Episode_26.11 「鍵」との邂逅
肉の球体として具現した魔神は、極属性闇の破壊魔術「
だが、その被害を意図して魔神を呼び出した者が居る船尾側の楼閣だけは、不思議なことに無傷で残っていた。エグメルの最高位魔術師であるザメロンが、最強度の防御魔術である絶対物理障壁を広範に展開したからだ。
ザメロンともう一人の魔術師メフィス以外に誰もいない船尾側の楼閣最上部。そこから船上の破壊を眺めていたザメロンは、そこで漸く納得したように頷く。左手を腰に当て、右手で顎を摩りながら、何度も頷く様子は、どこか芝居がかっていて滑稽にも見える。
「なるほど、通常時は『隠匿』の効果で隠されているが、随分と強力な魔術具ですね。各属性と対物理耐性、生命力付加、疾病耐性付与……盛り沢山ですが、主な目的は対闇属性の護符といった所――」
そう呟くザメロンが見下ろす視線の先には、破壊が尽くされた船上の一画に留まった薄い光の膜があった。大きな
複雑な魔術陣を楽しむように読み解くザメロン。その様子は酸鼻を極める船上の様子から乖離しているが、当の本人には船上の様子など余り興味が無いようだ。そうする内、効果を発揮し終えた魔術陣が端から薄く燐光を弱める。
「貴重な品ですが『譲渡の守り』が付いていますね……」
大方の解析を終えたザメロンが少し残念そうに言う。因みに「譲渡の守り」とは、魔術具の所有者が変わる際、元の所有者が新しい所有者に対して譲渡する意思を明確に有している事を条件とする
「無理やり奪うことも出来ないですし、収集は諦め――」
結論付けるように言うザメロンだが、最後のところで言葉を呑み込んだ。その目がぐっと見開かれる。丁度消えかかる魔術陣の端を見ていたところでの反応だ。
「……まさか、こんなところで……」
普段の飄然とした様子からは考えられない驚愕の声。その時ザメロンの目が捕らえたのは、護符が持つ本来の機能に関係のない魔術陣だった。全体が非常に洗練されているだけに、その部分が不自然だった。まるで後から別の者によって付け足された、そんな印象すら受ける、意味をなさない魔術陣。だが、その術式はここ二十年以上エグメルが、いやザメロンと元師が探し求めていた物だったのだ。
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それはまさに「鍵」であった。だが、鍵として取るべき形状を備えていない。それでも、北西の大地に残された僅かな形跡を鍵穴と考え、それを調べ尽くした者には分かる、明らかな特徴があった。
二十数年前、或る構造物を丸ごと亜次元へ切り離す、という試みを行った者がいた。その試みを行った者達は「塔の管理者」や「アルヴィリアの守り手」と呼ばれていたが、もっとも分かりやすい名称はリーザリオン王家だろう。そんな彼等が亜次元への切り離しを試みた構造物とは「北西の正塔」とよばれる古代ローディルス帝国の遺産。異神召喚に用いられた「制御の塔」の一柱だ。
勿論、戯れにそんなことを試みたのではない。その「北西の正塔」を本来の目的に用いるべく、手に入れようとする簒奪者が迫っていたためだ。その試みは寸前で成功した。簒奪者の魔手が今にも正塔に掛かる、まさにその時、「北西の正塔」は
目前で姿を消した「北西の正塔」に
その「繋がり」を解析し、辿ることで、一度この次元から消え去った「北西の正塔」を再び呼び戻す。「強制召還」の試みはエグメルの限られた者達によって行われていた。そして数年に渡る解析の結果、一つの結論が得られた。
――繋がりの途中に意図的に作られた「途切れ」が有る――
つまり、塔を亜次元へと切り離したリーザリオン王家は、その後収奪者達が消せない繋がりを辿る事を予想して、繋がりに人為的な細工をしたということになる。それはまるで、塔という存在に掛けられた鍵のようであった。
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魔術具の護符に秘められた「北西の正塔」へ至る「鍵」。それを見出したザメロンは驚愕と共に歓喜に包まれた。
「まさか、こんなところで見つけるとは思いませんでしたよ!」
飄然とした仮面を脱ぎ去り興奮を示す彼は、次の瞬間、船上へ相移転を終えていた。足元には蹲り気絶した少女の姿がある。ザメロンは無造作に手を伸ばすと、その少女の髪をグイと掴み、外見から想像もつかないほどの膂力で持ち上げていた。
「これですか……」
気絶した少女の容姿には全く興味がない、といわんばかりのザメロンは少女の襟首に指を掛け、一気に着衣を引き千切る。古代樹の板を仕込んだ皮鎧がその下の着衣と更に奥の下着ごと、まるで薄紙のように引き裂かれた。
「なるほど……確かに」
毀れ出た少女の双丘など眼中に無いザメロンは、その中央で頼りなく揺れる半月状のペンダントを凝視し、納得したように何度も頷く。
「『譲渡の守り』が厄介ですが……
誰に語る訳でもなく、一人そう言うザメロンに、その瞬間、異変が起こった。
「ザメロン師!」
頭上からメフィスの鋭い声が飛ぶ。それと同時に強烈な光が、矢のように差し込んで来た。
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