Act.2 走り出す夕方

「うああ、どうしよう、どうしよう!」

 泣きそうになりながら慌てる羽織。


「ハオちゃん、そんなに慌てないで下さい」

「慌てますよ、急にこんなことになるなんて! どうするの! 何すればいいの! なんでこんなことになるのさ!」


 ノートの端を強く握ってシワをつけるその姿には、文化祭前日のトラブル対応にありがちな、キャッキャウフフな感じでドタバタを楽しむオーラは微塵もない。

 抗う方法も見出せないまま、焦りだけがカキ氷みたいに降り積もっている。


「で、今から何決めるんですか! 早く決めて動かないと!」

「羽織、少し落ち着け」

「無理だよまとすけ! 明日までにどんだけやることあるか! キャンセル対応? 協賛くれた企業に連絡は? ああもうっ!」


 高い声で俺を急かすその声に、聞いてるこっちもイライラが募り始める。

 クソッ、みんな状況は一緒なんだよ。お前だけ楽してテンパるなよ。


「おい羽織。それを今から実優さんと一緒に話すんだろ。とりあえず深呼吸でもしろって」

「そんなのやってる場合じゃないって! 大変なんだよ!」

「大変だから話すんだよ!」


「まとすけももっと焦りなよ!」

「だからここで焦っても解決しないだろバカ!」

「バカって言う方がバカなんだ!」

「うるさいっ! いいから一旦――」


「ハオちゃん、蒼クン」

「もご……」

 実優さんが、ニコニコしたまま俺達の間に入って、両方の口を押さえた。


「ここで焦っても仕方ないです。それに、あんまりバタバタして対応してもミスしてしまいます。ね、恭クンもそう思いますよね」

「ん……はい。園田先輩も今後のことはある程度考えてると思うんで、まずはみんなで話聞きましょう」


 しまった、俺も興奮しちまった……反省。


「むう……んん、そだね。ちょっとアツくなりすぎた」


 言いながら自分の頭をグーでコンコンッと叩く羽織。

 こっちも怒って火に油注いだようなもんだ。悪いことした。


「羽織、ごめんな」

「ううん、アタシもごめん。落ち着いて話聞く」


「よし、手首出せ」

「まとすけも!」



 バシッ!

 ビシッ!



「ってえ……」

「まとすけも本気でやったわね……」


 2人で手首にしっぺし合う。

 中学のときからの、ケンカした後の仲直りのしるし。

 お互いを戒めて、両成敗で終える。



「みゆ姉、すみませんでした」

「いえいえ。恭クンにもちゃんと言ってあげて下さいね」


「恭平、ごめんな」

 羽織と一緒に頭を下げると、恭平は手をひらひら振って謙遜した。


「いえいえ、そんな! 仲良くやりましょうよ!」

 実優さんが、立ち上がって壁の黒板の方に移動しながら話す。


「では、会議を続けましょう」

「あの、実優さん、その前に……出場者のみんな、体調は大丈夫なんですか?」

 フフッと笑って、蒼クンは優しいんですね、と言いながら実優さんは答えた。


「ええ、下痢や嘔吐はまだ治まらないみたいですけど、安定はしたようです。全員今日の朝から発症したようで、続けざまに病院に運び込まれたみたいですね。クラスの方がお見舞いに行って、そこでミスコン参加辞退の話を聞いて私宛に連絡を頂いたんです」


 改めて聞くと、まるでコントのような話。

 こんなことが自分達に起こるなんて、未だに実感が湧いていなかった。



「さて、とにかく、これから何をどうするか考えないといけませんね」

「あの、みゆ姉。どうするか、ってどうやって中止にするかってことですか?」

「そうですね、ハオちゃんのその質問が一番大事な部分です。まずは、中止にするか続行するか、そこから決めましょう」


「続行するかって……園田先輩、出場者がいないんですよ?」

 不安そうに恭平が聞く。

「はい。なので、続行する、ということになった場合、出場者を募集することになります」


「実優さん、もう17時回ってるんですよ! あと1日ないのに、これからですか!」

「はい、蒼クン、そういうことになりますね」

 俺の質問に、ニコニコして返事する実優さん。

 いや、笑ってる場合じゃないような気が……。


「でも、この前俺達が募集したときも3人集まるのに1ヶ月くらいかかりましたよ。他の部活の人も明日の準備で忙しいでしょうから、正直無理じゃないかと思うんですけど……」

