真夜中の訪問者
名城忠
真夜中
男の吐息が森を騒がせる。暗闇の中、男は彷徨っていた。一つの事を考え、ただ逃げる様に森の中を彷徨っていた。森は男を嘲笑うかのように光りを閉ざし、男の吐息以外は夜鳥の囁きしか聞こえない。
男は考える。どこか、どこか休めそうな場所はないのか。
だが、男の周りには、休めそうな場所はおろか、光さえもない。男はただ走り、彷徨う。
「……!」
男は何かを見つけた。――光だ。久々に感じる暖かさ。男は一心不乱にその光に向かう。辿り着いたのは一軒のボロ屋だった。男は扉を強引に開け、辺りを見回す。そこには一人の女が椅子に座っていた。
「……!」
「動くな!動くなよ……!」
「……動かないわよ、あなたこそそんなに怖い顔しないで」
男は女を睨み付け、扉を静かに閉める。女は「はぁ」とため息をつき「何かいる?」と男に尋ねる。男は扉の前にへたり込み「水」とだけ呟いた。女は椅子から立ち上がり、キッチンに向かった。
男は部屋の中を見回す。あるのはソファーのような椅子と、小さい机。そして机の上には小型のオーディオ機器と二冊の本、そしてベッドだけだった。
「ほら、お水よ」
「……」
「そんな不審な表情を見せないで、あなたに何があったかなんて、私にはどうでもいいことだから」
男は女から貰った水を思いっきり飲み込み、ため息をついた。
女は椅子に座り、オーディオ機器を触った。オーディオ機器からはラジオの音楽が流れ、静かな部屋を明るい雰囲気に包み込んだ。
「こんな森に迷い込むなんて、あなたも不運な人ね。今日はもう夜遅いし、明日森を抜ける道を教えるわ」
「……」
「だからそんな不審な表情を見せないでってば。いくら私がこんな場所にいるからって、別にあなたを殺すような事はしないわよ」
「……だといいがな」
「ふふ、あなたよっぽど恐れているわね」
その言い方に、男は少し動揺する。女はため息をついて、机に置いてあった本を手に取り、読んでいた箇所を探し、その箇所から読み始めた。
――もう何度ラジオの音楽が変わったか分からない。ラジオの音楽が2、3変わると、DJが明るい雰囲気で語っていた。それをもう何度も繰り返していた。
男はうつらうつらと眠りかけていた。だが扉の前から離れなかった。自分はいつでも逃げてやる、そう思うかの様に。
「――ところで」
女が口を開ける。眠りかけていた男は驚いたように女を見る。女は椅子に座ったまま男を見つめて
「あなたの横にある“それ”、何かしら?」
男は驚いて左右を確認する。すると、左側に折り畳みナイフのようなものが落ちていた。男は慌ててそれを手に取り、ポケットに仕舞う。
「……驚かしてすまない、キャンプの時に使っていたナイフだ」
「……ふぅん、まぁこの付近にはキャンプ場もあるし」
「そう、そうなんだ」
男は乾いた笑いを溢す、女もそれに釣られたかのようにクスクスと笑い、部屋に笑い声が響く。
「……噓」
女の表情が変わる、汚いモノを見るかのような黒い瞳で男を睨む。男は女の表情に恐怖心を抱く。
だが、男の恐怖心はすぐに“喜び”に変わった。男はゆっくりと立ち上がり、ドアに手をかけた。
「あなた、殺人犯でしょ?」
その言葉に、男の表情がまた変わる。
「ラジオでやっていたわ、この付近で殺人事件があったって。女の人を殺したそうね、……凶器は、その折り畳みナイフかしら?」
女は含みのある笑みで男を見つめていた。男は女を睨み、恐怖心が喜びに、そしてその喜びが怒りと不安に変わった。
女はクスクスと笑っている。そしてぽつりと、独り言の様に『最低な男ね』と呟いていた。
「……また、業を背負うのかしら?」
男はいつの間にか、女の首に折り畳みナイフを突きつけていた。女は表情一つ変えず、そう呟いた。
「……うるせぇ」
「最初っから分かっていたのよ?こんな夜遅くにこんな森の奥深くにあるボロ屋に入り込んでいきなり「動くな」なんて、“何か”に逃げているような者じゃないと出来ないことよ」
「うるせぇ」
「女の人も可哀そうよねぇ……こんな男に殺されるなんて」
「うるせぇっつってんだろ!そんなに殺されてぇのかお前!!?」
男の怒号が部屋に響く。男の手に持っていたナイフは女の首を傷つけていた。だが女はまだ表情を変えない。それどころか何処か嬉しそうな顔をしていた。
「俺はな、あの女が好きだったんだよ、可憐で、優しくて、俺に暖かかった……だが殺しちまった。ただラジオで聞いただけのお前に、俺とアイツの事なんかわかる訳ぁねぇだろ!!」
男は激情に任せ、ナイフを女に押し付けようと――
――――――――――――――――――――――――
……目を覚ますと、周りには警官たちがいた。周りは明るく、鳥の囁きが頭に響いた。
「増田だな?内田加奈の殺人容疑で逮捕する」
「ま、待ってくれ、ここは何処だ?」
「……はぁ?何言ってんだ?」
「俺は森の中のボロ屋に逃げ込んで、そこで女と出会って……」
「……ここはお前が被害者を殺したキャンプ場だが?お前を探す為に森周辺を捜索していたが、そんな屋敷なんかなかったと思うぞ?で、朝になってまた捜索をしようとしたら、お前が……」
男は夢を見ていたのか、それともあれは現実だったのか、
だが、男は微かに覚えている。あの女の姿は、男が殺した――
真夜中の訪問者 名城忠 @nashiro_tadashi
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