Episode_26.03 「海魔の五指」の戦い ――ブルガルトの死闘――


 竜牙兵は、その名の通り竜の牙に残る魔力とも精霊力ともつかない混沌とした力を核として、魔術により形成された操り人形ゴーレムの一種である。その能力は元となった牙の持ち主である竜の力に比例するとされているが、幼竜の牙から生成された竜牙兵でも、場合によっては二個小隊を殲滅することが可能な力を持つとされている。


 そんな竜牙兵だが「海魔の五指」の甲板上に現れた二体のソレは、尋常な個体からは逸脱した特性を備えていた。体長は通常よりも頭二つ分は大きい二メートル半に及び、それに比例して全身を構成する骨格が太く逞しい。また、その骨格の色も夜の闇に溶け込むような漆黒である。そして両の腕を二組み備え、上側の右腕には巨大な大鎌、下側の左腕にはこれまた巨大な大剣を持っている。


「……なかなか見ない珍しい型の竜牙兵ですな」


 船尾側楼閣の最上層から甲板を見下ろすバーゼル提督の感想であった。竜牙兵自体は何度か目にした経験はあるが、言葉通り、甲板に姿を現した二体は見たことの無い外観をしていた。


「いかにも、漆黒の古竜から採取した牙ですからな」


 対するザメロンは種明かしを勿体ぶるような口調で言う。そして、


「襲撃者達は上手くすれば何も出来ずに全滅でしょうな」


 と、言った。少し楽しそうに言う口調が、薄気味悪さを醸し出している。


「貴重な品によるご助力、痛み入ります」


 対して、バーゼルは余り本心からではなさそうな表情と口調で一応の礼を述べた。その本心は、自分の船で勝手な事をされた、という不満、そして何よりも、そんなに強力な存在を呼び出して後始末をどうするつもりだ? という困惑であった。


「船賃替わりと思って頂ければ結構です。それにご心配も不要、流石に船を壊し尽くすことは出来ないでしょうし、何より還元や解除で消し去ることは可能です」

「そ、そうですか……ひと安心ですな」


 そんな内心を見透かしたようなザメロンの返事に、バーゼルはここに来て自身の表情を取り繕うと、短くそう答える。そして、部下達には


「苦し紛れの反撃を警戒しろ、船首楼閣側の怪我人の手当てと消火を急がせ!」


 と指示を出す。その間も彼の視線は甲板に蠢く漆黒の存在を注視していた。


****************************************


「レッツ、ドーザ、お前たちは後退して距離を取れ!」


 ブルガルトは早々に目の前の黒い竜牙兵を尋常ならざる相手と見極めていた。そして長年の経験から、大勢で掛かれば被害が広がるだけだと判断し、自分が対処に当たることを決していた。


「バルロ、俺を援護しろ!」


 そして、左舷付近に居るはずの魔術師に声だけで指示をする。余り時間は掛けられない。船上の船首側にもう一体出現しており、藪潜りと優男の班が直面している。彼等は幾多の戦いを潜り抜けた百戦錬磨の古参であり、さらに遊撃班を指揮するダリアが臨機応変にそちらを援護するだろう。しかしながら、持ち堪えるだけでは被害が拡大するのは目に見えていた。


(――ったく、味な真似をする!)


 内心でそう毒づく。


強力なゴーレムである竜牙兵は「暁旅団」でも何度か利用した実績があった。一番最近では、数年前にリムルベート王国領内トルン砦からの撤退戦で、撤退の時間稼ぎとして使用したものだ。その威力は凄まじく、当時そんな伏兵の存在を予想していなかったリムルベートの騎士達は一体の竜牙兵に対して相当な被害を被っていた。なんといっても、魔術による操り人形ゴーレムである竜牙兵は剣や槍による攻撃が通用しにくく、さらに恐怖心というものを持ち合わせていない。自身の体が破壊され、動く事が出来なくなるまで、存分に暴れまわる狂戦士バーサーカーのような存在だ。


 そんな強力な存在だが、使用に際しては状況を吟味する必要がある。というのも、高位の複合魔術が生成する魔術的操り人形ゴーレムと異なり、竜牙兵はその生成こそ魔術を齧った程度の術者でも竜の牙さえあれば実行出来る簡便さを持つが、その裏腹に制御に必要な命令は至極単純なものしか受け付けないという制約がある。敵と味方の識別は不可能なのだ。敵と味方が入り乱れて戦うような戦場に竜牙兵を解き放てば、被害は味方に及ぶ危険性がある。そのため、竜牙兵が使用できる状況は撤退時の殿しんがりや、今のように周囲に敵兵しか存在しない状況でなければならない。


 そういう意味で、ブルガルトが内心毒づいたように、四都市連合側はうってつけの場面で竜牙兵を用いるという「味な真似」をしたことになる。


(まぁ、四の五の言っても仕方ないな)


 ブルガルトはしてやられた・・・・・・悔しさを、声に出さずに吐き捨てる。この状況でやるべき事はただ一つ、目の前の竜牙兵を早急に排除することだ。それを最小限の時間と被害で出来るのは自分しか居ない、という自負があった。