「そ、そうそう! まとすけが考えた企画も考え直さなきゃいけないし! あさみんも大変でしょ?」

「そうですね……俺が作ったパンフレットも、出場者のページ全差し替えってことは、ほぼ作り直しですからね……」


 出場者のインタビューなんかを載せた、ミスコン専用のパンフレット。実行委員会が作る四季祭そのもののパンフレットとは別に、ミスドで制作している。


「そうですね、確かに今からというのはかなり厳しいです。私も間に合う確証はありません」

 みんなの声をじっと聞いてた実優さんも口を開いた。



 かなり難しいどころじゃない、無茶もいいところだ。

 続けようにも出場者がいないんじゃ、中止するしかないじゃないか。中止の連絡を実行委員会に伝えて、お詫びのポスターを作って掲示して……今日一日はその活動に追われて終わり。


 クソッ。決起会したくなる気持ちも分かるさ。ミスコン楽しみにしてもらってたんだろうし。それは企画者冥利に尽きるよ。

 それでも、どうしても軽率な行動に思えてイライラする。直前で牡蠣なんか食べるなよ、何かあったらどうするんだ。実際に何かあったじゃないか。


 こんなに頑張ってきて、結局中止するしかないのか。明日のために半年間も準備してきたんだぞ。それなのに、こんなアクシデント1つで中止になるのか。1人キャンセルならまだいい、よりによって全員なんて。こんな不運なことがあっていいのか。ちくしょう、何なんだよ。




「もしこのまま何もしなければ、今回のミスコンは中止にするしかないと思います」


 苦い顔をしている俺と目を合わせながら、実優さんは続けた。


「出場者が全員入院中だと知っている生徒も中にはいるでしょうけど、中止の旨を何らかの形で学内外に伝えなくてはいけません」


 俺達3人を交互に見ながら話す。風に踊る黒髪ストレートが肩を撫でて、青緑のリボンバレッタが一緒に揺れた。


「問題は、今すぐ中止の告知をするか、ということです。正直、今告知しても明日告知しても、急遽の中止連絡ということで、連絡を聞いた方からの印象はほとんど変わらないでしょう」


 確かに。本番18時間前。この時間なら、いつ連絡してもドタキャン扱いだな。



「であれば、ギリギリまで粘ってみてもいいと思うんです。明日の朝まで粘ってみて、どうしてもダメだったらその時は中止、ということでも。せっかく今まで準備して来たんですし、それに……」


 少し止まる実優さん。何かを言おうかどうか迷っていたみたいだったけど、シャーペンを机に置いて俺達の方に向き直った。


「それに、冬のミスコンには私は参加できないと思うので、やっぱりやりたいな、というのが本音ですね」


 ちょっと残念そうに、それでも笑顔は消さない実優さん。落ち着いた言葉の中に、でも、強い想いを感じる。


「そっか、みゆ姉……」

「園田先輩、これが最後ですもんね……」



 まだ中学生だった頃。ここ、水代みなしろ高校の文化祭に遊びに来て、生まれて初めてミスコンを見た。

 出場者がとても綺麗で、企画が面白くて、ドレス姿がとても眩しくて、会場が沸き立っていて、ステージが本当に華やかで、目と記憶に強烈に焼きついた。


 高校生になると、こんなイベントがある。高校生でも、こんなイベントを作り上げることができる。

 ここで、このイベントを作り上げたい。自分がそんな想いでこの同好会に入ったからこそ、最後のミスコンが中止になるかもしれない実優さんの悔しさが痛いほど想像できた。



「決めたーっ!」

 少しの沈黙の後、勢いよく立ち上がって、羽織が叫んだ。


「まとすけ、やろう! ミスコンやろう! やっぱ悔しいよ、ここで終わらせるの」

「確かに、ここまでやったんだから最後までやりたいよな」

「そう! それに、みゆ姉には最後に一花咲かせてもらいたいし!」

「……うん、言いたいことは分かるけどな」

 実優さんは散り際かよ。


「あさみんもやりたいよね! ねっ!」

「はい、やっぱり初めてのミスコンなんで、園田先輩と一緒にやりたいです!」

 恭平も手をグーにして立ちあがった。


「というわけで実優さん、ギリギリまで頑張りましょう!」

「はい、そうですね。みんなで頑張りましょう」



 7月8日 金曜日、17時。進捗率、ほぼ0%


 ミスコン本番まで、残り18時間。


 どこかへ行っていたと思った暑気は、熱気と熱意に姿を変えて再び部室へ。


 ミスコン企画同好会、通称ミスド。

 1日で仕上げる、インスタントなミスコンの準備が始まった。

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