Episode_26.14 喪失
メフィス達三人が船上から姿を消すのと、ザメロンが船上の使徒へ魔術を放つのはほぼ同時だった。この時ザメロンが放った魔術は極属性闇を持つ投射型魔術の一種「
黒炎矢は文字通り極属性闇を伴う暗黒の矢を複数撃ち出す魔術で、その外見こそ他の属性の例えば「
ザメロンは黒炎矢を広範囲に渡り、遠慮無く船上に叩き込んだ。対して船上にある使徒は頭上の魔神への反撃に集中しているようで、この攻撃に寸前まで気付かない。結果として気付いた時には避ける術が無い状況だった。
尤も、ザメロンはこの一撃で使徒を倒せるとは思っていない。実際の経験として、北東の逆塔で対峙した使徒にはこれと同じ魔術や、もう一段階威力の強い
(魔神を回収して、私も大使館へ跳びましょう)
それがザメロンの意図だ。召喚した魔神は所謂「中位魔神」であるが、その能力は
因みにこの肉球の魔神は古代ローディルス帝国の中期前半に異次元から召喚され、生命力を魔力に強制変換させる仕組みを当時の魔術師達に示唆した存在だ。その後、中期後半から末期に掛けての爆発的な繁栄を遂げる原動力となった「制御の塔」の根幹部分の原型はこの魔神から
「ここで失うのは惜しいですからね」
そう呟くザメロンは送還の魔術陣を展開しつつ視線を先へ向けた。少し見上げる格好になる船上に肉球の魔神が浮いているが、その醜悪な身体は下から突き上げた光の槍によって刺し貫かれている。存在を滅ぼされる一歩手前、といった状況だった。
一方、その光の槍の出処である船上には
ザメロンは船上に
霧が晴れた視界の先では、黒炎矢が着弾した箇所が大きく抉れて破壊されている船上の光景があり、その中心には薄い光の膜を展開した使徒の姿があった。
(……光の膜……この女のものと同じ?)
使徒が展開した光の膜は使徒が得意とする
(同じものがもう一つ?)
その様子にザメロンは疑問を感じるが、それを追求するため
「――リリアを返せ!」
使徒がそう叫ぶと同時に、背後で薄くなっていた光の翼が光量を強める。まるで飛び立った直後の猛禽類のように、その翼を大きく展開していた。
「いえ、お断りします」
だが、ザメロンは元々この使徒に付き合うつもりはない。そのため、実に素っ気なく短い言葉でそう答えると、後は問答無用で相移転の魔術を展開、発動させるだけだった。
次の瞬間、光の翼を羽ばたかせた使徒が船尾楼閣に飛び込むが、その手が届く寸前、ザメロンと彼に抱えられたリリアの姿はその場から掻き消えていた。船上に、なんとも悲痛な青年の叫びが轟いた。
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この夜、デルフィル湾沖で展開された奇襲作戦は、結果を見れば大成功であった。コルサス王国王子派とリムルベート王国の連合奇襲部隊は、四都市連合の海軍力が誇る二隻の旗艦を襲撃し、その継戦能力と航行能力を完全に奪うことに成功していた。その上旗艦「カルアニス」を預かるスダット・バーミル提督や王弟派の第二王子ガリアノに仕える数名の者達を捕虜としてディンスに連れ帰る予想外の戦果を得るまで挙げていたのだ。
だが、作戦から帰還する二隻の小型帆船のうち、南方様式で造られた黒い小型帆船の上は勝利を喜ぶ賑やかさとは無縁の重苦しい沈黙に包まれていた。来る時は傭兵達を満載にしていた船上も、帰路に就いた今は疎らに人の姿があるだけという状況。それが物語るのは激しい戦いとその結果として降りかかった手酷い喪失。その現実を前に、船上の傭兵達は嘆く体力も残っていないように只々沈黙であった。
この作戦で旗艦「海魔の五指」襲撃を担当した傭兵団「暁旅団」と「オークの舌」は、傭兵団として再起不能ともいえる甚大な損害を受けることになった。その内容は、二つの傭兵団を合わせた戦力の実に約六割に及ぶ兵力の
この被害には二つの傭兵団それぞれの幹部が含まれていた。「暁旅団」は参謀役の魔術師バルロを筆頭に、「藪潜り」や「優男」といった古参傭兵がほぼ全滅という状況。「オークの舌」に至っては伝令役の二名を残し他の精霊術師達が全滅という状況だ。更には、全体を指揮するブルガルトも竜牙兵との戦いで受けた傷が原因で、作戦途中から意識を失い昏睡状態に陥っていた。尤も、ブルガルトは昏睡状態に陥った時点でダリアによって船尾楼閣内へ運ばれていたため、辛うじて命を繋ぐことが出来ていた。
全体として、「海魔の五指」を襲撃した彼等は全滅一歩手前という状況に瀕していた。この状況で速やかに退却できたのは、奇跡的な出来事といえる。健在だった「オークの舌」のジェイコブと「暁旅団」のダリアが生き残りを集め、撤退を指揮したためだが、その一方で「海魔の五指」側も相当な被害を受けていたのは事実である。そのため、全員が小型船に乗り込み、旗艦を離れるまで、矢の一本も射掛けられる事は無かったという。
厳しい状況を潜り抜けて帰路に就く小型船の上には、沈黙が重く圧し掛かる。誰一人として声を発する者が居ない中、船首が波を切り裂く音だけが大きく響いている。乗り込む人が減った船の足は皮肉なほど速く、風を受け膨らむ帆が快調な船足を更に加速する。
「……」
その船上で、船首に佇むユーリーは
(ヴェズル……頼んだ)
ユーリーが見上げる頭上を一羽の鷹が矢のように飛び去った。目指すは東の水平線。今は
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