Episode_26.12 自省


 旗艦「カルアニス」の船縁を蹴って夜空へ飛び出したユーリーは、光の翼を纏い夜空を飛んだ。そして直ぐにヴェズルの先導に追い付くほどの加速をえて、後は並んで飛んだ。


心の中は強く渦巻く様々な感情に満たされ混沌としている。それでも頭の中の冷静な部分が、敵からの視認性を下げるため、彼の高度を下げさた。結果として海面スレスレを、白波を立てながら飛んだユーリーとヴェズルは、目指す船影「海魔の五指」を捉えると、城壁のようにそそり立つ船腹に沿って、高度を上げる。


その先に、この世の存在でない魔神の気配を強烈に感じていた。


 嘗て二度戦ったことのある魔神という存在。今、感じられる魔神の気配は、リムルベートの城門前で戦った魔神の気配に近い。あの時は、事前に養父メオンが仕掛けた極属性光の魔術による攻撃の積み重ねがあり、その上で「使徒」アズールという強力な味方が居た。それでも結果は、からくも勝った、というものだった。


今のユーリーにそれらの助力は無い。冷静に考えれば分の悪い勝負と言わざるを得ない。だが、それでも、ユーリーは怯えや畏れを感じることはなかった。強い後悔と自責に満たされた心の中には、それらの感情が割り込む余地が無かったのだ。


(リリア、なんで?)


 と問うが、答えはとっくに分かっていた。


デルフィルでブルガルトに告げられた作戦。リリアを危険な海上の戦いに参加させるこという作戦を、その時のユーリーは頑なに拒んだ。その様子を彼女は聴いて・・・いたのだろう。


 ――あなたと一緒に居たい、何処へだって、どんな状況だって、一緒に居てあなたを助けられるようになりたいの――


 それがリリアの本質だった。そして彼女はその想いの通り、いや、それを遥かに超えるほどの力を手に入れていた。相当な努力と覚悟、試練があったはずだ。乗り越え得た原動力はひとえに愛情、それも全てユーリーへ向けられたひたむきな「愛情」なのだろう。


(それなのに、僕はどうだ?)


 「愛している」一言でいえば、その通りだ。それ以外の表現方法など存在しない、単純明快な感情だ。勿論、彼女の実力を認めているつもり・・・だった。だが、何処まで行ってもリリアはユーリーにとって「愛する人」であり「守るべき女性」なのだ。止むを得ず危険に晒されることはあっても、共に求めて危険に飛び込むような相手ではない。それは、ユーリーの本質といえるものだ。


 そこに二人の行き違い・・・・があった。絶望的な断絶とは程遠い、お互いを想う余りに生まれた愛情のズレ。犬も食わない喧嘩の種であり、余人には微笑ましくもあり、時として冷やかしの的になるような、よくある恋人同士のイザコザだ。ゆっくりと時間を取り穏やかに話し合えば、かえって互いの愛情を深めるように作用する、そんなありふれた行き違いのはずだった。


(でも、僕は一方的過ぎた――)


 しかし、ユーリーは自責する。自分を想い、共に戦うための力を身に付けたリリアに対して、自分は正直に向き合っていただろうか? と問う事を止められなかった。あの時、作戦を拒絶するのではなく、待っていたリリアと話し合っていたらどうなっていただろうか? 


彼女の力量を見極め、作戦を積極的に進めていたら、今の状況は少し違ったかもしれない。待ち受けていた危機は同じかもしれないが、その危機に、離れ離れの状態で直面するという事態は避けられていたはずだ。決して、今のような状況・・・・・・・にはならなかったはずだ。


****************************************


 海面から高度を上げ、城壁のような船腹を飛び越した瞬間、ユーリーは目に飛び込んで来た状況に息を呑む。そこには、魔術師風の男に髪を掴まれ無理やり立たされている状態のリリアの姿があった。意識が無いのだろう、リリアはぐったりと脱力し、その胸元は白い肌が露になるほどザックリと引き裂かれている。


「その手を離せぇぇ!」


 絶叫と共に突き出したユーリーの左手に光が収束し、手槍の形をとる。ユーリーの左手に現れた光の槍は、次の瞬間には魔術師風の男目掛けて夜空を切り裂くように飛んだ。勿論、直撃を狙ったわけではない。リリアを助け出す隙を作るためのけん制の攻撃だ。


対して、魔術師風の男は一瞬驚いたが、直ぐに半笑いを貼り付けたような表情に戻ると、リリアを掴んだまま、空いた左手を宙に短く踊らせる。そして、光の槍が至近に撃ち込まれるのと同時に、その場から掻き消えていた。閃光と爆熱が辺りを舐めるが、既に二人の姿は無い。


(しまった!)


 その瞬間、ユーリーは自分の軽率な行動を悔いた。姿を消した理由は魔術による相転移だが、それは仕方がない。それよりも、今の一撃に集中し過ぎていたため、一瞬だが魔神の存在を失念してしまった。その事が問題だった。


――ヴォォォ


 頭上に現れた力の圧が、独特な波動を伴い宙に在るユーリーへ迫る。波のように広範囲を覆う極属性闇の攻撃魔術暗黒波ダークウェブに酷似した魔神の攻撃だ。船上を覆うほどの規模であるため、この時点でユーリーに回避するという選択肢は無かった。


「くっ……」


 そのため、ユーリーは咄嗟の判断で光の翼を盾とした。頭上を覆う天蓋のように光の翼を広げて闇の波動を押し止める。だが、場所が悪い。空中で翼を盾に使えば、浮いていることは出来ない。結果として、ユーリーは船上に押し付けられるように膝を着いた。しかも、


(なんだ……侵食? いや、喰っているのか?)


 いっこうに止まない闇の波動は、ユーリーの光の翼を徐々に侵食し始める。その上、侵食の度合いが進む毎に侵食する勢いが強くなる。打ち消し合っているというよりも、光の翼を形成する生命力エーテル体を取り込んで勢い付いているように感じられた。その感触は文字通り、喰われている、というものだ。


「だったら、これでも喰らえ!」


 喰われている実感に、ユーリーは生理的な恐怖を打ち消すような咆哮を上げる。そして、体内の生命力を一層強く励起させた。


要領は魔術を使う際の魔力の起想と同じ。それを、生命力でやるだけだ。普段ならばどれだけ意識しても出来ないが、光の翼が覚醒した時には、まるで呼吸をするように簡単に出来る。ユーリーは体内に渦巻く生命力を眩い白光として念想すると、それを鞘から引き抜いた蒼牙の刀身に叩き込む。魔力ならぬ生命力を叩き込まれた蒼牙の刀身は抵抗するようにガタガタと揺れるが、その一瞬後にはブゥンと羽虫の羽音のような振動を発し、巨大な光の槍を夜空に突き上げていた。


――ヴォォヴッ


 一度に喰いきれないほどの生命力エーテル体が光の槍となり、頭上から襲う波動を切り裂く。


「やったか――」


 消え去った波動にユーリーは手応えを感じる。そして、消えたリリアの姿を探そうと視線を上へ向ける。短い予備動作の相移転は、長い距離を跳ぶことが出来ない。きっと船の上にいるはずだ、そんな希望めいた想いがあった。だが、そんなユーリーの視界に飛び込んで来たのは、夜でも尚昏い闇の塊、それが無数の矢になって降り注ぐ光景だった。


――ド、ド、ド、ド、ドォォン


 今度は船上に物理的な轟音が響き渡った。


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