二章 貴やかなるは、夜の花鳥 其ノ二




 の刻、つまり日のまたぐ時刻。宵霧宮、きようの里の殿どのにて。

 宮の主たる由衣王を除いた三竜が、そこでもくもくと酒をみかわしている。しゆうるしたかつきにはうりももなどのくだもの、それからへいだんまがりもちいなどのも用意されている。彼らのそばにによかんの姿は見えない。

 快い夜風が池の水面みなもをかすかにらす。彼らは、池にかぶ小島のほうへ気難しい表情を向けている。そこには見事なこぶを持つかえでの木がある。小島の近くに見える反り橋は、日の下なら優美なしよう色とわかるが、夜も深まるこの時刻ではただ黒々としたりんかくを浮かばせるのみだ。

 の最中は強いきらめきを放っていた三日月も、終わればもとのつつましいかがやきにもどる。つりどうろうの明かりだけでは手元を照らすには足りぬため、しよくだいいたきに並べている。

 人の子ならとうに夢路につく時間だが、竜たる彼らは夜のほうが活発になる。反面、朝に弱い。しようが昼をすぎることもめずらしくない。基本的に彼らは人のように規則正しいすいみんを必要としないのだ。数日ねむらずとも問題はない。逆に丸一日微睡まどろむときもあるが、このあたりは竜の特性によって差が見られる。月時王と小瑠王は冬に調子がよく、多々王は夏に力を増す。

 由衣王に関してはどの季節もさほど体調に変化は見られず、単なる感情の部分で春を好むといった程度だが、朝より夜のほうが、能力が高まる。

 みような空気のなか、手燭を持ったうちき姿のにようぼうと由衣王が釣り殿に戻ってきた。

 この女房は白長督の使えきする式である。宮の家政の大半は彼が送りこんだ式たちがになっている。思い出したように辰弥庁の官人が世話役として宮へけんされることがあるが、ひと月持たずしてみな、音を上げ、げ帰る。なにせ竜たちは里人だろうが貴人だろうが関係なく、とにかく人という種をうとんじている。あつなんくせ、暴言が続けばかんの心もくじけて当然だ。直接的な暴行がないのがせめてもの救いか。白長督は苦肉の策で式を使い──というより先のかみから式を使せよと忠告を受け、それに従っている状態だ。その督もまた先代から、先代もまた先々代から、といった調子で、ちよう寿じゆである四竜のひとぎらいはなかなかに根が深い。おかげで辰弥庁の長官は、本家の陰陽師たちと並ぶほど呪術に精通しておらねば務まらない始末。しかし式だけではなにかと不都合も生じるため、機を見ては官吏を宮に送りこんでいるのだった。

「しばらくこちらへは近づくな。用があればすずを鳴らす」

 由衣王が酒の座に加わり冷然と命じると、式は微笑ほほえみを残して通廊を戻っていった。

 しばらくちんもくがその場を支配する。

 式の姿が完全に見えなくなったころ、多々王が無言で由衣王のさかずきに酒をいだ。

 それを一口飲み、由衣王はいきらす。

「──それで、里人のむすめはいまどこにいるんです?」

 小瑠王が座り直し、躊躇ためらいがちに問いかける。

たいのかせている」と由衣王はきようそくにゆったりともたれかかり、そのゆえなきぼう相応ふさわしい冷たい声で答える。

「驚きましたね。生首がき出した生き物はてんていの使いたるしろがらすずいちようでしょう」

 小瑠王は先刻の出来事を思い返すように遠くへ視線を投げた。

 今夜のにてされた里人の娘が、けがれにまみれた鳥をばくするりをちぎった直後のことだ。鳥を覆っていた穢れがはじけ飛び、本来の優美な姿を取り戻したのだ。

 白いつばさに赤いくちばし、黒とごくさいしきの長いばね。体長は通常の烏と変わらないが、そのとくちよう的な尾羽こそが瑞鳥のあかしだった。総じて白きものは神の気をまとう。豊けし空界に通ずる力を持つ。

