第6話 夏の思い出
僕は、走って走って走って、もう、肺が痛くなってきて、おなかもいたくなってきて……でも、走らない事にはいられなかった。
夏の風が吹く、田園の道を、海のにおいがする浜辺の道を、僕は泣きながら、走った。
やってしまった。
友情のあかしを、僕が、僕の手で、切り落としてしまった。
「……」
全力疾走して、喉も体もあつくて、今にも、何かが出てきそうだった。
「太郎?お帰り。って、うお!」
納屋で網を手入れしているお父さんが驚いて転ぶ。
ボクの眼には涙が一杯でなんだか分からなかった。
「たろー!手をあらいなさい」
平屋の一番奥の台所から、お母さんが声を上げた。
「……」
「太郎!!」
「お、おかあさん」
「!そんなに顔を真っ赤にして……どうしたの?」
「ぼ、僕は、僕は取り返しのつかない事を、してしまったんだぁああぁぁぁぁぁ」
僕はそういって、お母さんに泣きながら抱き付いた。
お母さんにいろいろと聞かれたが、僕が何もいえず、ひたすらに涙を流すばっかりだったので、お母さんは困り果てた。
あとから、お父さんがやってきて……。
「お前、あとは俺が作るから、太郎をたのむよ」
「え、えぇ……」
*
お母さんと、リビングへ行ったあと、僕はようやく泣き止んだ。
「太郎?落ち着いたかい?」
「…………」
僕は、無言でうなずいた。
すると、絶妙なタイミングで……。
「こんばんはー」
野球の兄ちゃんの声が家に響いた。
「あぁ。いらっしゃい……それ、太郎の……太郎~お前の落とし物、野球の兄ちゃんがひろってくれたよ~」
「……」
あんまり会いたくないが……。
「太郎!入るぞ~……」
「……」
僕はだまった。
「おじさん、おじゃましていいですか?」
「いいよ。君はどうする?」
「……」
「あ、うん。ほら、これ、使って。母さんのポケットティッシュだから、きれいだよ。おっさんの脂汗とか、入ってないから」
鼻をかむ音がした。
「……太郎!」
「野球の兄ちゃん……」
「まったく。ほら、コレ、大切なもんだろ」
野球の兄ちゃんは、僕の絵日記と、ジャンボ水筒と、手荷物を鞄に入れて持ってきてくれた。そのあと、くしゃくしゃの顔になった茶髪の姉ちゃんが入ってきた。
「たろう~ごめんね~」
「茶髪の姉ちゃん」
「はい、これ、みさんが」
「!!!」
「おじさん、ちりがみ!」
「母さん、ティッシュ!」
「て、テレビの横だよ!」
「…………」
女子高生とは思えぬ恥じらいのなさで、大きな音をたてて鼻をかんで、僕にあやまりながら、一言言った。
「あんた、ほんと、友達ができてうれしかったんだね」
「え?」
「絵日記をみたら、マリーちゃんの事ばかり書いてあるものだからさ」
お父さんは、僕の絵日記を見た。
「8月1日、マリーとプゥラスカーにあった。プゥラスカーはマリーのお母さんのような人だっていってた。まほうってすごかった」
野球の兄ちゃんは、絵日記を1ページめくった。
「8月2日、マリーにそだてているアサガオをもっていったら、きれいだねってほめてもらった。やっぱり、ともだちにほめられると、うれしい……」
お母さんは、さらに1ページめくる……。
「8月3日、マリーはどうやら、ま女ではないらしい……。だからま女になるべんきょうを、しているようだ。マリーのまほうもすてきなのに……」
お父さんは、興味深そうに、次のページを読み上げる……。
「8月4日、マリーとひやしちゅうかをたべた。ぼくのしらべによると、女のひとは、ひやしちゅうか、がすきらしい。そのあと、マリーとクッキーをつくった」
お父さんは思わず……。
「お父さんも、冷やし中華好きなんだが……」
ボソっといった言葉をよそに、茶髪の姉ちゃんは、ページをめくると、感極まって泣きながら、絵日記を朗読する……。
