思っています。連絡事項はノートにまとめましたから」


 開いて見せてくれたノートには、各企業の名前と名と連絡事項が箇条書きで記してあった。いつの間にまとめてたんだろう。


「で、でもアタシも……」

「ハオちゃんの気持ちは十分分かってますよ。責任を果たそうとしてくれるのはホントに嬉しいです。私もしっかりした後輩を持って安心ですね、ふふ」


 羽織の頭を撫でる実優さん。といっても、羽織の方が10センチくらい高いからちょっと違和感がある。


「大丈夫、ここは私に任せて下さい。その代わり、ハオちゃんには出場者募集を蒼クンと一緒にやってほしいんです」

「アタシがですか?」

「ええ。元気に突っ走って交渉するのはハオちゃんの得意技だと思いますし。蒼クンと息のあったコンビネーションでしっかり集めてきて下さい」



 思えば、今は病院にいる元出場者も、何人かは「ちょっと出てみたい、かなあ」くらいの感じだった。彼女たちを「絶対出たい!」という気にさせたのは、ハイテンションに熱弁を振るった羽織。


 実優さんも交渉自体は苦手じゃないんだろうけど、今回みたいな「ねえ、明日ミスコン出てよ」なんてのはただの交渉でどうにかなるものでもない。

 勢いで相手をノセていく、そういう役は羽織の方が向いているかもしれないな。



「ハオちゃんが苦手な部分で私ができる部分は私がやります。なので、私が苦手な部分、任せていいですか?」


 両足をピトッと付け、敬礼する羽織。

「任せて下さい! 必ずや、出場者の首を取ってご覧に入れましょう!」

 出場者に何の因縁があるんだお前は。


「はい、お願いします! できたら首から下も取ってきて下さいね」

 笑って頷く実優さん。



「では、高島ブライダルさんに電話しますね。邪魔にならないように外で電話してくるので、その間に出場者募集の話を――」


「いえ、大丈夫です。みゆ姉はここで連絡して下さい! メール送るのにパソコンも使うでしょうし! アタシとまとすけの会議場所は購買部にします!」

「もう閉まってるだろ。自販機しかないぞ」

「それが目的さ! アタシはコーラが飲みたいのだ!」

 はいはい、そう言うんじゃないかと思ってたよ。


「実優さん、ちょっと出てきますね。出場者募集、俺らで進めちゃって大丈夫ですか?」

「はい、蒼クン達にお任せします。行き詰まったら相談して下さいね」

「わっかりました! よし、行くぞまとすけ!」


 スマホをポケットにしまい、鞄から財布を取り出して、俺達も部室を後にした。



「憩いの場、到着!」

 階段を下りて、2階に来る。最後に3段分を一気にジャンプして降り、体操選手さながら「ピッ」と手を広げる羽織。


 空き教室を活用した購買部。この時間は閉まっているけど、昼はこのスペースで、コロッケパンやチョココロネが飛ぶように売れている。生徒が長蛇の列を作れるよう、部屋の手前はガランとした空間。


 教室の向かいにある自動販売機には、幾つか売り切れのランプが灯っていた。準備の休憩で買いに来る人が多いのかな。



「さて、ここがアタシ達の臨時部室になります」

「打ち合わせするだけだろ」

「彼が同好会長の自動販売機です。寡黙な男ですが、よろしく」

「無口すぎるので即刻解任してください」

 ランプで遊ぶしか脳のない男ですけど。


「すっかり夕方だねえ」

「ん、眩しいくらいだ」

 近くにある窓から、綺麗な茜空が見える。

 外で小さく聞こえる「もっとこっち、こっちに寄せて!」という声に、みんなで大きい荷物を運んでいる様子を思い浮かべた。


「まとすけ、財布貸して。2人分お金出してくれれば、お金入れるのとボタン押すのはアタシがやる」

「労働に対する対価が高すぎる」

 理不尽な要求をされつつも、目をそこまでキラキラ輝かされると何も言えない。


「サンキュ! えっと……うりゃ!」

 羽織は俺の財布から小銭を取り出して、コーラを2本買った。

「おわっ! まとすけもコーラで良かった?」

「今更遅いだろ」


 放り投げられたコーラを受け取って、炭酸が缶で暴れるのを感じながらプルタブを開ける。

 慌てて喉に流し込むと、潤いの後に甘さが襲ってきて、余計喉が渇いた。

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