ハロワ全職員クビ騒動

 昭和九年(1934)の青森市長選で、加賀秀雄が初当選を果たした。そのとき彼は市議会議長であって、かつて31歳にして最年少で市会議員当選を果たした注目株だった。ところがこのたび与党会派を二分させたうえに盟友だった北山一郎前市長を裏切って出馬。



 ”市会議長就任後一年有半、大過なしに今日に至つたことは議員諸君の後援と、市民各位の熱誠なる声援の賜物で、今回青森市長の改選に際し、同志多数の切なる勧めで、愈々競争場裡に立つことになつた。併し永年の間、同志として提携して来た現市長と戦を交いることは私情において忍びないものがあるので慎重熟慮したが、公的立場から決意するに至つたから、之も忍んで戴かねばならないものと考える”



 一方で野党勢力は千葉伝蔵を擁立。三つ巴の争いになった。当時の市長選は市議会議員による投票であったので、市民はなにもできず固唾をのんで見守った。結果は……



 十二票  加賀秀雄 当選

 十一票  北山一郎

 十一票  千葉伝蔵



 ……そして、無効票が二票。


 当然、この二票の扱いで勝敗が変わる。異議の申し立ても当然あった。だが加賀派はわざと知らんぷり。加賀秀雄はいまだ”議長”であるという特権を用いて、市議会の散会を宣言した。申し立てを受け付けなかった。混乱の渦は収まらない。


 このままでは、市政が成り立たぬ。市政にあるまじき事態と憂えた青森県は、この投票を取り消すことに決定。上から強制的に命令を下す。青森県知事はなるべく平和裏に新市長を決めたいと思い、加賀・北山・千葉の三者を招集。ただし三派三様の主張があり、まとめることは困難を極めた。



 加賀派……加賀秀雄を市長。千葉伝蔵を議長。北山一郎には莫大な退職金を与えよう。


 北山派……事実上の最高点はわれらが北山一郎。北山こそ市長であるべきだ。


 千葉派……こうなったからには、三人ともあきらめる。三氏を除く適当な人物を市長にしよう。



 その後も県知事のもと何度も話し合いがもたれたが、容易に決着せず。そのうちに三者ともあきらめるムードに傾き、新候補者を擁立することに決まった。だが北山派は不満で、裏に隠れて千葉派と交渉。きまりかけた新候補者を蹴って、議員らだけで決めなおそうと。両派ともにほぼ意見の一致をみたので北山派は県知事へ言った。



 ”知事は市長問題から手を引いてほしい”



 これに県知事は大激怒。せっかくここまでまとめてやったのに、この態度は何様と。


 結果として県知事から嫌われた北山派は孤立。残った加賀派と千葉派の話し合いによって、加賀秀雄市長と千葉伝蔵議長で正式決定した。ここまで落ち着くのに三か月かかり、市政は完全にSTOP。



 ここから加賀秀雄の伝説は始まる……。(すでに始まっている感はあるが)


 まず手始めに議員の歳費値上げを行おうとした。応援してくれた議員仲間へのねぎらいである。だが市民の目からもこれは明らかで、当然の如く猛反対された。加えて嫌いな人物はどんな役職でもクビにして、加賀の天下を築こうと企んだ。


 こうであったので、一気に支持率は低下。いつしか千葉派と北山派が手を結び、加賀市長の追い落としにかかる。これで焦ったのは加賀市長。どうすれば支持を回復できようか。


 考え出したのはあろうことか……



 ハロワ全職員を、クビにすることだった。



 当然ハローワークという名称は現代のものなので、当時は青森市職業紹介所と言った。もともと市民にはこの組織に不満があり、あまり仕事をしていないのに給料をもらっていた。それはそれで事実で、早勤や宿直をしていないのに該当する手当を受けている。すでに明るみにでていたので、それぞれの職員は反省の意を示していた。しかし市長はクビをとることで自分への支持を回復させようと考えた。



 こうしてハロワ全職員9名を、昭和十年(1935)十二月二六日付で免職処分とした。



 これで、ほぼすべての者が敵にまわった。同派からもやりすぎだとの声を受け、今後の業務のことも一切考えていない、傍若無人な行いだとそしりを受けた。他の法案でも相当ずさんなものを出してしまい、窮地にたたさえる。


 そして……



 昭和十一年(1936)、加賀秀雄市長は検挙された。三月九日午後九時五十分、東京から青森へ戻る途中、尻内駅(現在の八戸駅)で検挙拘束。八戸署へ連行され、市長は現金授受の不正を暴露するに至る。並びに前後して青森市議会議員計十一名も検挙され、全議員三六名中約3割が逮捕されていなくなった。



 青森の恥さらし。ここに極まれり。




 青森市議会は解散。市長も選び直し。

 ここで青森県知事は声明を出した。



”私が市民に特に御願ひしたいのは、単に自己の一票を正しく行使すると言ふ許りではなく、公正廉直の士は自ら立つて市政に参画せらんことである。即ち選挙民が如何に優良なる議員を選ばんとしても、候補者に其の人を得なければ何うすることも出来ぬ。心ある選挙民は涙を呑んで棄権するか、或は不満足なる候補者に投票するより致方がなくなる”

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