 白烏もまたれいじゆうであり、極めてすぐれたる者、または世を揺り動かす者のもとに降りてくる。

「しかし微妙なところだな。術で縛されていただろ? ならあれは、里人のためじゃなくて、別のしやに寄りうために現れたものなんじゃないか?」

 多々王がくちびるはしについた酒を親指でぬぐいながら、内にいた疑念をこぼす。

じやしんかかえる何者かが、それをすべくじゆしたのかもしれませんね」

「いや、待て。こうも考えられるぞ。ろうげつに降りた白烏を、えんがよさそうだからとどこかの考えなしのばかが術を放って仕留めようとした、とも」

「本物のずいじゆうであるとは気づかずに、ですか」

「ああ」

 二人は意味深に視線をかわす。

 白きけものは縁起物、だからみかどや時の権力者にこうもつとして差し出すといったこうは珍しくない。皇后さくりつの際にも紀務庁のかんもとつるくぐいといった羽の白い鳥が必ずそろえられる。

「里人のために現れたという可能性もまだ捨てきれませんよ。せんにて、いち早くそれに気づいた術師が横からかすめ取ろうとたくらみ、あげくばくに失敗したのかもしれません」

「まあな」

 しかし、本物の瑞鳥がくにに飛来するなどいったい何百年ぶりか。少なくともすでに二百をえる彼らの代では、ただの一度も現れていない。

「こうるさい白長督は、あれを瑞鳥だと察しただろうな」

 めんどうそうにためいきを落としたのは、これまで聞いているのかいないのか判別しがたい表情で酒を飲んでいた月時王だ。彼の視線は、だるげな様子でうつむいている由衣王に向かっている。

くさっても辰弥庁のおさだからな。ま、ほかのやつらはわかっていないようだったから、白長督さえ丸めこめばどうとでもなるだろ」

 ぎようわるく脇息にほおづえをついて皮肉な笑いを漏らす多々王に、小瑠王があきれた顔をする。

「多々王、たとえひまつぶしにはちょうどいいのだとしても、あまり彼をいじるのはおやめなさい。歴代の督とちがってあれはわりとゆうずうがきくのですから、ここで退官されては困ります」

「おまえが言うな。虫一ぴき殺せぬ顔をしておきながら、おにの頭を宮の前に積み上げたくせに」

「若気の至りというもので」

「ふざけるな」

 多々王が笑った。そうなじる彼も先日、図京せんにゆうもくんでいた異国のみつていとしながら血祭りにあげている。似た者同士の二人なのである。

「それで、由衣。白烏は里人のもとにいるのか?」

 じゃれあう紅竜とへきりゆうを見て、月時王がしようしながら由衣王に問う。

「……いる。あの里人からいっこうにはなれようとせぬ」

「ふうん。なら仮にはじめは他の覇者のために降りたのだとしても、いまはあれをあるじと定めたか? だが恩義などで、てんけいに等しい選定をじ曲げられるのか」

 瑞獣は基本、これと定めた者以外には目もくれない。高貴なる神竜であっても気を引くのは難しい。さらにいえば、この白烏は何者かによって呪詛されていたけいせきがある。なおさら他者を受け入れようとしないだろう。尾羽の一部が黒いのも、おそらく瑞獣でありながら呪詛をしかけた者──つまり『人』におんねんいだいたことが原因だ。穢れが意識下に残ってしまっている。無理にあの里人から引き離せば、穢れが深まる。聖なるものが穢れると、空にきようせいを招く。しばらく静観すべきかと月時王は冷静に判断する。

