事件×決意

Act.1 そして誰もいなくなった

蒼介そうすけ、お客さん」

「んあ? 俺に?」

 肩を叩かれて、前のドアを見た。


「こんにちは、そうクン」

「あ、実優みゆうさん」

 少し高鳴る胸に、持っていた箒を机に乗せて、短い距離を走る。


「蒼クン、今日放課後、すぐ部室に来れますか?」

 肩を隠す黒髪ストレート。割と切れ長の二重に、目と大きくギャップのあるほんわかした口調。

「ん、行けると思いますよ」


「なら良かったです。帰りのホームルーム終わったら、すぐに来て下さい」

「わかりました。会議やるんですか?」

「ええ、そうですね。ちょっと重要な話があるので」


 実行委員会から何か通達でも出たのかな。教室掃除の残り時間、机をガタガタ運びながら考えた。


 

「蒼介、明日楽しみにしてるぜ!」

「あ、的野君、私も見に行く! 準備頑張ってね!」

「お、うん、任せろ!」

 放課後。みんなから激励の言葉をもらいながら、廊下へ出る。




 さっきから蒼介だの蒼クンだの的野まとの君だの呼ばれている俺は、的野蒼介まとのそうすけ


 ここ、私立水代みなしろ高校の2年生で、ミスコン企画同好会、通称「ミスド」のメンバー(ドーナツかよ)。ミスドでは、コンテストの企画全体を担当している。




 7月、まだ梅雨も明けてないけど、クーラーの効いた教室を抜けると、熱気が一目散にじゃれてきた。

 部室に向かって歩くだけで、鞄の紐が湿ってくる。ふう、大分暑くなってきたな。



「まとすけー、部室―?」

 羽織はおりがボフッと、俺の鞄に自分の鞄を当ててきた。


「ああ。お前も直行か?」

「うむ、一緒に行こうぜい」

 口笛を吹いて俺と並ぶ羽織。




 俺をまとすけって略称で呼ぶコイツは、風見羽織かざみはおり。中学1年から去年までずっと一緒のクラスだったプチ幼馴染で、ミスドでは渉外を担当している。


 ちなみに、渉外ってのは企業に交渉して協賛をもらう活動。ミスコンで宣伝するので優勝賞品を賛助して下さい、って具合にスポンサーを探す役割だ。




「みゆ姉来たでしょ? 珍しいよね、アタシ達のところに直接来るなんて」

 パーマをあてたピンクベージュの髪が、足に合わせてふわふわと揺れる。


「まあ放課後まではスマホ禁止だからな、一応。それに、ああやってクラスにくるとか、なんか高校生っぽい感じで好きだ」

「わかるわかる。なんか嬉しいよね、呼び出しとか!」



 渡り廊下を渡って隣の校舎へ移った。ゆっくり歩きながら、「横目で見る」というにはおこがましいほどじっくりと他の部室を見る。

 ダンボールを曲げて、白い布を切って、造花を壁に貼って。明日に向けて、祭の足音が早足になってきた。


「うん、いよいよお祭りも明日ですな、まとすけ!」

「おお、楽しみだよな」

 階段を登って3階へ向かう。



「今日って、アタシ達がやることそんなにないよね?」

「明日の最終確認がメインかな。台本も1回合わせておかなきゃだけど」


 壁一面に貼られたイベントのビラを見ながら、ミスドの部室に着いた。正確には同好会室なんだろうけど、こっちの呼び方の方がしっくりくる。



「さて、頑張って会議しますか!」

 羽織が軽く伸びをしてドアを開けると、既に実優さんと恭平きょうへいがいた。


「みゆ姉ごめんなさい、遅れましたー!」

「大丈夫ですよハオちゃん、私も恭クンもさっき来たところです」

 ノートにメモを書きながら実優さんが答える。



 3年生にして我がミスドの会長、園田実優そのだみゆうさん。丁寧な口調と柔らかい笑顔でいつも俺達を支えてくれる、ステキで綺麗な憧れの先輩。



「おー、あさみん、おつかれー!」

「恭平も早かったんだな」

「風見先輩、お疲れ様です。的野先輩も!」


