Episode_26.15 第三次ディンス攻防戦


アーシラ歴498年10月4日


 この前日の夜から早朝にかけて行われた戦いは、後に「第三次ディンス攻防戦」と呼ばれ、その後に続くコルサス王国内戦の趨勢を決したと評されることとなった。


 同時刻デルフィル湾沖で行われた奇襲作戦や、遠く離れたデルフィルに仕掛けられた夜襲に対する防衛戦も、このディンスを巡る戦いの結果に大きな影響を与えていたが、主に評されるのはレイモンド王子自らが陣頭指揮を執り行われた防衛戦であった。そんな戦いの推移は次のようになる。


****************************************


 この年の夏にノルバン砦を落とした王弟派の軍勢は、そのまま北上を続け西トバ河の南岸に至ると、そこで停止。北岸のディンスとにらみ合いの状況を続けていた。その勢力は王弟派第一騎士団の分遣隊三千五百に四都市連合の傭兵軍団五千五百を加えた凡そ九千。それに、後続としてタバン防衛の任務についていた第一騎士団とタバン衛兵の混成部隊二千が合流している。


 対するディンスの守りはマルフル・アートン将軍率いる西方面軍三千とマーシュ・ロンド率いるディンス衛兵団と民兵団の混成部隊三千に、ロージ・ロンド率いる遊撃兵団千を加えた合計七千。レイモンド王子はそれら軍勢の総大将として前線であるディンスに留まり、兵達の士気高揚に努めていた。


 両軍がにらみ合うなか、先に動きを見せたのはディンスを守る王子派であった。戦いの数日前から主力である西方面軍の一部を後方へ送る動きを見せたのだ。これは、四都市連合による海上封鎖と散発的な攻撃に晒されるデルフィルへの救援という名目で行われたことだが、王子派軍内は本来秘匿したい前線兵力の減少という重要情報について、その秘匿に失敗していた。特に練度の低い民兵団を中心に、主力の移動が噂となり、王子派軍内は一時混乱を来たしてしまったのだ。結局はレイモンド王子自らが兵達に「後方の民兵団を呼び寄せている」と説明し、混乱を鎮める事態となったのだが、それらの状況は当然ながら間者を通じて南岸の王弟派軍に伝わっていた。


 その結果、防衛側の明確な失策に王弟派軍内では攻撃開始の機運が一気に高まることになった。勿論王弟派軍内の一部、特に傭兵軍団を率いる四都市連合の作軍部長達の間には、この情報自体が王子派の策略なのでは? と疑う意見もあったが、作戦の主体はあくまで王弟派第一騎士団分遣隊の指揮官に在った。


 実はこの時、第一騎士団分遣隊指揮官と幹部達の元にようやく王都での事変、つまり「国王ライアード暗殺」とそれに伴う「スメリノ王子の国王即位」の情報が届いていた。タバンから合流した混成部隊に同行していた第一騎士団所属の騎士によって齎されたその報せが彼等の決断を後押しすることになった。今はかん口令を敷き、一般の騎士や兵士達には伝わっていないが、何れ彼等も知ることになる重大事変だ。もしかしたら、一部の者達には既に四都市連合の傭兵達から別の形で伝わっているかもしれない。また、時を置けば王子派もこの情報を知る事になるだろう。いずれにしても、この情報が軍全体に伝わり兵達の士気が下がることを、分遣隊指揮官達は最も恐れていた。


 分遣隊の指揮官を始めとする幹部達は、特異な性格性情を持つスメリノ王子におもねることで自らの地位を確立してきた。勿論、出世と保身のため、と割り切って行ってきたことだ。そもそも、それほど強い忠誠心を持っている訳ではない。寧ろ、好機が有ればガリアノ王子をライアード陛下の後継に、と考えていたほどだ。そのような考えを持っているからこそ、スメリノ王子に取り入るにしても、阿ることが何処か不十分になり、結果として王子派との前線であるこの地へ派遣された、という経緯がある。


 そんな彼等だから、「国王ライアード暗殺」とそれに伴う「スメリノ王子の国王即位」の情報を得た時は相当に驚き、また失望を感じたものだ。そして、自分達でさえそう思うのだから、末端の兵士や若い騎士達の動揺は如何ばかりだろう、と想像することが出来た。とても、戦う集団としての士気を維持出来るとは思えなかった。

 

 そのような理由の後押しがあり、何度かの合議の末、王弟派軍はディンス攻撃開始を決断すると海上に留まる船団へ伝達し、攻撃開始を十月三日夜と定めるに至った。


****************************************


 王弟派と四都市連合の連合軍の作戦は、西トバ河に対して三つに分けた渡河地点から順に渡河攻撃を仕掛けるものだった。まず、最上流から渡河した第一騎士団分遣隊精鋭がディンスの東に広がる低地と森を進み伏兵となる。次に傭兵軍の半数凡そ三千五百がそれよりも下流の地点から渡河を行う。彼等の役割はディンス防衛の目を引き付け、その攻撃を一手に引き受けることだ。そして、十分に攻撃を引き付けたところで、第一騎士団分遣隊の残存勢力にタバンからの援軍を加えた四千に傭兵軍の残り二千五百を加えた数の上での主力六千五百がディンスを正面に見据えて渡河を開始する。


 その後、渡河勢力がディンス防衛の兵力と接敵し防衛側の注意を引き付けた深夜に、今度はデルフィル湾沖から出撃した櫂船団がディンスの港を西から強襲する。その勢力は少なく見積もっても海軍陸戦兵三千に上るだろう。結果としてディンスを守る王子派は、西トバ河とディンス港の二面を守る必要に迫られることになる。


 攻撃側の数はこの時点で延べ一万四千、一方防衛側は兵力をデルフィルに引き抜いたため五千前後と推測された。防御を固める守勢側に対して三倍を下る数の差は攻撃側にとって安心できる勢力差ではない。しかし、勝機は十分あると考えられた。というのも、そもそもディンスの街は、北からの攻撃、つまりコルサス王国にとって仮想敵国であった隣国リムルベートの侵攻に備えた防備を念頭に造られた都市だからだ。そのため、ディンスの街は南側の西トバ河を背にして、西のディンス港から東の砦を繋ぐ半円状の外壁を防御の要としている。つまり、南側や東西からの攻撃には防御力を発揮しにくい造りになっているのだ。


 そして、最後の仕上げとして、東の森に潜んだ伏兵千五百が東の砦を中心に防御が甘くなった場所を遊撃する。その後は東側から順に守勢側の防衛線を挟撃してこれを撃破し、翌日中には全部隊がディンスの街中で合流するという手筈になっていた。


 その手筈に従い、十月三日の日暮れから二時間経過した時点で、最初の渡河部隊が静かに西トバ河上流に漕ぎ出す。戦いの始まりは実に静かであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る