AV女優引退・コンプリートBOX発売!
日本というのは平和な国だと思う。
自分の世界と比べて、盗賊やモンスターに出会う確率がかなり低い。日本で道端を歩いているとタンクトップやミニスカートといった露出度の高い服装をした人間と遭遇することがあるが、あんな格好を自分の世界でしていたら確実に盗賊の餌食になる。そういう服装にも治安のよさが反映されているのだ。
それに食べ物も独特だ。
AV購入の任務中に空腹でその辺の甘味亭にある立ち寄ったのだが、そこで食べたパフェなるデザートが非常に美味しかったのを思い出す。
食事中に敵襲を警戒しなくていいというのもよかった。僕のような魔眼種が入れる店など、自分の世界にはあまり存在しない。店で料理を口に運んでいると憲兵が襲撃してくる。だからといって草原や森林で食事をするとモンスターが襲撃してくる。ゆったりと食事することは諦めていたが、日本ではそれができた。叶わないと思っていたことができるとなかなか嬉しい。
こんな感じで、僕は日本という文化を楽しんでいた。
生きてきて戦場しか知らなかった僕が、こんなにも楽しめる場所があったとは。
治安がよく、僕が魔眼種という理由で排除されない。
警戒心を多少緩くしても命を奪われるようなことまでは起こらない。
それが、あの油断に繋がってしまったのだと思う。
* * *
「城が……!」
ある日、AV購入任務から戻ると、魔王城が燃えていた。外壁のあちこちが崩れ、中から煙を出している。
どうやらこれは『勇者』の襲撃らしい。王国内で育てられた剣の達人で、これまでも戦場で何度か衝突があった。
彼が魔王の部下を倒したらしく、絶命して倒れている仲間には深い切り傷が確認できる。どの傷口も鋭利な刃物を使ったかのように綺麗に裂かれていた。こんな芸当をできるのは勇者しかいない。
「ま、魔王様は……?」
魔王は死んでいた。
玉座の間の中央に仰向けで横たわり、見開いた目がどこか遠くを見つめている。部屋のあちこちに血痕や魔術を使用した痕跡があった。おそらく、激しい戦闘が行われたのだろう。その末に魔王は負けてしまったのだ。
勇者は近くにはいない。僕が帰還したときには、すでに全てが終わっていた。
「どうしてこんなことに……!」
どうも勇者が襲撃したタイミングができ過ぎてる。
彼らは僕が異世界に出向いたところを狙って魔王城に奇襲した。幹部内で地位を昇っていた僕は王国側から脅威として認識されていたはず。なるべく戦闘を避けるようにして侵攻計画が練られていたのかもしれない。
一応、僕もそれを防ぐための対策はしていた。
なるべく幹部や兵の位置情報を王国側に察知されぬよう、異世界に行くときは偽装工作を施す。変装して敵に自分の所在を掴ませないよう努力してきた。
だが今回、それが看破されていたようだ。変装がバレたのか、軍内部で情報漏えいがあったのかは不明だが。
「ああっ、クソっ!」
僕は瓦礫だらけの廊下をフラフラと歩いた。
これから僕には行く当てもない。魔眼種を匿ってくれる魔王という後ろ盾が消えた。
そのとき――
「おい、あそこに魔眼種がいるぞ!」
廊下の先で声がする。
そこには冒険者のような服装をした人間たちが立っていた。各々が戦斧や短剣を持っており、土で汚れた顔がこちらを睨む。ここら辺に潜むと噂になっていた盗賊のようだ。
彼らがいた場所は城の宝物庫前。十中八九、火事場泥棒というヤツだろう。
「おいおい、こいつは魔王軍の幹部だぜ」
「俺たちの手柄を上げるチャンスだ、やっちまえ!」
武器を振り上げて走ってくる人間共。
うるさい。
「ぎゃああああっ!」
僕は彼らを一人残らず魔術で焼き払った。黒焦げになってバタバタと倒れていく。
肉と鉄の焼ける臭いが周囲に充満した。何度も嗅いだことのある馴染みあるものだ。
そうだ。
ここが僕の居場所なのだ。敵を殺せば殺すだけ英雄になれるこの場所が。
命を奪った感覚が僕の意識を覚醒させる。無慈悲に人間を殺す魔術師として、かつての僕が蘇った。
