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 盗賊たちのアジトから城に戻った後、僕はボロボロになった宝物庫を整理した。城が焼けた際に部屋の一部にも火が回ってしまったらしく、魔王が所持しているAVの棚が焼けてしまった。二度とそのAVを再生することはできないだろう。

 日本に再び出向こうにも「異世界ゲート」は完全に王国の領土に収められてしまった。僕が行こうとすれば確実に戦闘が起こる。このときの僕はそんなリスクを背負ってまで日本に行きたいとは思えなくなっていた。


 僕にはこの世界が似合っている。

 あの世界は魔眼種の僕にとって眩し過ぎた。自分がどんな種族であるのかも忘れ、人の中で平穏に過ごせる。ただ、戦いに慣れた僕にとって、それがいけないことのような気がした。


 倉庫での整理作業を終え、僕は玉座へと戻ろうと扉を開ける。


 そのとき――


 パサッ!


 背後で紙切れが床に落ちる音がした。僕はそれを拾い上げる。


「これは……イベントのときの写真か」


 AV購入者イベントのときに撮った記念写真。宝物庫の中で燃えずに残っていたらしい。写真の中で桃宮花子を中心に冴えない男たちが取り囲むように並ぶ。

 その中に僕も写っていた。フラッシュで目を瞑り、綺麗な表情にはなってないが。


「ああ、そういえばこんなこともあったな……」


 桃宮花子。

 彼女は最後に僕と握手をしてくれた。優しくて温かな手だったと思う。

 それが今の僕にとって、最初で最後の人間とのふれあいだった。


「あれ……?」


 不意に涙が零れる。写真の上に大粒の水滴が落ちた。

 ここで僕は自分の本当の気持ちを理解する。


 僕はあの場所が好きだったのだ。自分を人間として対等に扱ってくれるあの場所が。

 居心地がよくてたまらなかった。

 もう一度、誰かの手を握りたい。自分のことを嫌わずに接してくれる誰かに。


「クソっ……どうしてだよ!」


 この涙は悲しみから来ているものだ。

 僕が求めているものは、今の自分から離れ過ぎている場所にある。それに絶望した涙だ。

 僕はずっとこのままなのだろうか。いつまでも孤独な戦いに身を置いて暮らさなければならないのだろうか。

 誰かが僕を人間と同じように扱ってくれるだけでいい。それだけで僕は十分なのに。


 僕はその場の床にうずくまり、一晩中泣いていた。









     * * *


 翌日、僕は「異世界ゲート」へ向かった。

 こんな世界はうんざりだ。

 王国の兵士共がゲートを警備しているだろうが、そんなことどうでもいい。何百人の命を犠牲にしてでもあの世界に戻ってやる。人間らしく生きられるあの世界に。


「あそこに敵がいるぞ!」

「魔眼種だ! 魔王軍の残党に違いない!」


 ゲートを囲むように建設されたやぐらの上。そこにいる警備兵に発見され、僕の周辺に長弓ロングボウ弩弓ボウガンを持った増援が集まってくる。魔術を警戒しているのか、彼らは一定の距離を保って僕へ近寄ろうとしない。遠距離射撃で仕留めるつもりなのだろう。


「クソっ!」


 僕は魔術を発動させるも、その範囲内に彼らはいない。いたずらに魔力を使わせ、僕は体力を消耗していく。

 敵から放たれる何本もの矢が僕へ刺さり、体に激痛が走る。


「やった、倒れたぞ!」


 大して反撃もできないまま僕は倒れた。痛みと失血で意識が朦朧とする中、王国兵たちが勝利を確信した笑みを浮かべながら走り寄ってくる様子がぼんやりと見える。


 ここで僕は死ぬのだろうか。あの世界に戻れないまま。

 いや、それでいいかもしれない。こんな孤独を抱えたまま生きるのはもうたくさんだ。ただただ心が削られていくだけ。それならさっさと命を捨ててしまった方がマシに思える。僕の死体は煮るなり焼くなり好きにすればいい。


