夢をみる 夢をみる

@simoyanagi-lobster

夢をみる 夢をみる


ずっと同じ夢を見ている。その夢の中でわたしは医者をやっている。

人々の病を癒し、健康な生活を支える。立派な仕事だ。

薬を飲ましたり、虫歯を抜いたり、手術をしたり、患者の相談を聞いたり、いろいろしてきた。

最初の内はやりがいがあったけど、繰り返している内に何も感じなくなってきた。

何をやっても変わらない。

そんなことを考えてはダメだってわかってはいるけれど、どうしても考えてしまう。

病院の窓から外を見てみると飛行船が浮いていた。見飽きた赤十字のマークがついてて、ため息が出た。

そういえばわたしはこの夢の中で、病院から出たことがない。

たまには気晴らしに出てみようか。

うん。そうしてみよう。

「女医さん女医さんどこいくの?」

肌が変色した患者が、いろいろ折れちゃってる患者が、もうすぐ死にそうな患者が、わたしに向かって問いかけた。

「休憩よ」

「置いていかないで」と彼女たちは言った。そう言われると胸が痛んだ。この人たちを見捨ててはいけない。でもわたしにだって休息は必要だ。でないとパンクしてしまう。それとももうパンクしているのだろうか?

「気晴らしができたら戻ってくる」

そう言うと、患者たちは「無責任!」と怒った。本当に申し訳なかったけど、耳を塞いで、逃げ出した。


病院を抜け出した先には街があった。

だけど期待はずれだった。

そこは無人で空っぽの街だった。誰もいない街は街としての機能を有していない。ケーキ屋に入っても、ショーウィンドウには何もない。服屋には裸のマネキンが並んでるだけ。薬屋に並んでいるのは空の瓶。本屋の本は全部白紙。駅に行っても、電車は来ない。

自動車や自転車はハリボテで、犬や猫は置物だった。なんだかわたしは泣きそうになった。みんながわたしに意地悪している気分だ。

夢なのだから、何か楽しいことが起きて欲しかった。悪夢はもう嫌だった。

病院に戻ろうか。でもいま患者たちには会いたくない。あそこはうるさくて忙しいだけの場所になってしまった。

途方にくれてとぼとぼ歩いた。建物は劇のセットみたいで、アーケードは骨組みだけだ。このディティールがとぼしい街は機能していない。生きてもいなければ死んでもいない。宙ぶらりんの街。できそこないの街

疲れ切ったわたしは座り込んだ。

どこへ行きたいのか、自分が何をしたいかもわからない。そもそもわたしには何ができるんだろう?本当に人を癒せていたのだろうか? いや癒せてなどいなかった。だってこれは夢なのだから。

じゃあ現実のわたしは? 何ができる?