日本という国に安らぎを求めるのは終わりだ。所詮、人間は敵。僕らのことを虫ケラ程度にしか思っていない。
僕は黒焦げになった男たちの頭部を踏み潰した。その衝撃で男のアイテムパックが壊れ、中から盗んだ宝物が飛び出す。床にぶちまけられた金塊や宝石に混じって、その中にAVが入っているのに気付く。しかし黒焦げになっていて、どんなパッケージだったのかは分からなくなっていた。
* * *
それから僕は城にやって来る盗賊共を殺しまくった。中には用心棒を雇って侵入してくることもあったが、盗賊が彼らに払える金額など高が知れている。大して訓練も積んでない格安の傭兵だ。魔術で殺すのに手間などかからなかった。
もう今の僕には頼れる上司も部下もいない。みんな勇者に殺された。
玉座に腰かけ、侵入者を殺すだけの退屈で孤独な日々を過ごす。
城に入ってきた何人もの人間を殺したが、王国から再び勇者が派遣される気配はない。彼らにとっても目障りな存在である盗賊を殺すための罠として僕を放置しているのだろう。こちらとまともに戦う姿勢は感じられない。
もっとも、今の僕には人材がない。これでは王国への組織的な侵略が不可能だ。王国の判断は妥当だと思う。
* * *
あるとき、僕は刺激を求めて外に出ることにした。城に来た盗賊を拷問し、アジトの位置を吐かせる。渓谷周辺にひっそりと構築されている集落が隠れ家らしい。僕はそこに出向き、盗賊を皆殺しにしてやった。予想される逃げ道を全て塞ぎ、武器を出して迫ってくる連中を魔術で焼き払う。
「ぎゃああっ!」
「熱い! 熱いいいっ!」
敵の掃除が一通り済んだ僕は、彼らの本丸である小屋に進入した。そこにあった宝物庫の財宝をアイテムパックに詰め込む。これを城に持ち帰り、冒険者や盗賊を誘き出すための餌にするつもりだ。
そのとき――
「あなたは、誰ですか?」
女の声がした。
視線をそこへ向けると、部屋の隅に置いてある獣用の檻に若い女が閉じ込められているのが確認できた。盗賊がどこかから連れ去った娘だろうか。身ぐるみが剥がされ、一糸纏わぬ姿で震えている。檻の傍に彼女のものらしき白いドレスが捨ててあった。ボロボロに裂かれており、もう着用できそうにないが。
「私を助けに来た……というわけではなさそうですね」
「……」
僕は彼女を無視し、財宝をアイテムパックに詰める作業を再開する。
「あの、あなたの目当ては財宝なんですか?」
「……」
「お金がほしいなら、私をここから出してくれませんか? お礼は後でいくらでも払います。だから……」
「うるさい!」
どいつもこいつも金のことばかり。
人間という生物に嫌気が差した。盗賊にも、この女にも。
「僕は金がほしくてこんなことをしているわけじゃない!」
「えっ?」
「ここを襲ったのは僕に刃向かって来る連中を殺すのが楽しいからだ! 魔術を食らってギャーギャー叫びながら死んでいくヤツらを見るのがなぁ! こいつらの財宝は別の盗賊を釣る餌として使うだけだ! お前を助ける義理なんてないんだよ、人間風情が!」
「そんな……」
彼女の表情が絶望に歪む。
所詮、こいつも人間。僕のことを虫ケラのように思っているだろう。
僕は彼女を殺すために檻へと近づいた。
しかし――
不意にある記憶が蘇る。
バキッ!
「え?」
「……そこの鍵は壊した。逃げたかったら、さっさと僕の前から失せろ」
僕は檻の錠前を魔術で破壊した。女は全裸で小屋から逃げていく。
「どうして……僕は」
檻で淫らな格好をしていた彼女。
それがAVの中にいた女優、桃宮花子と重なってしまったのだ。僕が日本で過ごしていたときの記憶がフラッシュバックする。
あの国にいたときは人間への殺意なんて忘れていたと思う。
それがすごく楽だった。心が圧迫されず、何の脅威にも怯えることがない。
どうしてこの世界は、僕の理想のようにならないのだろう。
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