 それにしてもやつかいなことになったと、彼は重い感情を飲みこむ。

 よりによって竜の冶古に瑞鳥がなつくのか。かしこい白長督は、先の波乱を見通して不用意に事をあらてないよう口をつぐむに違いないが、果たしていつまでかくし通せるだろう。気位の高い竜たちをだいかんだちはよく思っていない。しんれいを重んじる皇族の目があるから、いまは竜たちにきようこうな態度を取らぬというだけだ。彼らぎようとてむろん神霊をあがたてまつることに不服はなく、たたりのおそろしさも、神と鬼はかみひとであることも理解している。が、人とは短命ゆえに生き急ぐ。竜に対するけいの念がうすまりつつある。従順にまつるのではなく、自らの利のために使役するものだとにんしきを変え始めているのがわかる。だから竜たちは自身がしんに変じぬよう律するといった意味もふくめ、人に厳しく、つらく接することを常に心がけているのだが──。

「もうならぬ」

 ふいに由衣王が低い声で吐き捨てた。

 三竜の視線が彼に集まる。

にゆうすいしたい」

 由衣王は、すきのない美貌にたっぷりのろうと悲しみをたたえ、その場にぱたりと身をたおした。

「俺は、けなな里人に対し、なんて非道な真似まねをしたのか……」

 横たわったままそでで顔をおおい、なげく。

「入水するしかない」

 もだえすぎて、脇息が向こうまで転がってしまっている。

 だが、彼ののうを笑う竜はここに一人もいなかった。皆、いんうつな顔でだまりこむ。

「月時、なぜ儀の前に『なるべく病弱な者か、身寄りのない者がに決まればいい』などという余計な言葉を聞かせた」

 由衣王はがばりと袖から顔を上げ、月時王を責めた。れいこくな表情しか知らぬ官吏たちがもしもいまの彼の姿を見ていたら、「これはだれだ」と目をいただろう。白いほおは感情を映して上気しているし、だんはきりりとしている宝玉のようなひとみにもうっすらとなみだにじんでいる。

「すぐ死ぬ定めの者のほうが世に未練を感じずにすむだろうし、俺たちもなやまずにすむ……と思った。おまえたちとて同感だろう?」

 月時王が気まずそうに目をらして答える。

 ──そう、彼ら竜は疑いようなくばんであり好戦的だ。それでいて気高く、美しい。

 竜もまた瑞鳥と同じく天帝の使い。やんごとなきいくさの神である。

 あらあらしいさがを持つのは当然と言える。

 だがその荒々しさゆえに──はかないものを大変好む。

 小さきもの、清らかなもの。奥ゆかしいもの。そういう、自分たちよりもあつとう的にか弱い者が時々歯向かってくるところもまたおかしと感じている。

 つまるところ、彼ら竜は人たる種が愛らしくてならない。人々の存在を快く感じていなければ、わざわざ降臨してこの世を守護などしない。

 だからこそ彼らは思いもよらぬ事態にひどく傷ついている。冶古として自分たちにほうする里人が、その儚い命を散らすことを。あまつさえうらみまで抱かれる。彼らの望む形ではない。人を守るために浴びる穢れが、結局人を殺すはめになる。

 かといって、ここですごすごと空界へもどれば、おりしくじようらんの期の最中にあるこの国がかたむきかねない。竜たちにとってはまさにんだりったりの状態だった。浮城乃国という建国時の名がその後の命運を決定づけたのだ。地を離れて宙にく榔月府は、水面みなもに浮かぶ花びらのように不安定。国内の情勢の問題ではなく、凶事を招く運気のほうにひきずられやすい。ちょっとしたことでしずむ。思い切って山月府にでもせんすれば定めの航路を変えられるだろうが、ああまで里人をかろんじる天上人たちがいまのゆうな暮らしを未練なく捨てられるはずがない。

 三竜は、あわれみの目を由衣王に向ける。

 この由衣王は誰より先に都へ降りた。そこでいにしえの帝にひどい洗礼を受け、由衣などとめいな名までつけられてくつせつしてしまったという過去がある。だが本来は、野蛮な戦神たる竜のなかではめずらしくおうような性格で、身をせいにすることもいとわぬほどやさしい心を持つ。人をでることも、また愛でられることも大層好む。はじめに接した帝とのあいしようが悪かったのだ。

