第9話 両替の魔女

 水の魔法なのだろうと、考えられた。

 青く輝く魔方陣から、泉が現れ、そこで、マリーは満たされたように微笑んで横になった。

 僕は、体温と熱気を取り戻した。

 「……」

 マリーの表情が柔らかくなって、足の感触が戻ってきたかと思ったら、僕の足は凍り付ついていたのがウソのように、もとに戻っていた。

 「…………」

 「マリーはとある国を救うために呪いをかけられたのよ」

 「え?」

 「孤児だったマリーの……少女一人の命で、その国は確かに平和になったわ」

 「……」

 「だけれども、幼い人の体では、その精霊の魔力をとどめられず、精霊はこうして暴走してしまうのよ。マリーが大好きと思った人を氷漬けにしてしまうの」

 「僕がミサンガを壊したからじゃなかったんだ」

 「マリーは貴方を守ろうとして、精霊との契約をやめようと思ったの」

 「それってどうすればいいの?」

 「マリーの肉体が亡びればいいの」

 「!!!!!」

 僕はプゥラスカーに懇願した。

 「やめて!プゥラスカー!そんなこと、やめておくれよ!!!」

 「わかっているわ。ゆっくり聞いて……国は豊かになって、そうして、その国のみんながマリーに恩を返したいと願ったわ。だれも、マリーが死ぬことを望まなかった……という建前で、その国は、魔女を呼んだ」

 「う、うん……」

 「そうして、その国は、一人の魔女にマリーの呪いを解く依頼をした」

 「!」

 「それが私。両替の魔女プゥラスカー」

 「りょ、両替?」

 強いの?それ……??

 プゥラスカーは間髪入れず喋った。

 「古代の魔女である私は、他の魔女と違って、体からあふれ出る魔力を使って、一時的ではあるけれど、魔法が使える……」

 「!!」

 プゥラスカの顔にしわが、浮き上がってきた。

 「あら?もう老けてきたのね……」

 プゥラスカーは、そういって微笑んだ。

 「……ウェイダー……わかるかしら?私の魔力がなくなる様を……」

 「プゥラスカーも死んじゃうの!?」

 「魔法を使い果たして、精霊が敵とみなせば、皆殺しよ。でも……どうかしら?」

 「…………精霊ってそんなに怖いの?」

 「精霊は優しいのよ。人の生活と社会をまもってくれるの。だけれども、生贄にされた相手には、特別な意味をもってね……」

 「……」

 「時間がないから、よく聞ききなさい」

 「!」

 「マリーと契約している精霊は、好きになった相手を……マリーが好きになった日から数えて、おおよそ、七日目に食べてしまうの。捕食の方法は冷凍してじわりじわりと命を吸うの」

 プゥラスカーは言葉を発しながら、色々なアイテムを使って、マリーの力を封じようと試みていた……。

 だが、どれも効果はなさそうだ……。

 「私に出会ってから、私だけは精霊も手を出せなくてね。マリーはそれがうれしくて、まるで母のように慕うようになったの。でも、マリーは誰かを好きになる事をやめられなかった。純粋な好きが、マリーを苦しめていったのよ」

 「……」

 「好きになる事を止められないけど、好きになってしまえば、氷漬けになる」

 「マリー」

 僕は、言葉がでなかった。

 「一度だけ、マリーの国の人達はそれを見て、マリーを殺しに来たけれど、精霊の力でもって、マリーはそれを撃退したの。たぶん、それもあって、彼らは、殺せないから、呪いを解除しようとしたのかもしれないわね」

 確かに。恩返しというよりは、呪いを何とかしたかったのかもしれない……。

 「出会う前の話だから分からないけど、出会った頃、マリーはその事を悔やんで、懺悔ばっかりしていたわ……」

 正当防衛を……国の戦争でやった結果……マリーはひとりぼっち。

 「かわいそうだよ……」

 「そうね……」

 これは、どっちが悪いとか、誰が悪いとか、そういうのじゃない。

 全部、その国を良くしようとした結果だから……。

 誰にも責任がないように思える……。

 「マリーはずっと一人なの?」

 「そうね……。でも、一つだけ、良かったのがね。マリーが氷漬けにした人達は、いまだに徐々に命を取られているだけなの。だから、マリーはだれも殺していないのよ……」

 「!」

 「そうして、マリーは、誰にも会わなくて良い場所へ逃げ込んだ。ここは、鉱山の影に隠れた盆地なの。マリーは家を用意して、私と生活することにしたの」

 「そこへ、僕がやってきたのか」

 「たまたま、異世界へ行く道がつながっていたのは奇跡よ!」

 「奇跡!?」

 「そう!そして、マリーはウェイダーを好きになってしまった。だからミサンガに守りの呪文を込めて貴方にプレゼントした」

 「え!?」

 「貴方の体温を。そうすれば、七日目、精霊に見つかることなく、貴方とお別れできる」

 「でも、それじゃぁ、マリーは?」

 「貴方に好かれたままで、お別れしたかったのよ」

 「そんな」

 「でも、その前に、封印は弱まってしまった」

 「!」

 「ミサンガの力は、思わぬ程の速さで力をなくした。傷を入れてしまったからね……」

 「!!」

 「偶然が、マリーとウェイダーを再び出会わせてくれたのね」

 ミサンガの光は、本当に弱くなってしまった。

 「本当はね、精霊が、手が伸びる範囲に入ってきた獲物を一撃で食べないなんてありえない事よ」

 プゥラスカーは微笑んだ。

 「ほんと、ウェイダーの事になると、強いのね」

 「?」

 「貴方を見つけた時点で、全部一瞬で氷漬けなの。でも、マリーの想いがそれを阻止したのよ」

 「マリー……ありがとう」

 「ウェイダー、マリーが死ぬ以外に、マリーが助かる方法がもう一つだけあるの」

 「はやくおしえて!」

 「私の魔法。両替」

 「どうして今までこれを使わなかったんだよ!」

 「ある人は、魔法を使う前に氷漬けになってしまった。ある人はミサンガをもって逃げ延びだ。ある人はマリーを殺そうとして返り討ちにあった」

 「……」

 「両替は、何かの力を何かに両替する力。マリーを思えば思うほど、その価値は高くなる。精霊が捕食の対象にするくらいに好きになれば、私の力でその思いを両替して、生贄の契約を破棄できる。もしくは、それと同等の何かがあればいい」

 「ごめん、難しすぎて、よくわかんないよ」

 僕は、そういう難しい事は、どうでもよかった。

 「いいからマリーを助けようよ!」

 「そんなに大切なら……あ!こないだの貴方、最悪だったわよ!大切な女の子の前で、彼女じゃないよって否定したよ!なんて言うのは最悪よ!」

 「ご、ごめんなさい」

 この土壇場で、単純に怒られてしまった。

 プゥラスカーはゆっくりと言葉を紡いだ。

 「ウェイダー。私は古い魔女。人が決めたる善し悪しに入らぬ魔女であり、両替の力を持つ魔女だ」

 「え!?」

 僕の聞いたことないような低い声……。

 それは、魔女の本体が現れたように感じた…………。

 あぁ、これが、魔女……古い魔女、両替のプゥラスカー。

 「我が身と契約すれば、この娘の精霊との呪縛を解き放てる。しかし、貴方が失う物は、大きく、その最たるものとして、最も大切な物を奪い取るぞ!」

 「!!!!!!!!」

 僕はその言葉に驚いて、ひるんでしまった。

 「!!」

 その刹那……僕は体が凍てついてゆくのがわかった………………。

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