Episode_26.17 正面防戦


 夜の西トバ河を敵前渡河した王弟派主力と四都市連合傭兵軍の連合軍。その先鋒として渡河時の被害を引き受ける役割を担った傭兵軍は、後続の王弟派主力が渡河を完遂するまでのおよそ二時間に渡り、ディンス防衛側の投石塔や固定弩からの投射攻撃に晒され続けることになった。その間、防御が難しい河岸に留まった彼等は全体の三割に近い死傷者を出しつつ、その場に留まり続けるという異常な勇気・・・・・を見せた。


 ただ、この非常に勇敢に見える傭兵軍の行為には、その外見とは裏腹な内情があった。彼等は夕闇が迫る時刻に河岸へ移動を命じられ、対岸ディンスが備える大型投射兵器の存在を知らされないまま、ただ、筏に乗って渡河するように命じられただけだったのだ。傭兵といえども兵の命を軽んじることこの上無い命令・用兵であるが、四都市連合の作軍部からすれば「通常」の域は出ないだろう。


 結果として先鋒を担うことになった傭兵達は続々と河を渡ってくる後続に押されるように上陸し、その後は乗ってきた筏を引き立てて、その陰に隠れるように降り注ぐ投射物を避けるのが精一杯だった。しかし、用兵側としてはそれで充分役割を果たしたことになる。彼らが筏の陰で縮こまっている間に、主力の王弟派軍はほぼ無傷で渡河を完了し、凡そ百メートルの河原を一気に進むとディンス防衛側が築いた防衛用の土塁に取り付いたのだ。


 ディンスを守る王子派軍は、河から街へ通じる約二キロに渡る地域に土塁を用いた三重の防御線を構築していた。そこは、二年前にディンスを奪還した折、遊撃兵団の急襲部隊が上陸し街の内部へ向けて進軍した起点に当たる場所だ。一度攻め落とした張本人だからこそ必要性を実感した防御線だといえる。そして、この三重の土塁が「第三次ディンス攻防戦」における一つの激戦区となった。


 迎え撃つのはマルフル将軍率いる西方面軍主力二千余。対して攻める側は傭兵を盾にほぼ無傷で渡河を果たした王弟派の主力約四千。攻守の差は凡そ二倍で、この時点では守勢側がやや有利と言えたが、河原には先鋒役を生き延びた四都市連合の傭兵軍二千が留まっている。彼等は未だに混乱から抜け出せていないが、その内糾合されて攻撃に加わるだろう。兵を使い捨てにしつつ、その一方で生き残りには報酬の上乗せをチラつかせて更なる戦いへ駆り立てる。四都市連合の傭兵運用の巧みさはこのような厚顔さと狡猾さによって成立っている。


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 戦いの舞台となった三重の土塁は外から街の方へ行くほど背が高くなっている。また、土塁に挟まれた二つの層は防衛に有利なように工夫が凝らされていた。土塁の最外周には切通しのような侵入口が幾つか設けられ、それは中間に位置する土塁にも設けられていた。そこから侵入できる内部は、迷路のように広がったり細まったりしながら行き止まりと落とし穴が連続する空間であった。また、土塁の間に存在するそれらの空間は足元が楔形に掘り抜かれ、どこも平坦な場所は無い造りとなっている。そのため、土塁の最外周に取り付き、切り欠きから内部に進入した王弟派軍は、頭上に降り注ぐ矢と定まらない足元に苦慮しながら進むことになる。そんな彼等に、徒歩となった防衛側の西方面軍遊撃騎士の槍が土塁の上から神出鬼没に突き込まれた。


「一旦止まれ!」

「土塁を掘り崩せ!」


 積み重なる自軍の被害に王弟派第一騎士団の指揮官達は進軍を止める号令を発した。


「私が土塁の上へ行きます!」

「俺も行くぞ!」

「敵の矢を引き付ける!」


 一方若手の騎士達はそのように気炎を吐くと、自らを囮とするように最外周の土塁によじ登り、防衛側の注意を惹いた。そんな者達がそこかしこから土塁の上に姿を現したため、防衛側の射撃は、その瞬間、重装備の騎士達へ集中することになった。


「掘り崩せ! 急げ!」


 そこかしこで同じような号令が上がり、王弟派の兵士を中心とした面々が第二層の土塁を手や剣、果ては兜や盾を使って掘り始める。


「投石塔、照準よし!」

「放て!」


 対する防衛側は、弓兵や固定弩の攻撃を土塁の上に現れた敵騎士に集中させつつ、大型攻城兵器である投石弩は投射の照準を、土塁を掘り進む敵兵に向ける。この時点で第二層の土塁を掘る敵兵は三か所に分散していた。その三か所の内、手前側二か所を照準に収めた投石塔から、石礫の雨が撃ち出される。


「投石来るぞ、頭を守れ!」

「うごっ……」

「おい、しっかりしろ。くそ、交代を!」


 その瞬間、悲鳴のような指示が発せられ、正真正銘の悲鳴が上がる。投石塔からの一斉射により三か所の内二か所の突貫部分が殲滅に近い打撃を受けた。しかし、彼等は負傷した者達を後方に下げつつ、尚も掘り進む最先端に取り付き作業を再開する。


 俯瞰して見れば、愚かこの上無い作業の繰り返し。命をすり減らしながら、ひと掻きひと掻き敵陣内部に近づく。その目的は、敵を殺す事。愚かしくあさましい人の本能の発露と言える光景が延々と繰り返される。


 王弟派の兵達は何かに駆り立てられるように土塁の第二周目を掘り崩すが、掘削して進めるのはそこまでであった。最奥に配せられた土塁は、土塁というよりも石垣のような造りであり、しかも足元を空堀のように深く掘られているため、高さは四メートルを超える物に仕上がっていた。その最奥の土塁を前に王弟派の前進は阻まれ、被害が積み重なるだけの時間が少しの間続く。


「堪えろ!」

「退くな、持ち堪えろ!」


 動揺し浮足立つ兵を鎮める指揮官達の声が響く。渡河から数えて既に四時間経過しており時刻は間もなく深夜となる。兵士達の疲労は蓄積しているが、巡ってくる好機をつかむためには、この場で留まるしかなかった。そして、


「港の方角に火の手を確認!」


 遂に待ちに待った瞬間が訪れた。見れば左手、西の方角の夜空の一部が赤く染まっている。その光景得て、攻める兵士達の間にどよめきが起こる。一方、強靭な土塁の奥に居る守備側の兵達も動揺したようだ。土塁の奥から兵達を鎮める号令が発せられた。


「四都市連合の攻撃が始まったな」

「よし、梯子を掛けろ、一気に押し出せぇ!」


 その号令を合図に、停滞していた攻勢が強まる。土塁を巡る戦いはいよいよ両軍が白兵戦を行う場面へと進展していった。

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