第6話 ユグドラ洞窟とノアの想い

 僕は仁科平次なのだろうか。僕は今まで漠然と、平凡な高校生を続けている現代こそが現実で、異世界で勇者をやっているのは夢だと思っていた。だが、夢の中で会った魔女に、それが根拠なき思い込みだとはっきりと示された。でもそうなると、僕は高校生なのだろうか、それとも勇者なのだろうか。それとも或いは…

「おーい何やってんの」そういいながら僕は分厚い辞書で小突かれた。振り返ると拓斗がにやにやと笑っていた。「全くどこで油売ってると思ったら…ていうか、なんでお前、辞書コーナーにいるのさ」拓斗に訊かれ、「いや、なんとなく」と答えると再び小突かれた。「なーにがなんとなくだよ。」と拓斗は苦笑し、「件の夢の事?」と訊いてきた。図星だ。やっぱり幼馴染は侮れない。僕は観念して今までの経緯を話すことにした。

「…なるほどな。確かにそういわれてみると、俺らが今生きているこの世界が、現実である根拠ってねーよな。『感覚があるから現実だ』って言う人もいるけど、感覚自体が作られたものでない、とは言い切れねーし。」拓斗は意外なことを言った。てっきり「何言ってんだよ。この世界が現実じゃねーか?」とでもいうのかと思っていた。そう率直にいうと「俺ってそう思われていたのかーショックだなー…。」と落胆していた。

「でもソノットと言ったか?人名の件は偶然の一致という可能性もあるんじゃないか?もしかしたらその異世界とやらでは違う意味を指しているかもしれないし。」拓斗は疑問を投げかけた。「うーん、異世界でも日本語は通じているし、意味が違うなんて…」と言いかけて、はっとした。「あれ?そういえばなんであの世界で日本語が通じているんだ…?地図の文字も日本語だし…。」浮かび上がった疑問を思わず口にする。「確かにそりゃ妙な話だな」拓斗はそう付け加えた上で、「ただ俺が言いたいのはそういうことじゃねぇよ。俺らが今いる世界で例の単語は夢という意味を持つけど、異世界ではそれとは別に意味を持つんじゃねーかって話。とにかく、1語重なっただけじゃ偶然か否かは判断しようがないし、他の人名も重なるやつがないか調べてみようぜ。」そういって拓斗は他の言語の辞書を漁りだした。それにしてもこの男、ノリノリである。




「ここが…ユグドラ洞窟か…」

 異世界で魔女と出会い、現代で言葉の謎に気づいてから数日、僕らはユグドラ公国の人が住む洞窟―通称ユグドラ洞窟に到達した。のだが…。「ここって本当に人が住んでいるのかよ」プレタがそうこぼすのも無理がないくらい、不気味な洞窟がその口を大きく開けていた。まあ、原始人はこういう洞窟に住んでいたし大丈夫な気もするが。先に洞窟に入るソノットの後を追い、僕らは洞窟に入った。


 ユグドラ洞窟は元々自然にできた洞窟であったが、ユグドラ公国の人々が住むために地面を平らに削ったり壁に自然の魔力で光るランプを設置したりと、様々な改装を施していた。そのため中はかなり歩きやすい。しばらく洞窟を歩くと、四方を断崖に囲まれた大きな広間に出た。頭上には天井が無く、青空が広がっていた。目の前には街並みも広がっている。街には露店が立ち並び、活気づいていた。てっきり洞窟に住んでいると聞いていたのでもっと暗くこぢんまりとした場所に住んでいると思っていたのだがどうにも違うらしい。

 ソノットの案内で、僕らは国王の住む家に向かった。どうやらソノットは家から出発するときに伝書鳩を飛ばして書状を送っていたらしく、僕らは歓待された。その後世界樹を浄化する魔法を教わるため、ノアは修道女らしき女性と共に修道院に向かった。

 この間残された僕らは「恐らく世界樹には何かしらの見張りの魔物がいる可能性が高い」とのことで再び洞窟へ潜り洞窟に棲む獣を相手に鍛錬に励むことになった。




「…疲れた…」

 鍛錬を終え、夕食を食べた後、僕は宿の庭にある長椅子に座り、星を眺めていた。綺麗な星を見ながら考えを巡らそうとしたその時、「ヘイジ君…」と声をかけられた。声の主はノアだった。ノアは僕の隣に腰を下ろした。しばしの沈黙。

「…明日は世界樹奪還ね…。」

「そうだね…。」

「できるかな…。」いつも気の強そうなノアが珍しく自信なさげに言った。

「大丈夫。きっと僕らならできる。いや、やって見せる。」不安を感じさせないよう、力強く僕は言う。

「…そうだね、君はいつでもこうして、私を元気づけてくれたよね。」

 ノアは僕を見つめて「でも、無茶しないで。」真剣にそういった。その瞳は心なしか潤んでいた。

「君の背中は、戦う姿はいつでも頼もしい。最初に君が召喚された時からは想像付かないくらい。だけどやっぱり、君が私を守るために死んじゃうのが、怖いよ…。君が私の傍から居なくなってしまうのが怖いよ…。私は…君が…ヘイジ君のことが…」言葉の途中で泣き崩れたノアを、僕は思わず抱きしめた。

「大丈夫、ずっと傍にいる。僕もノアさんが好きだから…。」泣き続けるノアを抱きながら、僕は呟いた。


 やがて泣き止んだノアと僕は見つめ合う。


「いつか魔王を倒したら、ずっと一緒に…」


 僕の告白はノアのキスに遮られた。そして夜は更けていった。

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