「本当は、あの紗良という里人ではなく、別のむすめが冶古となるはずだったんだ」

 由衣王はふたたびし、袖で顔を隠したままぼそぼそとかいこんの言葉をつむぐ。

「ところが紗良が、自分は身寄りがなくあとくされがないからとその娘の代わりに名乗りをあげた。まこといじらしかった」

 彼の説明に、三竜が悩ましげな顔をした。彼らは、人のこういう健気さにきわめて弱い。

「娘たちは、たがいをかばい合った」

「やめろ」

 多々王が片手でこめかみをみ、小さくうなった。

「俺は動転した。どうしてこのいちな者たちをてんへ連れていけようか。そう思い、暴言さえ口にして退けようとしたのに娘は引かぬ。あそこで許しなりなんなりえば、気に食わぬと適当に理由をつけてのがすこともできたろうに」

 切々と語られる内容に、とうとう多々王はその場にぱたりとあおけになった。普段はわざとけいはくな態度を取っているが、彼は誰より戦の神としての意識が強い。か弱い人が時々見せる勇ましさにぐっとくる。

「互いを守るために言い争う娘たちをなすすべなく見ているとき、月時の言葉を思い出したのだ。選ぶなら、なるべく病弱な者……」

 墓場から起き上がった生けるしかばねのようなかんまんな動きで、由衣王がずるずると上体を起こす。月時王はやみに沈む反り橋のほうへ視線をがした。余計なことを言わねばよかったと内心こうかいする。

「二人の娘を見比べると、あきらかに紗良のほうがぜいじやくな気がした。話のちゆうきこむし、寒さに身をふるわせてもいた。どうやら俺たちの車が地に降り立つまで海にもぐっていたようだ」

「あんなせ細った若い娘が夜の海にですか? なぜ?」

「貝を集めていたようだ」

「貝?」

 小瑠王がぎょっとする。たとえばだが、榔月府に暮らすしとやかなひめぎみたちであれば、波に足をひたすといったこうですら恐れるだろう。いや、姫君どころかし使いでさえいやがる。

だいじようですか、それ。すぐに死ぬのではありませんか?」

 小瑠王は心配そうにたずねる。二百歳えだろうと、彼ら竜もやはり天上人同様、ぜいくした日々をすごしている。地上暮らしのこくさにはあまりくわしくない。

 そもそも彼らはあえてごうまんい、冶古に選ばれた里人をてつていして遠ざけてきた。儚い者たちに情を抱けば、その分、別れがつらくなると学んだからだ。

「月時が言っていた通り、すぐに死ぬなら、いいかと──」

 由衣王は袖で口元を隠し、打ちひしがれたように視線を落とした。

「いつまでも震えがとまらぬ様子だったから、車に乗せたあとでころもわたした。……あの娘、うそのように手首が細かったぞ。わずかに力を入れただけでくだけ散りそうなもろさだ。抱き上げたときも、異様に軽かった。わらを持ち上げているかのようだった」

「そんなに」

 小瑠王がこわごわとつぶやく。

 彼らりゆうのなかで紗良が、けば飛んでいきそうなほど脆弱な娘にへんかんされているが、実際はちがう。ごくつうの健康な里人である。病的というほど瘦せ細っているわけでもない。

かみなど、一度もかしたことがないようなざわりだったぞ」

「なんだって? くしさえ持てぬほど貧しい娘なのか?」

 多々王までもおそるおそる尋ねる。「おそらく」と由衣王はちんつうおもちでうなずいているが、もしも紗良がこの会話を聞いていたら間違いなくふんがいしていただろう。

「衣も、ぬの以下というか、あんなに人前ではだしゆつする若い女など榔月府に一人もいないだろうな」

「噓だろ、まともな衣さえ持っていないのか。そこまで貧しい身でありながら、自分よりも他人の命を重んじていたって? 聖女かよ」

 単にいそをまとっていただけだ。まったくもって見当違いな感想だったが、残念ながらそれを正しくてきできる者はいなかった。竜たちは短いあいだ、黙りこむ。

 とくに、紗良を連れてきた由衣王はもうれつな後悔の波に飲まれ、すっかりしようちんしている。

 ふたたび口を開いたのは月時王だ。

「あの紗良という娘、やはり俺たちを見ておびえていたな」

「そりゃそうだろう。いままでだって、俺たちをおそれぬ里人なんかいなかった」

 多々王が顔をしかめる。それに由衣王が悩ましげないきらす。

「車のなかで、俺も散々おどしたから」

 好かれて、すがられても困る。それに、こちらを化け物あつかいする相手にこびを売るつもりもない。竜たちは、ひそかに人を愛でながらも、こういった複雑な感情を常に持て余している。

