衣替え 後
「それで僕か。まあいいんじゃないか? 少なくともマシな格好にしてやろう」
「うす……」
ふふんと得意げになる
家がそもそも商店街の外にあるせいで、金治郎はあまり話したことがなかった――と自分では思っている。実のところは小学校も同じだった連中に比べれば少ないだけで、友人と呼んで差し支えのない仲ではあるはずだ。少なくとも、放課後の買い物にわざわざ付き合ってくれる程度には。
「とりあえず専門用語は避けてわかりやすく言うぞ。クソダサく聞こえるかもしれないがいいな」
「はい」
「よし」
がたごとと揺れる普通列車は驚くほど空いていた。帰宅部の二人が即座に駅まで走って行ったせいもあるだろう。または、片方の姿がやや近寄りがたい代物であったせいかもしれない。
「まず買うのはズボンだ。くるぶしまで隠れる丈ぐらいのがいい。黒か濃紺で、いっそ両方買ってもいい。面倒くさくても試着して裾上げなりなんなりしてもらう。下が濃い色でちゃんとしてれば上は変でもそこそこ見れるものになるからな」
「はい」
「靴はもう今履いてるスニーカーでもいい。なんかそこそこ手入れしてるっぽいし履き慣れてないやつよりマシ」
「はい」
口から流れ出る情報量の多さに相槌しか打てていない。
「次は上着だな。標準服に入ってるのと同じような白いシャツで十分だが、オマエこれサイズ合ってないだろ。これもちゃんと試着して買う」
青天高校に着なければいけない制服はない。大体の生徒が着ている制服に見えるものは校則上『標準服』で、これを着るか学業に支障のない任意の衣服を着るように、となっている。作務衣に下駄履きで登校する生徒もいる。同じ項にぽつんと追記された『警察からの補導により、水着または下着のみでの登校は禁止するものとする』という文言が得体の知れないものを感じさせていた。
「買った時はこんなんなると思ってなかったからなあ」
「だよな。僕だってもっと育つと思ってた。あとはもう柄のない適当なTシャツと、余裕があったらパーカーの一枚ぐらいか……これだけあればあのクソみたいな威圧感もどうにかなるだろ。制服だと靴と鞄しかまともなパーツないなオマエ」
商店街の外でナメられがちな弟のため――と、唄からすれば意図的なものだったが、それは今現在特に関係のないことだ。着る本人が外に着ていくのをためらう服を、どうしてデート(のようなもの)に着ていけるだろう。
「予算は?」
「実は高校入ってから毎月服飾費くれてんだけど、全然使ってねえんでまとめて持ってきた」
「もっと早く使えよ!」
「外に出なきゃ姉ちゃんので十分だったんだよ!」
封筒は中身が全て千円札だとしても相当に厚い。
ともあれ資金は潤沢だった。電車から吐き出されて、二人はトリイモール直通の改札を抜けていく。
「僕が言うのもなんだが相当マシになったと思うぞ」
「そんなもんか?」
試着室に詰め込まれ、全身着替えさせられた金治郎は頭を掻く。電車の中で聞いたものをそのまま着せられた形になるが、いかにもな髪型と角を除けばそこらに歩いていそうな一般人だ。大幅な進歩が見てとれる。
「やっぱシンプルなデザインだとネコのテはいいな。手が出やすいし奇をてらってないしサイズ展開が十分ある」
ネコのテ。主なターゲットは学生から新社会人あたりの若者向けブランドではあるが、価格帯としてはファストファッションほど安くない。『欲しいところに手が届く、いい服を大事に着る』がコンセプトだ。
着せられた金治郎としても、手足が自由に動かせる服はありがたかった。ぐるぐる腕を回してもつっかえない。
「買う枚数をどれだけにするかは任せる。オマエの金だし、オマエの服だもんな。色味も一番気に入ったやつにしとけばいいし」
「おう。あんがとな」
「別にいいよ。トラにまさかの春が来るとか、まあめでたいだろ。いつか祝い酒送るわ」
――最近妙にみんな親切だと思ったら。
狭苦しい試着室で頭を抱える。降って湧いた婚約話からまだ七十五日も経っていないせいか、同級生はお祝いムード一色であるようだった。
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