 そして、意識が途切れる直前――


「待ってください! この方は私の――」


 そんな声が聞こえた気がする。

 どこかで聞いた声だったが、それが誰の声なのか今の僕には分からなくなっていた。
























     * * *


 カーテンのパタパタとなびく音。

 心地いい風が僕の頬を撫でる。風に乗って花の匂いが届く。


 目が覚めたとき、僕はベッドの上に横たわっていた。

 白く清潔に保たれたシーツ。

 体のあちこちに撒かれた包帯。

 誰かが僕の治療と世話をしていたらしい。


 ここはどこだろうか。

 あれから僕はどうなったのだろうか。


 豪華な装飾が施された壁や天井。

 窓の向こうには青空が広がっている。

 風に乗ってくる花の香りは貴族の庭園などでよく栽培される樹木のものだ。ここからでは見えないが、窓のすぐ下には庭園があるのだろう。


「やっと目を覚ましましたね」


 部屋の扉が開き、金髪の少女が入ってくる。ベッド横の椅子に腰かけ、僕の瞳をじっと覗き込んだ。その真っ直ぐな眼差しに、僕は思わず目を逸らす。


「これはお前がやったのか?」


 僕は治療を施された腕を彼女に見せる。


「ええ」

「どうして怪我の手当てなんか……」

「私もあなたに助けられたことがありますから」


 彼女は微笑んだ。

 風で金髪がさらさらとなびく。


「あの日、私を助けてくれたのはあなたですよね?」

「誰だ。助けた覚えはない」

「盗賊団のアジトで財宝を奪っていたじゃないですか」


 ああ、あのときか。そういえばそんなこともあった気がする。

 当時と雰囲気が違うが、彼女はアジトの檻に全裸で囚われていた女だ。僕が外に逃がしてやった覚えがある。今現在彼女の纏う高貴なドレスが昔の彼女を見違えさせた。


 僕が王国兵に倒れたとき、彼女が駆け寄って介抱してくれたらしい。「この方は私の恩人です」と兵に向かって叫び、彼らを制止させた。


「それで僕を助けたのか。随分と律儀なことだな」

「アレのおかげで私は無事に近くの村に逃げ込むことができました。その恩を返させてください」

「軍に融通が利くことと、この部屋の装飾とお前の服装からして、お前は貴族の娘か?」

「そうですが?」


 盗賊のアジトにいた時点では、まさか彼女が貴族だとは誰も想像できない。

 彼女は外出中に盗賊から襲撃され、身代金目的で誘拐されていたようだ。


「で、お前は僕をこれからどうするつもりだ? 処刑台で晒し首にでもするつもりか?」

「そんなことをする予定なら、あなたを助けたりしません」


 彼女は僕の手に、そっと自分の手を重ねた。桃宮花子と握手したあの感覚を思い出す。

 温かくて優しい。心が落ち着く。

 僕はずっとこの感触を求めていた気がする。

 ほしくても手に入らなかったもの。

 憧れだったそれが今、ここにある。


 そして、彼女は僕へ言った。


「私のボディーガードとして雇われてはくれませんか?」





















     * * *


 あれから数年のときが経った。

 僕はふと思ったことを彼女に質問してみる。


「あのとき、どうして僕を雇おうと思った?」

「私があなたと盗賊団のアジトで出会ったとき、あなたは『殺すのが楽しいからここを襲った』と仰ってましたよね。そのときの顔が全然楽しそうではなくて、私は思ったんです。『本当はそんなことを微塵も思ってないのかもしれない。自分を騙すための建前じゃないか』って」


 当時自覚はしてなかったが、表情に孤独の辛さが出ていたようだ。

 それを見抜いただけで護衛にしようと思うなんて、彼女の器の大きさを実感する。


「じゃあ、私からも質問していいですか?」

「何?」

「どうしてアジトで私を助けたんですか?」

「君の姿が昔世話になった人に似ていたからだよ。僕に人の温かさを教えてくれた大切な人にね」

「私、全裸で淫らな格好をしてましたよね? その姿が似ていたってことですか?」

「もしかして、怒ってる?」

「いいえ。怒ってません。だって、その人のおかげで私たちは結ばれたんですから」


 彼女はそう言って、僕をベッドの上で抱き締めた。

 寝室のカーテンから漏れる月光が、彼女の肌を青白く照らしている。モザイクのかかっていない彼女。これまで見てきたどの女性よりも綺麗だ。


 僕も彼女を優しく腕で包み込む。


 そんな瞬間がすごく幸せだった。




【おしまい】

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日本へAVを探しに日帰り&ファンタジー ゴッドさん @shiratamaisgod

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