カツラ×1人目

Act.3 作戦会議と天然と妄想

「よーし、みゆ姉! まずは何から手をつけるか、決めないとですね! 出場者も集めなきゃだし、企画も手直ししなきゃだし」

 ニパッと口を開けて、ブンブン腕を振り回す羽織。


「ふふ、ハオちゃんは見た目はとても大人っぽいのに、そういうところはかわいいですね。ねえ、蒼クン」

「まあ、コイツの場合、かわいいと言うか子どもっぽいっていうか……」



 確かに羽織の見た目は「オトナ綺麗」な感じ。

 170cmギリギリ、俺と4-5センチしか違わない高身長に、「化粧すれば20歳でも通る」なんて言われるほどの顔立ち。そのうえ、男子の視線泥棒の胸・脚まで持ち合わせてる。

 そんな宝を持ってるのに、コイツときたら……。



「あ、そういえば、まとすけ、あんまり関係ないんだけどさ、『新妻にいづま』って何なの? クラスの男子が言ってた」

「ホントにびっくりするくらい関係ないな」

 何をきっかけに「そういえば」になったんだお前は。


「まとすけー、教えてよー! ねーまとすけー!」

「わかったわかった……新婚の奥さんのことだよ」

 漢字見ればなんとなく想像つくだろうが。


「お前も高校生なんだし、そのくらいのことは知っとけよ」

「そかそか。じゃあ、この前男子が話してた『イケナイ奥さん』ってのは、知っとかないとイケナイ奥さんってことか」

「どんな奥さんだよ!」



 成績は中の下くらいだけど、割と物知らず、ときどき天然女子。加えて、喋り方や仕草からは中学生的な幼さが垣間見える残念美人。いつボケが炸裂するか分からないので常にツッコミの準備を要求される不発弾系女子。


 そして、テンションが上がると周りが見えなくなり、一直線に突っ走るタイプの弾丸系女子でもある。

 つまり風見羽織は、弾丸系であり、不発弾系である。どんだけ怖い女子なの。



「いや、風見先輩はかわいいです! 的野先輩、羨ましいですよ、付き合い長いなんて! ホントにカレカノじゃないんですか!」

 恭平がズイッと迫りながら言う。


「そんなんじゃないっての。なんというか、ソウルフレンドってやつだな」

「そうそう! もう丸4年の付き合いだし、幼馴染みたいなもんだね、まとすけ!」

「ううん、その響きもいいなあ。幼馴染、幼馴染……」


 上を向いてほうけながらブツブツ復唱する恭平。こうやって見るとやっぱカッコいいな。



 高1で既に180近い身長に、羽織に負けず劣らずの大人びた顔。

 そんな宝を持ってるのに、コイツときたら……。



「オレだって身長2cmくらいの幼馴染の女の子がいたら、ポタージュスープのカップに落として『アチチチッ』ってバチャバチャ泳がせるのに……」

「そんな幼馴染は俺にもいねえよ!」

 2cmってなんだ、2cmって。


「そっかあ、そうですよね。ポタージュで溺れそうになったからクルトンに捕まって、それをガジガジとかじり始める幼馴染かあ、いいなあ」

「妄想が加速しすぎだろ」

 お前の中で幼馴染ってのは何なんだよ。


「ふふ、恭クンもとても大人っぽいのに、頭の中がすごそうですね」

「園田先輩が小さくなったらいいなあ。熱いポタージュで火傷しちゃアレなんで、ぬるいポタージュに落としてあげますね」

「いつまでやってんだよ! あと脳内で実優さんに何してんだよ!」

 男子高生は妄想にまみれるものなんだろうけど、スイッチが入ったときのコイツの妄想は、ちょっと特殊すぎる気がする。


「あさみん、身長2cmのアタシがいたらどうする?」

「そりゃもちろん、田んぼに落として蛙と戦わせますよ!」

「すみませーんミスコンの話に戻りますよー!」

 本題が1cmも進んでませんけど!




