仏滅、   

 あんなに素敵な八瀬さんのお婿さんになるのなら、物語の王子様みたいな人だと思ったんです。でも違いました。はじめて見たときは顔もまともに見られないぐらい恐ろしげで、八瀬さんに後からお写真を見せていただいたときも、悪鬼ってこういうものを言うんだわと思ったほどで……それに、わたしたちだって呼んだことのない、八瀬さんの名前を、あの人は。簡単に。

 だから、わたしたち、助言して差し上げたんです。

 なにもあんな人を選ぶことなんてありません、もっとお似合いの方がいますって。


 そうしたら、今まで見たこともないような冷たいお顔をされたんです。どうしてあなたたちが、私の選択にけちをつけるの。そうおっしゃいました。

 あの猫みたいな黒目がちの瞳も、さらさら流れる黒髪も、抜けるような肌も、薔薇色の爪も、どこも今までの八瀬さんとかわらないのに、優しい笑顔がなくなっただけで、あんなに……あんなに心臓が潰されるような気持ちになったのははじめてでした。


 八瀬さんはわたしたちを放って歩き去ってしまいました。そのときは移動教室の前でしたから。

 その場に残されたわたしたちは、それでもどうにか、八瀬さんを助けて差し上げたかったんです。悪い人にたぶらかされてしまった八瀬さんを。

 図書館にはおまじないの本もまだたくさん残っていましたから、そういう本を昼休みや放課後にみんなで一生懸命に探して、それで。





「――それで藁人形こさえたって? マジで中学生の発想かよ」

「中学生だからそうやって短絡的な行為に走ったんじゃないですか」


 女子中学生の聴取を担当した婦警はやれやれとばかりに煙草をふかした。メンソールの香りが部屋に漂う。

 藁人形による呪詛は立派な犯罪だ。純粋な人間相手でも危ないものを、妖怪相手に使えばまず間違いなく死ぬ。器物が変じた類であれば効きにくいとも言われてはいるが、蜂に二回刺されたときでも死ににくい、程度のことだ。かつての妖怪は呪詛を扱いもしたが、呪詛に殺されもした。

 中学生。未成年である以上逮捕はされないが、深夜徘徊による補導を合わせてツーアウトだ。


「そんでこの、トラオキンジローってのは誰」

「正しくはかねおさめるに郎でコンジロウです。八瀬さんの婚約者だそうですが」

「間違ってんのかよ」


 藁人形に貼り付けられた和紙にはカタカナで名前が記されていた。トラオキンジロー。誤字だ。


「名前の漢字だけ見て読みを聞いていなかったのではないかと」

「あっぶねえなオイ。補導してなきゃ呪詛返し喰らってたんじゃねえか。気をつけろよ」


 呪いが失敗すれば行った側に返る。それも二倍三倍となって襲いかかってくるともいう。各都道府県の呪詛対策課ノロタイが受け持つ案件のうち、不審死の一割は呪詛返しによるものだ。

 スキンヘッドの男性刑事は押収した証拠品だというのに宙へ放り投げた。キャッチ。投げては受け取り、というのを数回繰り返していたが、最後の一回で手元が狂った。そのまま落ちそうになるのを横から婦警が掴む。


「センパイ」

「悪かったよ、もうやんない。しまっといて」

「……。それより、どうします。八瀬薊にも話を聞きますか」


 刑事は生徒名簿をめくる。八瀬薊。写真では伏し目がちの、線の細い印象を受ける少女。


「この子、そんな美辞麗句並べるような美少女かね」

「さあ。写真写りの問題かもしれませんけど」


 そうじゃなかったら。

 婦警が不自然に言葉を切るので、刑事は続きを促す。


「女子しかいないそうですからね。あばたもえくぼとまでは言いませんが、本気で恋でもしていたらどこまでも美化されますよ」

「……キミ女子高だっけ?」

「答える義務はありません」


 しばしの沈黙。


「とりあえずさ、本人に伝えればショックだろ。婚約者が呪われかけたってのもショックだろ。学校の方にだけ話通して、直接引っ張るのはやめとこう」

「わかりました」





 後日、数人の級友が教室から姿を消す。

 薊はそれに気がついたが、口を噤んでおくことにした。

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