二章 貴やかなるは、夜の花鳥 其ノ二
宮の主たる由衣王を除いた三竜が、そこで
快い夜風が池の
人の子ならとうに夢路につく時間だが、竜たる彼らは夜のほうが活発になる。反面、朝に弱い。
由衣王に関してはどの季節もさほど体調に変化は見られず、単なる感情の部分で春を好むといった程度だが、朝より夜のほうが、能力が高まる。
この女房は白長督の
「しばらくこちらへは近づくな。用があれば
由衣王が酒の座に加わり冷然と命じると、式は
しばらく
式の姿が完全に見えなくなった
それを一口飲み、由衣王は
「──それで、里人の
小瑠王が座り直し、
「
「驚きましたね。生首が
小瑠王は先刻の出来事を思い返すように遠くへ視線を投げた。
今夜の
白い
白烏もまた
「しかし微妙なところだな。術で縛されていただろ? ならあれは、里人のためじゃなくて、別の
多々王が
「
「いや、待て。こうも考えられるぞ。
「本物の
「ああ」
二人は意味深に視線をかわす。
白き
「里人のために現れたという可能性もまだ捨てきれませんよ。
「まあな」
しかし、本物の瑞鳥が
「こうるさい白長督は、あれを瑞鳥だと察しただろうな」
「
「多々王、たとえ
「おまえが言うな。虫一
「若気の至りというもので」
「ふざけるな」
多々王が笑った。そう
「それで、由衣。白烏は里人のもとにいるのか?」
じゃれあう紅竜と
「……いる。あの里人からいっこうに
「ふうん。なら仮にはじめは他の覇者のために降りたのだとしても、いまはあれを
瑞獣は基本、これと定めた者以外には目もくれない。高貴なる神竜であっても気を引くのは難しい。さらにいえば、この白烏は何者かによって呪詛されていた
それにしても
よりによって竜の冶古に瑞鳥が
「もうならぬ」
ふいに由衣王が低い声で吐き捨てた。
三竜の視線が彼に集まる。
「
由衣王は、
「俺は、
横たわったまま
「入水するしかない」
だが、彼の
「月時、なぜ儀の前に『なるべく病弱な者か、身寄りのない者が
由衣王はがばりと袖から顔を上げ、月時王を責めた。
「すぐ死ぬ定めの者のほうが世に未練を感じずにすむだろうし、俺たちも
月時王が気まずそうに目を
──そう、彼ら竜は疑いようなく
竜もまた瑞鳥と同じく天帝の使い。やんごとなき
だがその荒々しさゆえに──
小さきもの、清らかなもの。奥ゆかしいもの。そういう、自分たちよりも
つまるところ、彼ら竜は人たる種が愛らしくてならない。人々の存在を快く感じていなければ、わざわざ降臨してこの世を守護などしない。
だからこそ彼らは思いもよらぬ事態にひどく傷ついている。冶古として自分たちに
かといって、ここですごすごと空界へ
三竜は、
この由衣王は誰より先に都へ降りた。そこで
「本当は、あの紗良という里人ではなく、別の
由衣王はふたたび
「ところが紗良が、自分は身寄りがなく
彼の説明に、三竜が悩ましげな顔をした。彼らは、人のこういう健気さに
「娘たちは、
「やめろ」
多々王が片手でこめかみを
「俺は動転した。どうしてこの
切々と語られる内容に、とうとう多々王はその場にぱたりと
「互いを守るために言い争う娘たちをなすすべなく見ているとき、月時の言葉を思い出したのだ。選ぶなら、なるべく病弱な者……」
墓場から起き上がった生ける
「二人の娘を見比べると、あきらかに紗良のほうが
「あんな
「貝を集めていたようだ」
「貝?」
小瑠王がぎょっとする。たとえばだが、榔月府に暮らすしとやかな
「
小瑠王は心配そうに
そもそも彼らはあえて
「月時が言っていた通り、すぐに死ぬなら、いいかと──」
由衣王は袖で口元を隠し、打ち
「いつまでも震えがとまらぬ様子だったから、車に乗せたあとで
「そんなに」
小瑠王が
彼ら
「
「なんだって?
多々王までもおそるおそる尋ねる。「おそらく」と由衣王は
「衣も、
「噓だろ、まともな衣さえ持っていないのか。そこまで貧しい身でありながら、自分よりも他人の命を重んじていたって? 聖女かよ」
単に
とくに、紗良を連れてきた由衣王は
ふたたび口を開いたのは月時王だ。
「あの紗良という娘、やはり俺たちを見て
「そりゃそうだろう。いままでだって、俺たちを
多々王が顔をしかめる。それに由衣王が悩ましげな
「車のなかで、俺も散々
好かれて、
「ですが、なかなか
残念そうに言う小瑠王に、多々王が目を
「思い出した! 小瑠王おまえ、わざわざ前の冶古の首を娘にやろうとしただろ。
「言いがかりはやめてください。同じ地上生まれの者ですし、
「あのな、兄弟ならいざしらず、同じ里人というだけで首を押しつけられても困るだろうが」
「それもそうですね」
小瑠王は
「学はないと
月時王がしみじみと言う。彼らのなかで、紗良の美化がとまらない。
「
「俺はそんないたいけな娘に、どれほどの暴言を……。火の海に飛びこみたい」
由衣王がたまらぬ様子でまた顔を
「貧しく、ひ弱で、他者への慈悲を知る心優しき娘を、俺たちが間接的に殺すわけですね。これぞ無常です」
小瑠王の余計な発言に、場の空気が一段と重くなった。
「おい、こうなったら長く苦しませないよう、いっそひと思いに命を
多々王は
「──いや。今回は死なせぬ。そう決めた」
由衣王が顔を上げ、
「じゃあどうするんだ」
「ほどよく
多々王の問いに、由衣王は
「これまでの里人は身内への
「ですがそうなると、また新しい冶古を
小瑠王のもっともな疑問に、由衣王は
「なに、白長督には、すぐに娘が死んだと言えばいい。それから、あっさり死ぬ里人の顔など当分は見たくないと、少なくとも十年は言い続けてやろう」
由衣王の
彼らのどこかずれた
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