Episode_26.18 倉庫街の戦い
時刻が深夜に差し掛かった頃、王弟派によるディンス攻撃作戦の最も重要な一手、つまりディンス港に対する海上からの攻撃が開始された。夜陰に紛れて港に接近した種々の櫂船は、港に設置された防衛用の投石塔からの攻撃を掻い潜ると、その勢いのまま船着き場周囲に接岸し、次々と四都市連合海軍の兵士達を陸上へ吐き出していく。
彼等の目的は、西トバ河沿いに王子派が敷いた防衛線を西から切り崩すこと。渡河した主力と共に防衛線を挟撃し、一気に無力化することであった。その手始めとして、上陸した海軍兵達は港から続く倉庫街に、手あたり次第に火を放っていく。季節柄、この夜の風向きは北風。そのため街の西に位置する倉庫街に放たれた火は城塞や住居が密集する地区に延焼することは無いが、それでも戦いの最中に突如上がった火の手は夜空を赤く染めると同時に、防衛する王子派軍に少なからぬ動揺を与えていた。
「落ち着け! 炎は街まで延焼しない、それに倉庫の中身も既に空だ!」
「隊列を整えろ!」
「慌てるな、ここを守るんだ」
「落ち着け、隊列を!」
燃え上がる火の手による兵士達の動揺。その影響を最も大きく受けたのは倉庫街から街中の大通りへ続く一番筋出口に陣取ったマーシュ率いる民兵団であった。彼等の背後にはレイモンド王子が座する城塞が、そして王弟派の主力を食い止める土塁による防衛線がある。この場所を抜かれてしまえばディンス防衛は城塞と土塁が分断され瓦解する、そんな重要な位置である。この場所を二千程度の民兵で守らなければならない、というのが王子派側の泣き所であった。
尤も、勝算無く兵を配している訳ではない。この一帯は倉庫街から街中を走る大通りへ抜ける通称一番筋と少し離れた十二番筋を除き、殆どが細い路地となっている。また、その路地や大通りを形成する建物群は街中や城塞に近い事もあり、元来火事を警戒して頑丈な石造りとなっている。そのため、攻める側は建物を破壊して強引に進路を作ることが出来ず、限られた筋通りや狭い路地を進むしかない。そのため、敵が大勢であっても一度に接敵する数は限られ、寡兵でも守るに有利な場所である。しかも、
「西方面軍の別動隊がこちらへ向かっている、この一刻を凌げばよい!」
動揺する民兵たちを鎮めるべくマーシュが発した大音声が言うように、防衛戦力から引き抜かれたと思われていた西方面軍の別動隊、凡そ千がこの場所に急行している手筈になっている。ストラ郊外で待機していたその部隊は機動力を優先し騎士が多く配されている。夕刻前に動き出したならば、ディンスへ到着するのは丁度深夜になるはず。つまり、後一時間程度守り切れば援軍が到着するのだ。
(……沖の旗艦を叩く作戦が成功すれば、あるいはそれより早く敵が退く……か)
その一方で、デルフィルからやってきた傭兵が持ち掛けた作戦について、マーシュは半信半疑だった。そう都合よく事が運ぶものか、という疑いの方が強いといえる。ただ、その作戦にユーリーが乗っている、という一点においてマーシュは懸念を発することを控えていた。長い戦いの中で幾つもの功績を挙げ実力を示してきたユーリーを信じる気持ちは強い。しかし、信じる事と、その結果を当て込んで行動することは別である。そのため、動揺する兵を鼓舞したいマーシュでも、このことは流石に口に出せなかった。
「団長、敵兵が見えました!」
「一番と三番、それに十二番筋です」
大音声で号令を発するマーシュの元に敵兵発見の報せが届く。思った通り、大通りへ続く1番筋を進撃しつつ、迂回路を探るように狭い路地にも兵を送り込んでいるようだ。
「十二番筋の部隊には手筈通り後退戦で時間を稼がせろ、敵の主力は一番筋だ、我々で食い止める!」
沢山ある筋通りの多くは事前に通路が塞がれ、行き止まりが多い迷路のように仕込んであり、幾つかの通路は広目の辻へ誘導するように繋がっている。その辻には民兵団が待ち伏せている。彼等の目的は辻に誘い込まれた敵を攻撃しつつ逐次後退することだ。独立性の高い戦い方になるので、民兵団の中でも在籍歴の長い古参精鋭を中心に編成された部隊になる。
一方、一番筋に陣取る方は比較的在籍歴の短い兵が中心だ。リムン砦を巡る戦いの後に志願した兵士が多く、中には東のトリムから逃げてきた人々も混じっている。戦いに対する士気は高いが、その反面練度と経験が伴っていないのが不安な点である。
(苦しいのは確かだが……王子の命令だ、果たして見せる)
先に城塞で交わした会話を思い出し、マーシュは決意を新たにする。レイモンド王子の指示を綺麗事だと言った彼だが、その本心は、寧ろレイモンド王子の指示に賛成であった。但し、それで防衛が適うならば、という前提である。そして、その前提を現実にするのは自分が率いる民兵団なのだ、という決意があった。
マーシュはそんな決意と共に馬を下りると前方へ目を凝らす。敵兵の姿は彼等が構える大型の弩弓と共に、炎に照らされてハッキリと視認できた。
「矢が来るぞ、前列盾を!」
方々で上がるそんな指示と共に、遂に接敵した大通りの民兵団。その前列に敵の四都市連合海兵が放つ弩弓の矢が降り注ぐ。戦法としては、海上でも使う得る強力な弩弓の一斉射の後に肉迫し白兵戦に持ち込むつもりだろう。それは予想できた事であり、第一射を防ぐ段取りは十分に兵士達に伝わっていた。それでも強力な矢に撃たれ、前列の兵士達はバタバタと倒れていく。
「隊列を整えろ、二列目、前へ!」
「負傷者を後ろへ!」
「来るぞ!」
味方兵の間ではそんな怒号が飛び交う。弩弓の被害を受けた最前列を庇うように二列目が前へ出る。ひと揃えの槍と盾を用いた槍衾を形成し、敵の前進を阻む構えだ。そこに敵兵の前列が衝突した。一番筋はたちまちにして乱戦の様相を呈していく。
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「港に火の手が!」
「港から上陸した敵兵と民兵団が交戦を開始!」
「マーシュらの様子は?」
「押されているようです!」
「河沿いの防衛線はどうか?」
「散っていた敵傭兵が攻勢に加わり始めました」
「第三層にて食い止めていますが、敵側侵突の勢い凄まじく――」
城塞内の広間には戦況を伝える伝令兵とオシアのやり取りが響く。その中、レイモンド王子は沈黙を保っていた。
「義勇兵団の代表から上申です、倉庫方面の加勢の為城塞から出る許可を求めています」
そんな中、一人の伝令がそのような事を伝えてきた。その伝令の言葉にオシアはレイモンド王子の方を見る。まるで、そろそろご決断を、と促すような視線だった。
「……出よう」
「御意」
短いやりとりの後、立ち上がったレイモンド王子は背後に掲げられた旗へと向かうのであった。
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