 そんな彼は、左手で腰の鞘から小剣を抜き放つ。銀色の流麗な剣身が船首で燃え上がる炎を赤く反射する。それは、名も顔も知らぬ彼の父が遺した品。強烈な弱体化ウィークネス鋭利シャープネスの力を併せ持ち、さらに刀身を重ねた別の剣にも一時的に同じ効果を付与するという魔術具の小剣で、その名は「付与者」と伝わっている。一介の傭兵であったと伝え聞く父がどうしてそんな高価な品を自分に遺せたのか、その仔細を疑問に感じるよりも早く、ブルガルトと共に在り、彼を剣鬼たらしめた愛剣である。


 ブルガルトは、抜き放った「付与者」の剣身で、右手の片手剣ロングソードの刃筋をなぞる。シャン、という金属が擦れる音と共に浮き上がった青い燐光は、直ぐに片手剣ロングソードの剣身へ吸い込まれるように消えた。それとほぼ同時に、指示を受けたバロルが発動した強力な身体機能強化フィジカルリインフォースと他幾つかの付与術の効果を感じる。


「来い、木偶デクのトカゲ野郎――」


 ゴーレム相手には意味をなさない挑発と共にブルガルトは正面を見据える。視線の先、漆黒の竜牙兵は五メートル手前まで迫っている。その両腕に握られた大鎌と大剣はそれぞれが目いっぱいに振り上げられている。


****************************************


 そこからの竜牙兵の動きは、ブルガルトの常識を上回る速さであった。巨大な体躯からは想像もつかないほどの素早く距離を詰め、広大な武器の間合いにブルガルトを捉えるや否や、電光の如く両腕の武器を同時に振るう。大鎌がブルガルトの足元を薙ぎ、大剣が斜め上から肩口を狙って振り下ろされる。


「――つっ!」


 ブルガルトの口から声を詰めた息が漏れる。次いで、ガツンと大きな音が響く。音の源は竜牙兵の大剣。それが船の甲板に叩き付けられた音だった。分厚い板材を幾重にも張った頑丈な床に大剣の剣先が深くめり込み、木っ端の破片をまき散らす。しかし、その場にブルガルトの姿は無い。


「いやぁぁっ!」


 次の瞬間、ブルガルトの声が竜牙兵の懐で上がる。彼は交差するように振られた竜牙兵の武器の間隙に飛び込み、その懐に潜り込むと、勢いそのままに右手の片手剣ロングソードを振り抜いた。狙いは人間で言うところの大腿骨。若木の幹ほどの太さの漆黒の骨を「付与者」の効果を得た業物の刃が切り裂く。辺りにぱっと火花が散った。


「ちぃっ」


 思わず舌打ちが漏れる。手に伝わる感触はまるで鉄の棒に切りつけたような強烈な振動と、ミシッと剣が鳴る不快な感触。流石に剣を落としたりはしないが、右手が軽く痺れるのを感じる。だが、ブルガルトが舌打ちを発した理由はそれではなかった。彼の放った斬撃は、一撃で竜牙兵の骨を断ち切ることが出来なかったのだ。「付与者」が持つ強烈な鋭利の効果を以てしても、彼の片手剣ロングソードは太い大腿骨に三分の一ほど食い込んだだけだった。しかも、なまじ深く切り込んだせいで、剣身を引き抜くのに一拍余計な時間が掛かる。


「っ!」


 剣を引き抜き次の攻撃へ移る、そんな瞬間、背後で殺気のような気配が膨らむ。ブルガルトは咄嗟に竜牙兵の脇へ逃れるように飛びのくが、


――ゴンッ!


 その背中を強烈な打撃が襲った。竜牙兵が武器を持たない方の拳で力任せに殴り掛かったのだ。その威力は大槌の一撃に匹敵するだろう。その証拠にブルガルトの金属甲冑は殴打された背面の装甲を大きく凹ませていた。


「ぐあぁっ」


飛びのきざま、追い打ちの如く襲った一撃はブルガルトの身体を跳ね飛ばす。着地も儘ならず、彼は甲板の上を滑るよう転がり、数メートル先で止まる。


(くそ、左肩が逝ったな――)


 眩暈がするほどの痛みがかえって意識を鮮明にさせ、彼はそんな風に冷静に自分の状況を認識していた。目は回るが意識は鮮明。その状況でブルガルトは何とか立ち上がろうと視線を竜牙兵に向ける。その視線は、竜牙兵の先にレッツやドーザといった若手中心の部下達の姿を捉えた。


 視線の先で、レッツが竜牙兵に飛び掛かろうとし、ドーザがそれを止めている。大方、ブルガルトが窮地に陥ったと思い助けに割って入ろうとしているのだろう。


(その姿勢はありがたいが――)


「ガキは引っ込んでろ!」


 何とか立ち上がったブルガルト、そう怒鳴り声をあげると再び右手の剣を構える。その切っ先はピタリと竜牙兵に向けられていた。


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