大安、贈り物は誰に 後

 二枚の布のどちらかがいいと思うか、という質問と返答を繰り返すうちに、気に入ったものが絞られたらしい。最後の二枚に関してだけは質問が飛ばず、真剣なまなざしで絵柄や織りを見比べている。

 布の一枚にどのぐらいの値段がついているかは見ていない。というか、意図的に金治郎には見せなかったのだろう。色眼鏡で見ないとは限らない。


「……あの、ほんとにオレでよかったんすか?」

「はい。金治郎さん、ファッションに詳しくはないみたいですけど、センスはとってもいいです。特に色の」

「そうなんすかねえ……」


 目尻の跳ね上がった黒い瞳はスカーフから離れそうにない。穴の空きそうな様子だ。しばらくそのままだろうと踏んで周りを見回してみると、マダム向けの空間より対象年齢が低そうな、どちらかというとファンシーショップ寄りの店舗が目に入る。少し見てきますと小柄な背中に声をかけ、それでも自分には似合いそうもない物体の陳列された場所に乗り込んだ。




「本当に今日はありがとうございました」

「いや、こちらこそ」


 帰る前に地下の喫茶でお茶をしていくことになった。お話を邪魔するわけには、といって目付役の女中さんは外で待機している。気を使ってくれたらしい。

 店員の背中を横目に、逆に置かれた紅茶とクリームソーダをそっと入れ替える。薊はくすくす笑って、何も入れない紅茶に口をつけた。


「そういえば、金治郎さんは何を買われたんですか?」

「ぬいぐるみです。好きなんで、母が」


 金治郎の母親は、さっぱりした気性で意外に思われがちだがぬいぐるみが大好きだ。そもそも父親とのなれ初めも、店先に並ぶぬいぐるみを買おうか買うまいか逡巡していたところに出くわした、というものらしい。

 包装紙にくるまれているのは、ややデフォルメされた、二本の脚でちょこんと座る羊のぬいぐるみだ。しかしもこもこした毛はよくみると花の形をしていて、無数のカーネーションで作られているように見える。もちろんそういう形の加工がされているだけで、実際のフラワーアレンジメントとは別物だ。


 母の日用に、と伝えた時に店員のお姉さんが満面の笑みを浮かべたのが金治郎の脳裏にこびりついている。そんなに似合わなかっただろうか、と彼は思うが、実のところ母思いの不良(に見える少年)という典型的ななにかが彼女の心をキャッチしただけだった。



「そうですか。喜んでくださるといいですね」

「あと……その、良かったら」


 ぬいぐるみに比べるとずいぶん小さな包みがテーブルに乗る。静かに薊の方へ押し出されてきたのを見て、首を傾げる。


「私がお礼をするならまだしも、私、ものを頂くようなことはしていませんけど」

「い、いや! ええと、五日だったんすよね? 





 半透明の、薄い桃色をした液体が入った小瓶。色も形もやたらとかわいらしいそれをどんな気分で会計したのだろう、と思うと、薊はなんだか愉快な気分になった。戯れに塗って乾いたばかりの爪は、煽り文句通り桜貝のようなつややかさを得ている。

 その小瓶を大事に引き出しの奥へしまいこんで、明日も塗って行こうか、と悪巧みをした。もちろん、先生方には内緒だ。

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