 恭平は、俺と同じくらい伸びた前髪を軽くいじりながら、ミスコンのパンフレットを出してペラペラと捲っていた。

 自分の地毛は茶色っぽいから、コイツの黒々とした髪が羨ましくもある。



 ミスド最後の1人、浅海恭平あさみきょうへい。4月に入学・入会したばかりの1年生で、当日観客に配るパンフレットやビラの制作など、広報を担当。



 俺と羽織、実優さんに恭平。4人でミスド、ミスコン企画同好会。

 最近は毎年5人に満たないからずっと同好会止まりだけど、文化祭で行われるミスコンに向けて、年2回楽しく準備している。



「あ、実優さん、机動かしてくれたんですね。すいません重いのに」

「いえいえ、そんな重くなかったですよ、気にしないで下さい」


 いつもはL字型になっている長机2つが、くっつけて長方形に並べられていた。

 窓際に面した、職員室でよく見るタイプの銀色机の横に鞄を置いて、席につく。


「みんな集まりましたね。では、緊急会議を始めましょう」

「実行委員会から何か連絡が来たりしたんですか?」


 俺の質問に困り顔をしながら、実優さんが答えた。



「いいえ、実は……出場予定だったミス候補者が全員出られなくなったんです」



 その返事を聞いて、夏の暑気は部屋を出て行った。




「……………………は?」


 え? なに? え? え? 何? はい?



「ええええええええええええええええええ!」

 三人の不協和な合唱が部室に響く。



 意味の分からない展開に、頭が正常に働かない。

 何だ、実優さん何言ってんだ?

 出られなくなった? ミスコンに? 全員? 何で! 何で急に!


 企画はどうなるんだ。パンフレットも製本した。ホームページとポスターで告知もバッチリ。

 それで何で、何で急にそんなこと? え、何で? 本当に何なんだ?



「ちょ、ちょっと待って下さい実優さん! え、いや、あの、いきなりですか!」

「ええ、掃除の時間前に連絡が入りました。それですぐ蒼クン達のところに行ったんです」

 少し前髪を掻きながら答える。そんなに冷静に答えてる場合ですか!


「み、みみ、みみみゆ姉、み、みみみ、みんな一斉に、キャ、キャキャキャンセルですか!」

 ボーカロイドの失敗曲のようにスクラッチをする羽織。


「ハオちゃん落ち着いて下さい。はい、そうです。皆さん一斉にです」

「園田先輩、それは、ボイコット的なもの……とかですか……?」

 恭平が、おそるおそる聞く。俺も真っ先にその考えが浮かんだ。3人一斉になんて、それ以外に理由が考えられない。


「いいえ、恭クン。ミスコン自体に不満があったとか、嫌がらせとか、そういったものではありません」

「みゆ姉、じゃあどういう理由で……」



「明日の本番に向けて、出場者の皆さんは昨日、全員で1人の家に集まって、決起会をやったらしいんです。まあ言わば前々夜祭のようなものですね」

 黙って頷く3人。

 まあね、結構集客もあるし、ミス水代になれば学校中の注目の的になることは間違いないから、テンションが上がるのも分かる。


「その決起会で、通販で頼んだを食べたらしいんですが、生食してはいけない加熱用の牡蠣を生で少し食べてしまったらしく――」


 ちょっと待て。


「…………あの、実優さん、まさかとは思いますけど――」

「ええ、出場者3人全員、その牡蠣にあたってしまったみたいです」

「んなバカな……」



 思わず右手で目を覆う。

 あたる? 全員? このタイミングで?


 ああ、本当に神様なんてヤツがいるとしたら、アンタは最低に意地が悪くて、牡蠣の殻をぶん投げてやりたいさ。

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