第3話
筋肉とはタンパク質のカタマリである。天敵はモチロン脂肪。
此処に荒れた大地を悪党から奪ったトラックで疾走する男がいた。彼はマッスル。筋肉に愛されし男。彼がなにを思いどこを目指しているのかはわからない。二重のつぶらな瞳は多くを語らないのだ。だがこれだけは言える。筋肉が呼んでいる。
夕刻。マッスルは1つの集落へ辿り着いた。ガソリンもそろそろ切れかけている。このご時世、ガソリンはs級以上の価値がある。
集落は周りを柵で囲い丁寧に見張り門番まで配置している。
悪党のはびこる世界で自衛は必要不可欠なのだ。
2人の門番にマッスルは行く手を遮られる。
門番と言ってもボロ布を纏った小汚い中年。
手には襲撃に備えてか猟銃をもっている。
マッスルはトラックから降りるが、黒のブーメランパンツだけの姿はどことなく気品に満ちている。
「止まれ!」
マッスルも例外なく止められる。
「貴様、どこから来た?」
マッスルはトラックの後方に視線をやる。
「なるほど、見た所武器の類は所持していないらしい」
マッスルはトラックに目線を落とす。
「そうか、燃料が無くなったのか、悪いが俺たちの集落でも燃料は貴重な物だ。簡単には譲ってやれん」
「まて、もしかしたらこの人ならーーー」
「うーむ。俺たちでは決めかねん、長に判断を委ねよう」
「お前、こっちへ来い。そのトラックは移動しておいてやる」
案内されたのは汚いテント、長の家。集落の長もまた汚い初老の男だった。
「客人とはまた珍しい」
「長、もしかしたらこの方ならアレをお願いできないでしょうか?」
「うむ、見た所きめ細やかに作り込まれた筋肉」
長は見る目のある人だった。
「ツヤのある大胸筋。マッスルなボディ。名は?いや、聞かずともよい。お主の事はマッスルと呼ばせてもらう」
名は体を表すと言うが逆もまた然り。
「どうじゃマッスル。ひとつ頼みごとを聞いてはもらえんか?礼ならさせてもらう」
マッスルは穏やかに長を見つめる。
「そうか、すまんの」
筋肉を愛する者、筋肉に理解のある者はマッスルと心を通わすことができる。この集落の長は実に謙虚に筋肉に尊敬の意を表していた。
「頼みと言うのは他でもない。この村は近くの悪党に狙われておる」
悪党が悪事を働くのに理由はない。資源を、物資を、女子供を略奪されこの村は限界を迎えていた。
「悪党というのは牧場を拠点とする豚貴族と名乗る奴らじゃ」
牧場。それは紛れも無い資産、数少ない緑と養殖された家畜があり、それを牛耳る悪党は自らを豚貴族と名乗り膨よかに肥えた集団の楽園を作ろうとしていた。
悪党は見逃せないが、情けない脂肪はもっと見逃せない。
マッスルの心に火をつけた。
「案内役を1人用意しよう、明日の朝出発するとよい。今日はゆっくり休め」
マッスルは質素な食事を馳走してもらい、筋トレしてから床についた。
翌朝。
マッスルは日が昇る前に起床し、筋トレを始めた。
朝食どきに長は1人の子供を連れて来た。
「この娘はひと月前に攫われたのですが運良く帰ってくることが出来ましたな。道案内をかって出てくれたのじゃ」
「ココナ、といいます。ーーおねがいします」
少女はマッスルをみてたいそう安心したそうな。
なんせ梅が今まで見たこともないナイスボディ!逞しい男の人だったから。ココナはまだ清潔感があるが来ている服はひどく汚い。オシャレなどに興じている余裕はどこにもないのだ。
「こっち、です」
ココナは足早にマッスルを誘導する。
悪党に拐われた時は不安と恐怖に襲われたが、マッスルの温かな包容力は彼女に勇気を与える。だから、再度恐ろしい場所に向かうことに何ら抵抗はなかった。
「マッスル、凄く、あったかい筋肉ーーー」
!この娘。幼いながら見る目のある奴だ。将来が楽しみで仕方ない。マッスルもまた彼女を傷つけないと心に決めた。
丸1日は歩いただろうか。マッスルは優雅に歩くため、移動が早くない。ココナは疲れ、足に限界が来たのでマッスルの肩に腰をかけ運んでもらっている。
「あれ!キャンプの跡!」
ココナが指差す方に焚き火の消し炭と食肉の残り骨が散乱していた。この感じ、まだ新しい。恐らく昨夜かその前の晩だ。
「あいつら、近くの集落を巡回するって言ってた」
その巡回後、本拠地に戻るためここでキャンプしたのだろう。
この様子だと捕虜や物資等はかなりの量だ、移動もマッスルより遅いかもしれない。
「お母さんーーーー無事なの?」
ココナは幼き瞳に涙を浮かべる。一緒に捕まった母が流してくれたのだ。その母を思う少女をマッスルは優しく撫でてやった。
「マッスルーーーーありがと」
許せぬ豚貴族!
人人を困らせ、幼き少女と母を引き裂き、あまつさえ脂肪に魂を売る奴らめ!もはやヒトでは無い。マッスルは怒りの炎を燃やし、牧場を目指す。
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