「ですが、なかなかしんの強い娘でしたね。なのにすぐに死ぬとは、あわれな定めです」

 残念そうに言う小瑠王に、多々王が目をり上げた。

「思い出した! 小瑠王おまえ、わざわざ前の冶古の首を娘にやろうとしただろ。けしやがって。娘のげんでも取るつもりだったか」

「言いがかりはやめてください。同じ地上生まれの者ですし、とむらってやりたいのではないかと思っただけですよ。でも、受け取ってもらえませんでした。なぜでしょう?」

「あのな、兄弟ならいざしらず、同じ里人というだけで首を押しつけられても困るだろうが」

「それもそうですね」

 小瑠王はなつとくしたようにうなずいた。おそるべきことに彼は紗良に対して嫌がらせをするつもりなど毛頭なく、ただのじゆんすいな親切心で、異形と化した元の首を渡そうとしていたのだった。誤解しないほうがおかしいという事実に、き世ばなれしたやんごとなき竜たちは誰も気づいていない。身を案じて口にした忠告も当然、紗良には正しく伝わっていなかった。

「学はないとじらいながらも、慈悲深く利発な娘だったなあ」

 月時王がしみじみと言う。彼らのなかで、紗良の美化がとまらない。

けがれを帯びた命さえもいつくしもうとしていたな。おのれのほうが死にそうだというのに。結局その見返りのないけんしんが、ずいちようを救ったわけだ」

「俺はそんないたいけな娘に、どれほどの暴言を……。火の海に飛びこみたい」

 由衣王がたまらぬ様子でまた顔をおおい、身をくの字に折り曲げた。横たわったりもだえたりしたせいでしが曲がっているが、それにとんちやくするゆうもない。

「貧しく、ひ弱で、他者への慈悲を知る心優しき娘を、俺たちが間接的に殺すわけですね。これぞ無常です」

 小瑠王の余計な発言に、場の空気が一段と重くなった。

「おい、こうなったら長く苦しませないよう、いっそひと思いに命をうばってやったほうがよくないか?」

 多々王はしんけんな顔で提案した。それもそうだな、と月時王が賛同する。めちゃくちゃだが、彼らは決してじようだんのつもりではない。

「──いや。今回は死なせぬ。そう決めた」

 由衣王が顔を上げ、ぜんと言い放った。

「じゃあどうするんだ」

「ほどよくしいたげて、地上に追い返すよう仕向ければいい」

 多々王の問いに、由衣王はしい表情で答える。

「これまでの里人は身内へのとがを恐れてか、とうぼうなど考えようともせぬ者ばかりだった。だがあの娘は利口のようだ。虐げる合間に、それとなくに乗って地上へ逃げるようゆうどうしてはどうか。ついでにあのしろがらすも。ぎようの目にとまる前に榔月府から出すことができるし、一石二鳥だろう?」

「ですがそうなると、また新しい冶古をかかえるよう辰弥庁にさいそくされるだけでは?」

 小瑠王のもっともな疑問に、由衣王はしようを作る。

「なに、白長督には、すぐに娘が死んだと言えばいい。それから、あっさり死ぬ里人の顔など当分は見たくないと、少なくとも十年は言い続けてやろう」

 由衣王のぶつそうかつ吞気のんきな提案に、三竜は、よしと、無言でさかずきかかげた。

 彼らのどこかずれたたくらみを、夜空の三日月が静かに見下ろしている。





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