触手シリーズ購入者イベント開催決定!
ある日、僕は任務のためにいつものDVDショップへ訪れた。
「何か、いつもと様子が違うな……」
どうも店内が騒がしい。冴えない顔をした成人男性が集まり、列を成している。
これは何の行列だ?
興味はあったが、僕の目的は新作触手AVを入手することなのでスルーしようとした。そのとき、「STAFF」という文字がプリントされた服を着用した男が僕に寄ってくる。
「こんにちは、あなたもイベント参加者ですか?」
「イベント?」
「購入者向けの特別イベントです。このチケットをお持ちではありませんか?」
男が見せたのは、小さなピンク色の紙切れ。
「ああ、それなら持ってます」
僕はそれと同じ紙を彼に提示する。くしゃくしゃになっているが大丈夫だろうか。
何度かAVを開封するとき、DVDと一緒に小さな紙切れが封入されているのに気付いた。そこには「イベント参加券」と表記されている。これを何かに引き換えできるらしいのだが、用途が不明だったのでアイテムパックにぶち込んでおいたのだ。
どうやら、今がそれを使用できるタイミングらしい。
「もうすぐ開場するので、こちらの列に並んでお待ちください」
イベントの内容は何だかよく分からないが、彼は僕のことをイベント参加者として勝手に認識する。奥の会場へ続く列の最後尾へ案内された。
正直、あまり参加する気はなかったが、使えるチケットは使っておいた方が得だろう。
こんな感じで、僕はAVを購入する予定を先送りにし、そのイベントやらが何なのかを確かめることにしたのだ。
* * *
「みなさ~ん、こんにちは~、桃宮花子で~す」
イベントが開始された直後、講壇の前にどこかで見覚えのある若い女が現れる。
桃宮花子。
女騎士のコスプレをしており、すぐに彼女が誰なのかは分かったが。
あいつは、先日購入した触手AVに出演していた女優だ。
「きょうはイベントにご参加いただきありがとうございま~す」
このイベントの概要が何となく掴めてきた。
ここはAV女優と触れ合うための場なのだ。AVを購入させるため、こうした機会も同時に与えることで付加価値を出している。なるほど、こうやってAV制作会社は販売戦略を立てているのか。
「ぜひぜひ、最後まで楽しんでいってくださ~い」
そんなことを考えながら、僕は会場の後方でそれを腕を組んで眺めていた。イベントの参加者数は指で数えられる程度で、空席が目立つ。
それは日本で触手モノがあまり人気でないことを示していた。いや、そもそもあの女優の人気がないのかもしれない。自分の世界にある酒場の踊り子たちでも似たような現象が起きる。人気のある踊り子が出ると酒場は盛り上がり、人気がないと静かだ。
ウチの魔王みたいなヤツがたくさんいればもっと人気が出るだろうに、容姿やら演技やらを仕事にする職業は安定しないものだな。
「それでは全体の記念撮影をしますよ~」
僕は係員に誘導され、他の観客と同じように列を組んだ。列の中央には女優。
これから何をするんだ?
そして――
パシャッ!
激しい閃光が僕を襲った。
最初は光魔法を誰かが詠唱したのかと思って身構えたが、機械を使ったただの発光らしい。しばらく目がチカチカしたが、体にダメージはない。魔眼種はこうした激しい光に弱いのだから事前に知らせてくれればよかったものを。
* * *
「それでは握手会に移行して、そのままイベントは終了になりま~す」
どうやらイベントはこれで終了らしい。参加者は女優の前に並び、握手をして会場を去っていく。彼らは「頑張ってください」などの応援する言葉を彼女にかけていた。
僕は列の最後尾に並び、彼女と握手する順番を待つ。別に握手したいほど憧れているわけではないのだが、他の参加者と違う行動をとると周囲から浮いて目立つからそうしているだけだ。なるべく大衆の流れに沿っていけば、巧くこの世界にカモフラージュできるだろう。今後も異世界で任務を円滑に遂行するためにも、派手な行動は控えたい。
やがて他の参加者が握手を済まし、僕の番が回ってくる。
彼女の大きな瞳が僕の顔を覗き込んだ。
「あれ、お客さん。その目はどうしたんですか?」
「目……ですか?」
魔眼種の目は人間と違って瞳孔が菱形になっている。日本人にとっては珍しいのだろう。
自分の世界だと魔眼は忌み嫌われており、周囲の人間はなかなか相手にしてくれない。だから、こんな風に接してくれる彼女がとても新鮮に思えてくる。
「へぇ~、異世界のお方なんですね!」
「そうです」
「異世界でも、私のAVが流行ってるってことですか?」
「別に……購入するよう命令されただけです」
「……」
しばらく彼女は口をポカンと開けたまま僕を見ていた。
まずいことを言ってしまったか。普通に「応援しています」で済ませておくべきだったのかもしれない。
とにかく話のトーンを元に戻さなければ。
「陵辱される演技に、魔王様もご満悦でしたよ」
「そ、そうなんですか。ありがとうございます」
彼女はそう答えつつも、困惑した表情を隠せない。
AV購入命令とか、魔王様とか、日本人に馴染みのないワードを使ったせいか。
「それじゃあ、気を付けてお帰りくださいね」
「では失礼します」
僕と彼女は別れ際に握手をした。
温かい。
随分と長い間、僕は生きた人間の肌に触れていなかった気がする。死体処理のために冷たくなった人間の亡骸には触れたことが何度もあるが、こうやって他人と握手することは珍しい。
向こうの世界で生きた人間と出会うときは、それは殺し合いをするときだ。炎魔術で敵を焼き、氷魔術で凍えさせ、命を奪う。
僕の体に人が触れることはほとんどない。触れるのは剣の刃、杖の柄。そして生温かい返り血だけ。
人間の肌の感触とは、こんなに優しいものだっただろうか。
もう一度、彼女に触れたい。
異世界への帰還途中、そんなことを思った。
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