大安、贈り物は誰に 前
色恋沙汰に縁のなかった少年は、貯めておいたバイト代――という名目だが、実際は小遣いのようなもの――をいくらか使って恋愛指南の本を数冊買った。顔なじみの本屋には散々からかわれたが、最終的にはまあがんばれと激励もされた。心中は複雑だ。
好きになってもらいたい、ということではない。
今まで本当に、そういう方面に関しては小学校低学年児童以下の興味しかなかったので、一般的な振る舞い方が全然わからないのだ。いっそ幼稚園児の方がお付き合いに関しては進んでいるかもしれない。 先日のお迎えの一件でも、とりあえず見るからに歩幅が違うので、意識してゆっくり歩くようにはしたが、それだって万人向けの気遣いだ。
頼まれたことはやり遂げねばならないという義務感と、妖怪の一部に見られる"一度決めたことを違えられない"性質が金治郎を悩ませていた。
――仲睦まじいってなんだろう。
本には積極的に手を繋いだり触ってみたりしろ、と書いてある。一方クラスメイトの女子はベタベタ触られると殴りたくなるからやめろ、と言う。キザな台詞を言ってみろ。寒いからやめとけ。プレゼントをどんどん贈れ。重いから記念日に絞れ。なるほどケースバイケースだ。まるで参考にできず、少年は布団の上に転がったまま頭を抱えた。
と、携帯端末が鳴る。機械が苦手な少年の代わりに父親が設定した、ロボットの発進BGMだ。メッセージが届いたらしい。
『日曜日はお暇ですか? 母の日が近いので、プレゼントを見に行きたいのです。ご一緒していただけるとうれしいです』
カレンダーを確認した。予定に書かれているのは父親が講師役の"つくってみよう! はじめてのプラモデル"だけだ。月に一二回行われていて、参加費は作りたいプラモデルを買うだけ。手先の器用な父親が一人でてきぱきとこなしてしまうし、金治郎の手がいるカードゲームの公式大会はない。画面に指を滑らせる。
『わかりました。いきます。どこでまちあわせればいいですか。』
金治郎は漢字変換がうまくできない。
逆立った金髪と、肩にかかる黒髪。待ち合わせ場所に着いた二人はどちらも制服姿だった。下手な私服よりは誘拐犯と思われにくいだろうという金治郎の思惑と、特別な理由がない限り外出は制服着用のこと、という女学院の校則がかち合った形になる。それがなんだかおかしかったのか、薊の後ろで笑いを押し殺している人影があった。視線に気付くと咳払いをして、一礼。
「
落ち着いた、飾り気のない紺色のワンピースを着ている。人好きのする狐目の笑顔。金治郎は既視感を覚えたが、気にしないことにした。
てっきり大型ショッピングモールにでも行くのかと思いきや、車に乗せられて連れてこられたのは百貨店だった。やや敷居の高さを感じて、せめてボタンを上まで留めてみようとするものの、息苦しさにあえなく断念する。購入時の想定より育ってしまったのがいけない。丈はともかく厚み的に少々厳しいものがあった。
「金治郎さんは、あまりこちらには?」
「出かけてもトリイモールぐらいすね」
「ああ、あの、大きな映画館があるところ」
やや郊外、青天高の最寄駅からは普通列車で三駅、急行なら一駅の場所にある大型ショッピングモールだ。薊の言うようにシネコンや県内最大級らしいフードコートが売りだという。客層としてはやはり学生が多い。
得心した、という風に手を打って、薊は商品選びに戻ってしまった。後ろで見ているばかりの金治郎は所在なげに立ち尽くす。
「寅尾様」
「あっはい」
「差し出口を挟むようですが、寅尾様も御母堂への贈り物を選ばれては?」
そうしますと頷いて顔を覆う金治郎。火でも出そうだ。買い物に付き合う、としか考えていなかったせいで、ぼさっと立っているだけの自分は非常に間抜けだっただろうなあ、というところまで思考が行きついた。
しかし宝飾品売り場で何を見ればいいのだろう。さすがにこんなところで買えるほどの持ち合わせは、と唸っていると、袖を引かれる。
「母が気に入りそうなものが見当たらなかったので、別のものにします。ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「いやそんな、大丈夫です大丈夫」
金治郎はエスカレーターのあたりでもらってきたフロアマップを開く。ミセスファッションとかラグジュアリーとかなにかよくわからない横文字は読み流して、意味の分かるところだけ抜き出した。
「じゃあこのへんの、ハンカチとかスカーフとかどうすかね。二階の」
結果として、その提案は正解だった。
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