本家にて 後

 ――何か困ったことがあったら気軽に言ってほしい。

 部活の先輩か何かでも簡単に言えそうなことを伝えるまでに、グラスの中身はずいぶん減った。


「オレはこの通り、ため込んでらんねえ性分で、言いたいことはとっとと言っちまうし。ストレスとかほっとんどねえんすけど。薊さんはどうなのかなって思って。頭使って解決はできねえけど、聞くぐらいはできるんで……」


 どんどんと不安そうに眉が下がっていくのを見て薊は噴きだした。こころなしか、立派な体格や逆立った髪まで縮んでいくようにも見えたのだ。


「ごめんなさい、あんまり小さくなってしまうから、おかしくって……でも、あんまり気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」

「本当ですか」


 ぼそりと尋ねる声は低い。


「一回も家の話は出ねえし、最近は学校の話も出ねえし、天気と食べ物の話だけで。楽しいけど、本当に話してえのがそれだけなのかわかんねえんすよ。


 自分の、根元がずいぶん赤くなってきて染め直したい金髪をぐしゃぐしゃかき回した。

 妖怪の一部、特に鬼は爪や髪が伸びるのが早い。何が理由かはよくよく議論されているが、角の成長に爪や髪と近いものがあるせいではないか、というのが現在の一般的な見解だ。その他にも精神状態によって左右されることがある。


「本当に、よく見ていますね」

「前と全然違えじゃねえすか」

「同級生の子たちは、ほとんど気にしないんですよ」


 黒髪を耳にかけると短さが目立った。


「最初がああだったでしょう。だいたいはあんなところですけど、くどくど愚痴に付き合わせるのも迷惑じゃありませんか。どうせなら明るい話をしたかったんです。ただでさえ無理をさせてしまっているのに……」

「薊さんが無理してる方が困ります。だいたい、毒喰らえばなんちゃらって言うじゃねえすか。無茶させんなら体力バカの方すよ」


 眉間の皺が深い。薊も真似するように眉根を寄せた。


「……昔は、家の者に学校の話をすることもありました。あの子と遊んだら、ほかの子は入れてくれなかった、とか。けど、そうすると、突然同級生の子が転校してしまったりして」

「あっ……」


 裏から手を回したのだろう、ということぐらいは金治郎にも察することができる。


「本当に、誰にも言いませんか? 手を出してしまったりしませんか?」

「こんなナリでも喧嘩売ったねえんで……」

「押し売りはされやすそうですね」


 見た目こんなナリについては姉の影響が強いが、それは別の話だ。


「最近、転校してしまった子たちがいたんです。その子たちは良かれと思ってのことでしょうけど、私にとっては腹の立つことを言われて、学校なのに怒ってしまって……その直後に、転校を。もしかして先生方が聞いていて、家の者に言ってしまったのだとしたらどうしよう、って、ここしばらく考えていました」

「……考えすぎだといいすね」

「集会で先生がおっしゃったのは、夜間の無断外出で補導された、ということだけですから、関係ないといえばないのですけど。自意識過剰ですね」


 それなのに不安になってしまいました、と長く息を吐く。


「ああ、でも、少し楽になった気がします。取り繕わずに喋ってもいいって素敵ですね」

「……そんで、ちょっと相談なんすけど」

「はい?」

「たまに電話しませんか。文字で残んなきゃ、見返して凹むってのも少ねえと思うんすよ。明るい話を文字に残すようにして……」





「まあまあたいしたお構いもできませんで! 人払いはしておきましたが、内緒話でしたか? 次の逢引のお約束でも?」


 例の女中がしずしずと歩きながら立て板に水の喋りをするのを、金治郎ははあ、まあ、という雑な相打ちとともに聞いていた。どこかへ行ったふりをして盗み聞きをしている、ということはなかったらしい。言いつけはきちんと聞いてくれるようだ。


「えー……氷室さん? で合ってますか?」

「あらご存知でしたか、女中の氷室でございます。どうなさいました?」

「一つ気になったことがあるんすけど、いいすか」


 続く言葉を聞くなり、狐目の笑みはにんまりと深くなった。

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