柳居紘和

糸はどこまでも延びている

私は物心着いたときからそれが見えていた。


左手の小指から延びる、赤い糸。


その糸は私の指に結びついているが、物理的なものではない。他の人には見えないし、触れることもできない。


私はその糸の通じる先が知りたかった。だからそれを確かめようと思った。


糸はどこまでも延びている。辿っても辿っても、終わり無く続いていた。


「手伝うよ。」


そう言ってくれた男の子がいた。彼は私の後に続いて、歩いてきてくれた。私が疲れて立ち止まると、彼も立ち止まって私を励ましてくれた。


そうこうしているうちに、私は大人になった。糸を手繰るうちに、色々な人と出会った。


私の行動を馬鹿にする人やそんなものに囚われるなと糸を切ろうとする人。中には、私と同じように糸を手繰る人もいた。


私は疲れていた。この糸はどこまで続いているのだろう。その先には何があるのだろう。そもそも、終わりなんて無いのかもしれない。


私が弱気になると、糸は少しずつ見えなくなった。私はいつしか、糸を手繰るのをやめていた。今はもう、その糸は見えない。


私は見つけることができなかった。糸の行く先を。














やがて私にも子供ができた。


ある日、娘が私に聞いてきた。


「あのね、こゆびからいとがでてるの。」


私は微笑んだ。


「その糸を手繰ってみなさい。きっと良いものが見つかるわ。」


子供はそれを探すべきなのだから。


そろそろ彼が帰ってくる時間だ。私はキッチンで待ち構える。


大人は糸を手繰らない。大人はそれを育てるものだ。


「ただいま。」


彼が帰ってきた。


「何作ってるの?」


「今日はカレーにしようと思って。」


すると、彼は微笑んで言うのだ。


「手伝うよ。」

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柳居紘和 @Raffrat

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