「8月5日ま、まりぃと、はな火をやろうとおもって、ぷぅら、が……はなび、ひっぐ。よる、おそくなると、いけないっていうから、ゆうがたにはなびをした。あんた、あんたホント、ばかねぇ……。あかるくて、あんまりきれいじゃなかったけど、ともだちとやるはな火ははじめてで、ぼくの、このなつやすみの、いちばんの、おもいでになりそうだ」
茶髪の姉ちゃんは泣いていたので、ところどころ、抜けた読み方だった。
茶髪の姉ちゃんが読み終わると、お母さんが、絵日記をゆっくりと読む……。
「8月6日……ちゃぱつのねえちゃんからもらったビーズを、マリーにわたしたら、ミサンガをくれた。ひやかされたのはいやだが……それでマリーがよろこぶなら、どうでもよかった。マリーがくれたゆうじょうのあかしをてにいれた。きのうよりも、すばらしい、こと、がおきた日だ。きょうは、なつやすみ、いや、じんせいさいこうの日だ!」
「や、やめてよ!人の日記、皆で読むなよ!!」
「これ、毎年、小学校の10月の学芸会で、展示するんだぞ?」
「遅かれ早かれ、地域の皆様に読まれるのだぞ?太郎?」
「な、な、なんだよそれ~!!!!!!!!!!!!!!も、もんぶかがくしょーにうったえるべきだーーーーー!!!!!!!!!僕のプライベート丸わかりだよーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「あはは、アタシ、これで野球の兄ちゃんの事が好きだってばれちゃったんだよね~」
「姉ちゃんの黒歴史なの?」
「そうだね。それよりごめんね、太郎。アタシが全面的にわるかった」
姉ちゃんは、結構かわいいのに、彼氏の前で、こんなに顔をくしゃくしゃにして……。
なんだか僕は、野球の兄ちゃんが、茶髪の姉ちゃんを嫌いにならないか心配になってきた……。
「……うん。いいよ。それに、最後の引き金は僕がやった事だし……」
僕は落ちついて、マリーのミサンガをもう一度付け直した。
「太郎。大切な物を壊してしまったなら、真摯にお友達にむきあいなさい」
「!」
「時として、親や家族より、お友達が大切になるときや、お友達がどうしても困っている事があったら、迷わずお友達を助けてあげなさい。そうすれば、すぐには許してくれなくても、いつかきっと、許してくれるから。お母さんやお父さんでよければ、いくらでも犠牲にしていいから、そうなさい……」
「そうだぞ~太郎!万国共通、言葉は異なったとしても、おいしいと、ありがとうは、人の心のお約束!言葉が理解できなくても、わかる事なんだぞ!!!」
「僕、明日あやまってくるよ!」
僕は明日、色々あったこの事を、マリーに謝ろうと思った。
父さんはくしゃくしゃと、僕の頭をなでた。
「それじゃぁみんな、ごはんにしましょうか!」
「二人とも、食べていくかい?」
「あ、でも……」
「アタシは、ごちそうになってっこかなー」
「え!?おまえ……」
「な~に遠慮してんだい!どうせ残って明日のアタシとお父さんのお弁当行きなんだから!」
「そうそう。そうめんだけは、大量に子供たちがおくってよこすから、もうたべきれないんだ」
僕の両親は、里親歴が長いので、独立した腹違いの兄弟達が、夏になるといろんな食べ物を送ってきてくれていた……。
「さぁ、太郎、二人の分も食器をよういしておくれ!」
「うん!!」
僕たちは、仲直りして、みんなでそうめんと、山盛りのおかずを食べて、とても暖かい食事をいただくのだった。
僕は、友達もいいけど、やっぱり、家族っていいなって思った。
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