「んで、羽織は何から先にやろうと思ってたんだ?」

「アタシは、出場者募集が一番先だと思う。それやらないと何も始まらないし」

「オレもそう思います、的野先輩」

 よくそんな急に真面目になれるな、おい。


「あ、でも的野先輩、パンフレットの入稿って夜までにやらないと――」

「いや、データ入稿してから製本まで2日はかかる。カラーコピーとかで簡易的なものを作るしかないな」


 印刷業者にお願いして製本してもらっている、本格的なパンフレットだった。

 もっとも、そこに出てる出場者はもう誰も出ないんだけど。


「そうですね……ページも直さなきゃですし、特集ページとか変えるならそもそもの構成からいじらなきゃですしね……」

「実優さん、どうですか?」

 黙って聞いていた実優さんを見る。


 切れ長な二重の目でじっとノートを見つめるその顔つきは、羽織よりも大人っぽくて、ドキッとさせられる。この同好会、みんな大人っぽいな……。


「みんな、しっかり考えててエラいですね。ただ、出場者募集より先にやることがあると思います」

「え、みゆ姉ホントですか?」

 目を丸くする羽織。


「出場者募集は最悪夜からでも始められますけど、ハオちゃんが頑張って賛助して頂いた企業の方への連絡は、今すぐにしなくてはいけません」

「あ、そっか!」

 目を更に丸くする羽織。どんだけ開くんだよ。


「今回の賛助では、恭クンの作ったパンフレットに広告を載せたり、企画中に宣伝したりする見返りとして、賞品をもらうことになってます」

 学校からもらえる予算が限られている以上、こういった形で色々なところから賛助を集めないと、華やかなコンテストにならない。


「例えばパンフレットですが、企業の方には『製本したパンフレットに広告を載せます』って言って協賛をお願いしてましたけど、それが変わってしまうんですよね」

「そっか、カラーコピーとかにしたら、アタシ達が嘘ついちゃうことになるのか……羊頭狗肉ってやつね」

 新妻を知らないで羊頭狗肉を知っているというボキャブラリーは、どういう人生を送ったら構築されるんだろう。


「パンフレットについては契約と話が変わってくるので、謝罪の連絡のうえで、そのまま協賛を継続して頂けるかの確認が必要ですね。その協議で、優勝賞品や参加賞は変わってくるでしょう。無くなるのか、グレードダウンするのか、あるいはそのままで良いのか」


 この点についてだけは学校側に話をしてあります、と実優さんは付け加える。信用問題になるし、学生の俺達だけじゃ責任取りきれない部分もあるもんな。

 それにしても、実優さん、そこまで先回りして考えてたのか……。


「そっか、連絡大変そうだあ」

 深く息を吐いて、渉外担当の羽織がしょげる。


「ただ、もっと大変なことがありますね」

「まだあるんですか、園田先輩……」

 恭平も机に伸びて弱々しく言う。


「ハオちゃん、ミスコンのメインディッシュといったら何ですか?」

「メインはもちろん……あっ、まとすけ! ドレスと靴!」

「……そうだ、サイズ」


 ミスコンの目玉コーナー、ドレスアップ。

 ブライダル企業からレンタルした、撮影用の純白ドレスと靴を身に着け、ライトに照らされて観客の前に登場する。投票前の最も重要なコーナーであり、出場者にとっての一番の楽しみでもある。


「うわわわ、まとすけヤバイよ! あの採寸じゃダメなんだ!」

「あ、そっか! 的野先輩、昨日取りに行ってましたよね!」


 そう、出場者の採寸をして、サイズを決めてレンタルした。そしてそのドレスと靴は、昨日の夕方、俺が取りに行ったばかり。

 部屋の隅にあるダンボール箱の中で、ライトを浴びるのを今や遅しと持っている。


「うう、新しい出場者が大きかったら着られないし、小さかったら……みゆ姉、ドレスって洗ったら縮まないですかね?」

「ふふ、ハオちゃん、縮むと思いますけど、縮めちゃダメですよ」

 何怖いこと言い出すんだお前。


「あ、まとすけ! 明日の企画、ドレスにぴったり合う人が優勝ってことに――」

「それのどこがミスコンなの!」

 リアルシンデレラ発掘オーディション、ここに開催。


「どうしよう……うう、みゆ姉、どうすればいいですか?」

「そうですね、もしドレスアップをするのであれば、やっぱり今からサイズを交換しに行くのが一番かと思います」


「でも実優さん、交換って言っても候補者のサイズが分からないのに――」

「はい。なので、かなり強引な策ですけど、3着全部一番大きいサイズに交換してもらいましょう」

「へ?」

 俺と羽織で声が揃った。


「一番大きいサイズにすれば、とりあえずどんな方が候補者になっても着られますからね」

 確かにそれならどんな体格の人が来ても対応できる。腰だめでサイズ変更するくらいなら、大は小を兼ねるって言葉に則った方がいいかもしれない。


「ううむ、なるほど。小さい人が候補者になったら、紐でドレス縛れば大丈夫ですしね!」

「ふふ、ハオちゃん、それでは候補者の人がかわいそうですよ」

 なんで体ごと縛るんだよ。お歳暮のハムかよ。


「か、風見先輩。今の『アタシの割烹着を縛って』ってもう1回言ってくれますか」

「恭平、羽織はそんなこと1回も言ってないからな」

 もう怖いよ。お前の耳が怖いよ。割烹着ってどっから出てきたんだよ。


「え、じゃあ聞き間違いでもいいです。『アタシの割烹着を脱がせて』って言って下さい……!」

「さっきより要求がひどくなってる!」

 割烹着に興奮する高校生とか色々どうなんだ!

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