箱庭の小鳥どもよ

 ブラウンのワンピースにアイボリーのボックスカラー。古風な女学生を意識しすぎたきらいのある制服をきっちりと着こなして、八瀬やせあざみは迎えの車を待っていた。水曜日はお茶の先生が来る日で、万が一にでも遅れるわけにはいかない。いつもなら寄り道させないよう、正門の前に真っ黒で無駄に長い車が停まっているところだが、今日に限っては影も形も見当たらない。細く息をつく。

 その姿に気付いてしまった級友がまるで小鳥のように群がってくるので、彼女の内心には嵐が吹き荒れようとしていた。


「お迎え、いらっしゃらないの?」

「そうみたい。そろそろ歩いて帰ってしまおうと思っていたところ」

「まあ!」


 そんなのいけません、八瀬さんを歩かせるなんて、ならわたしが送っていきます、いいえわたしが、とかしましい。同じ制服を着た少女たちはみな揃いも揃って見目麗しく、細い指の先や白い首筋や溌剌とした瞳に人でないものの特徴を残していた。血が薄まった妖怪特有のものだ。

 妖狐であれば尾を減らし、河童であれば皿を消し、天狗であれば翼を縮め、鬼であれば角を失くし。人の世で代を経るごとに、妖怪の血と力は薄まるばかり。綻びてから揚々とやってきたものたちはみな、同じ悩みに頭を痛めた。なんとか解決できはしないかと駆けずり回るものも多くいたが、なしのつぶて。特に人から変ずるものが減った鬼は顕著で、著名な鬼の子孫らは血眼になって鬼の先祖返りを探しているという――当然、八瀬の家もそうだ。


 薊本人の意思を確認しないままの議論がぐるぐると回るのにいい加減うんざりしてきた頃、急に春のあたたかな日差しが遮られた。いつの間にかうつむいてしまっていた顔を上げる。


「薊さん」


 顔を覗き込むようにして立つ金髪の鬼がいた。

 突然の闖入者に小鳥が散って物陰に隠れる気配を感じながら、黒髪の鬼は一歩前に出る。


「金治郎さん。どうしてここに?」

「家の方で急に用件ができて、迎えを出せなくなったので、もしも道がわかるのなら是非に、と連絡が来まして」


 以前聞いた声よりいくらか低い。ボタンの留まっていない首元にはじんわり汗がにじんでいる。きちんとした丁寧語を意識しすぎて緊張しているようだが、そんなことがわかるのは薊ぐらいのものだった。他の少女に見てとれるのは、男子禁制の女学院に現れた、髪なんて稲妻でも落としたような、どう見ても不良の男性、という事実しかない。おあつらえ向きに逆光で顔に影まで落ちている。


「バンカラさん?」

「バンカラさんかしら」


 ひそひそと尋ねあう声が聞こえる。妖怪が幅を利かせていて、綺麗なものはいくらでも手に入った古き良き時代。それを無理矢理再現した箱庭がこの志明寺しみょうじ女学院だ。ここに押し込められる少女たちは、知識でさえも偏ったものを詰め込まれる。


「道は覚えてきました。行きましょう」

「そうですね、あんまり遅くなって金治郎さんが叱られてしまったら困ります」


 薊はしばらく迷って、自分の腕が二本は通りそうな学ランの手首あたりをつまんだ。歩幅からすれば置いて行かれかねないと思ってのことだったが、意外にも歩調そのものはゆっくりとしたもので、薊の方がさっさと走り出したくなるようなものだった。





 二人はしばらく通学路を歩き、同じ制服の生徒がいなくなったのを見計らって声を落とした。


「なんでオレ呼ばれたんすかねえ」

「顔見せですね、きっと。学校で噂になれば逃げられませんから。外堀がどんどん埋まりますよ」

「むごい……」


 仕方ありませんよと相槌を打って頭一つ分の差を見上げる。三白眼でも凶相と呼ぶのはためらわれる、部品だけなら厳めしくなりそうなのに、組み合わさった途端どうにも人のよさそうな雰囲気を漂わせる顔。目元は母親似のように薊には見えた。

 二人の目が合った。

 薊はなんのてらいもなく微笑んでみせたのに、金治郎はというと慌てて目をそらしてしまう。そう、この少年は見た目より小心者だ。断ってほしいと頭を下げた時も、内心は腹を切るぐらいの気持ちで臨んでいた。


「どうかしましたか」

「……制服の方が似合ってんじゃねえかなあと思って」


 忍び笑いが相槌の代わりだった。


「デザインとかよくわかんねえすけど、かわいい制服すね」

「あら、制服だけですか?」


 意地の悪い質問を投げかけられると、逆立った金髪をわしゃわしゃ掻いた。困っているのだろう。


「そういうときは、きみのほうがかわいいよとでも言っておいてくださいな。自然に口から出るようになれば気負わなくなります」

「がんばります……」


 結局、三十分もしないうちに狐目の女中に迎えられるまで、薊が息を切らすことはなかった。そのかわり、着替えの手伝いをしながら婚約者殿について根掘り葉掘り尋ねてくる女中に辟易して、気の使い方を足して二で割ってくれればな、と思うのだった。

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