殺し屋とダイナーで

ともども

殺し屋とダイナーで


殺し屋とダイナーで


「押しなべて……そういうわけではないですけど」


「じゃあ、どうだって言うんだよ。俺だから教えられないってか」


男は口にものを一杯に詰め込み、そうぶっきらぼうに言った。

カチャカチャと騒々しく、皿とフォークをぶつけた末、運ばれたナポリタンが口の端からこぼれる。

男のタートルネックにこぼれたピーマンやらミートソースが染みを作る。


――なんて汚い食べ方なんだろう。


私は別に潔癖症なわけじゃないし、たいていのことにも融通が利く。

ただ、ご飯を汚く食べる人だけは例外だ。見ていると怖気のようなものが背中に湧き上がってきて、眉間がムズムズする。


そんな私の気も知らずか男はナポリタンが口に残った状態で続ける。


「俺が言ってんのは何も難しいことじゃない。お嬢ちゃんのマナーの問題なわけよ。わかる、マナー」


「はぁ、マナーですか……」


「そうそう物事にはそういうマナー、暗黙の了解なんてものはたくさんあるんだ。それこそ星の数ほど」


こんなマナーの、まの字もないような男からよくこんな言葉が出てくるな、と私は感心する。呆れもした、大いに。


男はそのまま続ける。


「だから、今から俺とお嬢ちゃんは一緒にお仕事することになりました。

そうなったら、はい、これからこうこう、こうして、こうなって、無事終わり。

それじゃあ、さようならってそんな模範解答みたいに事は進んじゃくれないんだよ」


「だから、私の連絡先が欲しい、と……」


「そう!! そうだよ、君の連絡先! それが欲しいんだ」


「えっと、それなら連絡用のメールアドレスを交換しましたよね」


次の瞬間、男がはじけた様に飛び上がった。私は驚いて座ったままでも一歩どころか、かなりの距離を引く。


「ちっがーう!!! 違うちがうTIGAU!!」


余りに大げさなリアクションにテーブル上のグラスから水が少しこぼれた。

周りの客も少し目を見張る。しかし、それらはダイナーの喧騒にすぐかき消された。


「ちがう! あんなその場限りのやつじゃない。正真正銘、君自身が使ってるアドレスだ。俺はそれが欲しいんだよ!」


男は叫んだ反動からか大きく息を吐き、手じかにあったレモン水の入ったグラスを干す。

息を整えたのを見計らって、私は切り出す


「なんで私がそれをあなたに教えないとならないんです?

それにそんなもの手に入れたところでどうするんですか? 意味ないでしょう?」


男はグラスを手で弄んだまま、指で私をさす。ちなみに私は人を指でさす人間も嫌いだ。


「意味があるかどうかは俺が決めることだ。君が決めることじゃない」


教える連絡先は私のなんですが……


それにしたり顔で決めたつもりだろうが、口の周りはミートソースだらけ。全くしまらない。


「ってかお嬢ちゃん、俺、連絡用のやつでメール送ったよね」


「ええ、来ましたけど。仕事とは関係ないようでしたので全て削除させてもらいました」


「けしたの? 読みもせずに」


「はい。一応、目は通しましたが、どれも私事でしたので」


目を覆う仕草をする男。いちいち、リアクションの大きな奴だ。


「いやOK、OK。いいよ、あんな借り物で言葉を交わしたところで意味なんてないからな」


「そもそも、なんで私の私用のアドレスを欲しがるんですか?

まさか、消したメールみたいに益体のない話をしたいとか言わないですよね」


男は顔をずいっと寄せる。誰かに聞かれてはまずいかのように。


「益体のない……どうしてそう思うんだ。俺たちの仕事は殺し、まぁお嬢ちゃんはただの情報屋。

だが加担しているという意味では共犯だ。表裏一体、一期一会。そこにつながりを求めちゃいけないなんて誰が決めた」


黙する私を一瞥、男は顔を離し「誰もきめてない」


そう断言する。


「それを加味するとお嬢ちゃんはいささか若すぎる気がする」


「それは関係ない」


「むきになったな。心理戦は情報屋の基本だぞ」


図星をあてられ、返せない私に男はあごに手を当て吟味するかのように見た。


「まぁ、いろいろあるもんさ。とりわけこの仕事には……

お嬢ちゃんにも、その年でこんなことしてんのには何か理由があるんだろ


ってか君、何歳? どこ住み? ラインやってる? 好きな食べ物は」


その質問がしたかっただけだろ、と私が突っ込みかけたとき、不意に私の肩に手が置かれた。


見上げると、そびえたつような大柄な男が。



「おい、阿世知ってのはてめぇのことか……」



瞬間、私の世界が反転していた。


次に気が付くと、私の目の前にはミートソースの染みが見えた。

そして、よれよれのタートルネック、襟元から覗く紅茶に浸した擦れた包帯のような皮膚。多分、古傷のあと。


私はあのマナーの悪い男に抱きかかえられ、テーブルから数メール離れた場所にいたのだ。


振り向けば、さっきまでいたテーブルは木端微塵になっている。


「お嬢ちゃんの名前、阿世知っていうのか。知的な感じで俺好みだ」


男は私を地面に下すと名乗った。


「俺は〈斑猫〉。まぁ、通り名だけどな」


「私もよ、阿世知は通り名」


「それは嘘だな」


私はこんな状況なのにやけに落ち着いていた。

多分、私はハメられたんだと思う。情報屋としてまだまだ情弱だ。


それにこんな頭の悪そうな奴一人でさえだますことができない。


だけど、不思議だった。この〈斑猫〉という男があの屈強な男に負けるビジョンが見えない。


「貸し一つだ、お嬢ちゃん。こいつをぶっ倒したらメアドを教えてもらう」

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