二章 貴やかなるは、夜の花鳥 其ノ一
中央奥側に位置する
ちなみに、
庇車は、大内裏側へは向かわず、
なぜこの方はこうも
というよりもなぜまた同じ車に乗せたのだろう。
だったら目の届く場所に置かなければいいのよ、と紗良は
だいたい予想はしていたが、まったく
これから死ぬ
「……なにを考えている?」
どこか
この身だけでは
「
「心にもない
由衣王はぱちんと、閉じた扇で自分の
「ああ、おまえもやはり
反論したくなる気持ちを殺して、ひとまず謝罪をしようと頭を下げかけたとき、急にがたっと
「何事だ」
紗良を抱えながら、由衣王が外へと問う。すぐには返事がない。外がざわついている。
由衣王は
──他の
前方に、数台の神車が見える。が、どうも様子がおかしい。
こちらの屋形を引く黄金の
「
由衣王の声が耳に届く。視線を巡らせば、朧車と呼ばれた
紗良は、ぽかんとした。はじめて目にするその貴人たちが、由衣王に引けを取らぬほど姿が美しかったからだ。一人は女のように髪が長いが、なんとも独特な色合いだった。
その貴人はこちらに背を向けて由衣王らと話をしているため、顔立ちまではわからない。
もう一人の貴人は顔が見えた。
「──それでおまえたちは、朧車を追ってきたと?」
「仕方ないだろう、俺の宮で異形に変じた
「まだこのあたりに──」
なにやら深刻な表情で話しこんでいる彼らだったが、ふいに赤菊の色を持つ髪の貴人がこちらを振り向いた。酷薄そうな、
彼につられるようにして、
最後に由衣王も振り向いた。彼らは紗良と目が合うと、「あ」と
だがそうではないとすぐに
「あ、あ……っ」
地上では
里人にとって一番警戒すべき
鬼面の異形が獣のような
異形に
「あ……っちへ行ってよ!!」
声を
が、異形はものともしない。紗良の
紗良は
「や……っ」
この異形に食い殺されるのではないか。そんな
その瞬間、全身が
「えっ……、え、え」
紗良と目が合うと、その貴人はにこっと親しげに
おののく紗良から視線を外すと、彼は
鬼面の異形のざんばら髪を無造作に引っ摑み、ぶちりと首をねじ切ったのだ。
「──」
「なにもせぬ、暴れるな」
震える息をこくりと飲み下し、なんとか冷静さを取り
「なに? 今度はなんなの!?」
「落ち着け。手出しはさせぬ」
そう言われても、この
次々と上がる怪の悲鳴に、神車のまわりを右往左往していた官吏たちが飛び上がった。
紗良も由衣王にしがみつく腕に力をこめた。このとき由衣王がぽんぽんと
──なっ、なにあれ!?
「どうやらすべて仕留めたようで」
と言ってこちらに歩み寄ってきたのは、
由衣王の腕のなかにいることも忘れ、紗良は引きつった顔で
「暴れるなと言ったろう!」
震えがとまらない。異形そのものより、微笑みながら首を持ってくるこの貴人のほうがよほど恐ろしい。
「王の方々にお
白長督が
「この場で
由衣王は紗良をしっかり
「三王の方々は
「道々に桃を植えた程度で
由衣王は、ぞっとするような
「まあ、もとを正せば、
露草色の髪の貴人が優しく笑いながら口を
由衣王はさらに冷ややかな顔を見せると、露草色の髪の貴人を睨んだ。
「
「ああ、これ?」
「ところで由衣、その
「……こたびの冶古だ」
由衣王が苦々しい表情で答える。
「里人ですか。見るからに
小瑠王、と呼ばれた露草色の貴人が
恐怖一色だった胸のなかに、じわりと暗い感情が滲む。この貴人も、里人を見下すのか。
足音が近づいてきた。異形の群れを始末し終えた貴人二人がこちらへ戻ってきたのだ。
「なんだ、やっぱり冶古を連れてきたのか? どうせすぐに死ぬのに」
「これはまた、とりわけ貧相な里人だな」
──この方も同じなの?
恐怖や怒り、悲しみと、様々な感情が
「
白長督が口角を下げて小言を言う。
その彼を、多々王と呼ばれた赤菊の貴人が
「からかってなどいない。事実だろ?」
「そうであろうと、これは罪なき者です。多少は
「ははっ、おまえは慈悲という名の
多々王は、髪と同じ真っ赤な色の瞳を紗良に向ける。
「新たな
「……お、
小瑠王が先ほど、我ら竜と口にしていた。由衣王と
「どんなときも真実を望みます。私たち里人はつまらぬ身、ですが心までつまらぬものとなってしまえば加護をくださる地の神々に申し訳が立ちません。ゆえに、心を強くし、その厳しさに打ち勝ちたいと存じます」
「心構えは立派なことだ」
多々王は、紗良の言葉をかけらも信じていないような冷め切った微笑を
「まあ
彼の視線が、小瑠王の持つ異形の生首へと向かう。小瑠王は虫一
「これがなにかわかります?」
小瑠王が甘えるような声で問う。この貴人が一番苦手かもしれない。
「
震えながらも答えると、竜の王たちは
「確かに、ある意味悪鬼ですね」
小瑠王は、つん、と生首の
「これね、あなたと同じ
「──神奴冶古」
「うん、そうです。あなたの前に、我ら竜に仕えていた冶古」
繊細な
「一年ほど前になります。
紗良は混乱しながらも、小瑠王の話を必死に
するとこの生首は──近い未来の、自分の姿?
「差し上げましょうか?」
小瑠王が生首を軽く
答える気力もなくなり、
「あっ」
これは
液体が原因というより、この紙縒りに
「なんと。これはいけません」
小瑠王が
「穢れが形を持ったのか? それとも冶古が目についた
由衣王が
紗良はとっさに身をよじった。由衣王の
「こら」
由衣王が険しい顔をして腕を
「──この子は、生きているようですので、どうか
「生きる、の境界とはなんだ?」
由衣王が、
「果たして、恨みつらみを抱えた怪は、生き物か?」
「それは……」
「
ぐっと紗良は息を
「学なき私に条理はわからず、ただ自身の感じるままにこのつれなき世を見つめるばかりです。それしか、物事の行方を知る方法がありません」
「わからぬと安易に
由衣王が大きく一歩を
「この命を、
「なに?」
「
「確かにこれは生きていますね」
真横から
「救う価値があるかはわかりませんが……、おや、紙縒りが……これは
白長督の言葉の
「よい。これがもしも
「なりません。もしも陰陽師の式であった場合、始末すれば穢れが返ってしまう
「だから?」
「陰陽師は紀務庁に属する者。いがみ合うのは得策ではありません」
「俺に言うな。あちらのほうこそ争っても利にならぬとわかっているだろうよ」
「そうであってもです。人の心は移りやすいのですよ。波風は立てぬほうがよい」
「知らず立つのが波というもの。風に
「王、
言い合う二人を
──とりあえず、この紙縒りが問題なの? 手で簡単に取れそうだけど。
紗良には術の
烏を染めていた真っ黒い液体がざあっと周囲に広がった。
その直後、頭に布でもかぶせられたように視界が
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