第3話 中野さんとジェット風呂

 ライブの後、会場のそばに今風の日帰り温泉があったので入っていくことにした。

 湯浴み後、ロビーで涼みながら今日のライブのことを話しあう。

 七拍子の不思議なリズム、古い石造りの倉庫を改装した会場の天然の音響、美しい模様の入ったギブソン、珍しい楽器、中野さんにはすべてがはじめてだろう曲の数々の紹介。逆に、彼女はプレイヤーらしい見地からあれこれと、僕の知らない知識を教えてくれた。

 フルーツ牛乳を飲みながら彼女が一番印象深そうに話していたのは、観客と演奏者の距離のことだった。今日の会場は本当にせまく、五十人が肩を寄せあい、最前列の人の鼻先にギター用のマイクがあるほどの近さだった。中野さんは、まだ学校の講堂でしかステージを経験したことがないんだそうで、あんなに間近で聴いてくれる人がいるってどんな気分だろう、と繰り返しつぶやいていた。

 温泉に備え付けられていた、ジェット風呂の話題になった時、僕が「肉が揺れるよね」と漏らしたところ、中野さんは真顔で「え?」と聞き返してきた。改めて彼女の上気した白い肌を見やる。一分の隙もない細い身体。こんなに小さな身体で、どんな風にギターを弾いているのだろう。三分十円の有料ドライヤーで五十円も使っちゃいました、高いです!! と髪を下ろした彼女は可愛らしくぼやいた。まだ湿気を帯びた長い黒髪が僕の目の前で揺れている。 

 明日、僕らは富良野へ向かう。

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