第9話 中野さんと談話室にて

 めきで満ちていた。僕と中野さんも、隅っこに陣取ってインスタントコーヒーをすすりながら、今日の興奮を分かち合っていた。まだ胸の奥に、ギターの、鈴の、ハープの音が鳴り響いている。

「今日が一番コンディション悪そうでしたね」

「声の高いところがすごく不安定でね」

「でも、今日が一番良かったですよね!」

「今日が一番よかったよね!!」

 毎日列車に乗って、ライブを見て、また次の街へ向かって、の僕らでさえ、四日目ともなれば随分くたびれている。それを、あのバンドの人たちは、毎日歌い、楽器を弾き、翌日はまた車を走らせて次の会場へ向かう。その労苦は僕らの想像の及ぶところではない。

「父が言うには、ワンマンで二十曲もやれば、一回のライブでも体重が数キロ落ちるそうです」

 その論法で言えば、彼らは十キロ近く体重が落ちても不思議ではない。

 ライブがはじまった時は音が不安定に揺れていた。それを吹き飛ばすように、楽器が響き、床を踏み鳴らされる。身体を燃やしていくように、声が伸びていく。僕ら観客もそれに応えるように、手を打ち、最後のアンコールは求めに応じて歌った。僕はあまり、コンサートやライブの類で一緒に歌う、という行為が好きではない。だけど、今日ばかりは素直に歌うことができた。

「中野さんもすごいよね、知らない曲なのに歌ってた」

「えっと、歌詞は母音で歌って誤魔化してましたが、音は出だしの音を聴いてなんとなくで合わせてるんです。少し遅れますけど、だいたいなんとか」

「ごめん、言ってる意味がよくわからない」

 理屈はよくわからないけれど、なんか彼女が合わせる技術を持ってるってとこだけわかった。

「途中から時間が止まればいいのに、ってずっと思ってた」

「音楽は、いつか終わるから、音楽なんですよ」

 これも父の受け売りなんですけどね、と彼女は恥ずかしそうに笑う。

 四日間、毎日聴ける! と思ったライブも今日で終わってしまった。夢のような日々だった。明日は最後の宿泊、明後日は東京に帰る。

 僕らのそばにいたライダーらしき人たちが、どっと笑い声をあげた。明日は晴れるな! と口々に嬉しそうに言う。

「ほら、明日、晴れるそうですよ!」

 そうだよお嬢さん、明日は晴れるよ、ところでどこから来たの? えっと、東京からです! そっかそっか!! 中野さんはあっと言う間に、彼らの輪の中に溶け込んでしまって、ただ、僕だけがぽつんと取り残された。

 明日、僕たちは、旅の終着点と定めたところへ向かう。

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