何も思い出せなかった。現実のわたしなんて本当に存在するのだろうか?そう思うと怖くなってきた。誰かに助けて欲しかった。休むところが欲しかった。

するとなんだか懐かしい音楽が聞こえた。ふらふらとそれに引き寄せられた。その先には喫茶店があった。


「いらっしゃいませ」

その喫茶店のマスターは熊みたいな体型の人だった。ようやく他人に会えて、少しだけほっとした。

喫茶店には、お客さんはわたし以外居なくて、ウェイトレスが暇そうにしていた。やけに懐かしい音楽がゆったり流れて、のんびりとした雰囲気だ。

緑色のソファーに座って、カレーとコーヒーを頼んだ。

窓からは骨組みだけのアーケードとその先で浮かんでる赤十字の飛行船が見えた。

他人がいる場所に来れた安心感からか、さっきよりは悪くない眺めに見えた。我ながら影響を受けやすい。

注文したものがやってきた。

コーヒーは暖かくてよかった。

カレーは、ビーフがごろごろ入ってる美味しそうな見た目なのに味が全くしなかった。

ウェイトレスを呼んだ。

「あのカレーの味がしないんですけど」

「それはそうですよ。これは夢の中ですもん」あっけらかんと言われた。

「でもこういうのって、お店の問題じゃ」

「……しかたないですね。デザートにケーキをつけましょう」

「そのケーキはちゃんと甘いんですか?」

「さあどうでしょう」

 さあどうでしょうでは困る。ウェイトレスはへらへらと笑った。何がおかしいのかわからない。

「お客さんはどうしてここに?」

「なんだか疲れちゃって」

「そうですか。だからわくわくストリートに来たんですね」

「……わくわくストリートって何です?」

「この喫茶店がある通りの名前です」

「全然わくわくしませんでした」

 どちらかというとさびしくて不安になった。

「しょうがないです。まあ色々未完成ですから」

「未完成なのに、この喫茶店営業してるんですか? 違法じゃないですか?」

「べ、別の話をしましょう」

 ウェイトレスは焦って無理矢理話題を変えた。やっぱり違法なのかもしれない。

「お客さん、疲れを解消するいい方法がありますよ」

「何です?」

「睡眠です」

「……だってここは夢の中ですよ。わたしたちはもう寝てるんじゃないですか?」

「でも寝てみたことあります?」

「ないですけど……」

「じゃあやるだけやってみましょうよ」

ウェイトレスはそう言って笑った。


 ウェイトレスは店のソファーを動かして、即席のベッドを作った。こんなことをして大丈夫なのかとマスターの方を見ると、カウンターに突っ伏していびきをかいていた。

「今は三時ですから、お昼寝の時間です」

ウェイトレスは言った。おやつの時間じゃなかったっけ。

「じゃあ寝てください」

 ウェイトレスは言い放ち、わたしはわずかばかりの抵抗をした。

「寝ろと言われて、寝れるほど私は単純にできていません」

「そうでしょうか? 人間、思ったより単純ですよ」

「違います!」

「まあまあとりあえず横になってください」

「なんだけ失礼だなあ」

 そう言いながらわたしはしぶしぶ横になった。自分のことながら呆れるが、眠気が押し寄せてきた。

 わたしはウェイトレスを呼んだ。

「なんですか?」

「すいません。手をつないでもらってもいいですか?」

 寂しい夢を見たくなくて、哀しい夢を見たくなくて、ついわたしはそんな事を言ってしまった。はずかしかった。

 でもウェイトレスは「いいですよ」と言って、手をつないでくれた。

 その手は暖かかった。

 わたしは安心して眠りに落ちていった。

 最後にそういえばケーキを食べそこねたなという思考が浮かんで消えた。


目が覚めるとそこはまた病院だった。でも今度のわたしは医者じゃない。患者だ。

 熊みたいな体型の担当医が、わたしは事故にあって三年間昏睡していたのだと教えてくれた。わたしは医者でもなんでもなく、ただの学生だそうだ。説得力がまるでなかった。なんかフィクションみたいだ。

寝たり起きたりを繰り返して、時間が過ぎた。今度は夢を見なかった。

「来たよ」

 妹が見舞いに来た。妹は夢の中のウェイトレスに似ていた。

「うん」

「調子は?」

「足とか手があんまりよく動かない」

「まー、三年間動かしてなかったからね。無理ないよ」

「あのさあ。これって現実なのかな」

 長い間夢を見過ぎて、なにもかもに現実感がなかった。

「わたしは現実だと思ってるよ」シャクシャクと見舞いのりんごを食べながら、妹が言った。

「根拠は?」

「りんごに味がするもん」

「わたしにもちょうだい」

「まだダメでしょ」

「ケチ」

 体内の食物を消化するシステムが万全ではないから、今の所は点滴だ。

「なんか面白いことあった?」と妹。

 あいかわらず無茶ぶりをする奴だ。

「……長い夢を見てたよ」

「夢の話って、細部をうまく話せないと退屈だよね」

「……嫌ならいいけど」

「聞きます聞きますお姉さま」

 わたしは長い夢の話をした。

 途中でのどが渇いたので、ストローでお茶を飲んだ。

 最後まで聞いて、妹は「ふんふん。つまりすべてはわたしのお蔭ってことか」とのたまわった。

「あんたはウェイトレスに顔が似てただけで、あんたに助けられたわけじゃない」

「照れなくていいのに」

「照れてないし」

「お姉ちゃん、だからここが現実なのかとか聞いたんだ」

「そう」

「ここがお姉ちゃんの現実だとわたしは嬉しいな」

「……そう」

「反応うすい。ひどい」

「それであんたは何か面白いことがあった?」

 期待してないけど、わたしは一応聞いてみた。

 それから妹はべらべら話し始めた。どうでもいいような話だったけど、あの宙ぶらりんの町と違って、生きた街の話だった。ああやっぱりこっちが現実の方が嬉しいなと思った。


 そう言えば妹に夢の話をしている間に思い出したことがある。

 あの夢の中の患者たちは、全員同じ顔をしていた。わたしと同じ顔だったのだ。気づいてみればちょっとしたホラーなのだけれど、夢の中のわたしはそのことを全く疑問に思わなかった。

わたしは医者で患者だった。心理学的にはいくらでも解釈できそうだけど、なにもかも過ぎた夢だ。意味を掘り返しても何もないだろう。

患者たちを治してあげたかったけど、わたしはもうあの夢から醒めてしまった。そのうち、あの病院も飛行船も喫茶店も忘れてしまうだろう。少しだけ切ない。

ここが現実かどうかはわからないけれど、とりあえずわたしの現実はここだと決めた。

とりあえずご飯が食べられる様になったら、ビーフカレーとケーキを食べようと思う。

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