Episode_26.02 「海魔の五指」の戦い ――漆黒の竜牙兵――
左舷側から船上に乗り込んだブルガルト達だが、そこには思い描いていたような敵兵の姿は無かった。船首と船尾の楼閣側には少しの敵兵の姿があったが、彼等は大急ぎで周囲の船具に海水をぶちまけると、そのまま応戦せずに楼閣の中へ後退していった。
「
それがブルガルトの第一声だった。言葉の通りの意味である。舷側を巡って防衛戦闘に出てきた敵をバルロの魔術とジェイコブの精霊術で一網打尽にするつもりだったのだが、その当てが外れた格好だ。
(流石は四都市連合の海兵団というところか、陸の連中とは一味違う)
何処かしら感心したような感想を抱くが、その考えは耳元で起こった少し焦った声で遮られた。
「ブルガルト、どうする?」
「どうするのよ?」
声の主は「オークの舌」の首領ジェイコブとブルガルトの副官役を務めるダリアだった。二人は想定が狂ったことに焦りを感じているようだった。
「どうもこうも、臨機応変に行くしかないだろ」
対してブルガルトはそう答えると、次いで大声で後方に呼びかける。
「バルロ!
「わかった! しかし、連中の矢はそれだけだと防げないぞ!」
「そこは、ジェイコブが風の精霊で補強する! 急いでくれ!」
そんな遣り取りだ。近くではジェイコブが「勝手に俺を当てにするな」とぼやくが、結局ブルガルトの指示通りに動くことになる。
因みにバルロが言う通り、四都市連合の海兵が使う弩弓は船同士で撃ち合うことを前提としており、速射性を犠牲にする代わり威力に特化している。そのため至近距離で撃たれれば力場魔術による力の減衰を受けても尚、驚異的な殺傷力を持つのだ。それに対する防御策として、魔術と精霊術を併用するブルガルトの指示は理に適ったものであった。
「力場の展開完了」
「こちらも、
指示を受けた二人の術者は速やかに行動を完了させる。そのとき、配下の傭兵が声を上げた。
「船首側に弓兵!」
「船尾側もだ!」
ほぼ同時に上がった声と共に、数十本の矢が風切り音を発しながら両側から左舷に位置するブルガルト達へ降り注いだ。それらの矢は多くが船上の足元に突き立った。
「くぅ……」
「いってぇ、ちくしょー」
「どうしろってんだ!」
しかし、いくら威力を削がれたといっても、高所の利を取った相手からの射撃だ。それなりの威力を保った矢が傭兵達の元にも届き、不運にも矢を受けた面々が悪態とも悲鳴ともつかない声を発する。
「で、どうするよ、ブルガルト」
「骸の連中を連れてこなかったのが痛いわ」
「これだとジリ貧だぞ」
ジェイコブ、ダリア、バルロが口々に言う。対してブルガルトは、
「反撃しろよ、魔術と精霊術で」
と言うが、直ぐにジェイコブとバルロの反論に遭う。
「投射魔術も放射魔術も距離が近すぎて力場魔術が壊れる」
「風の天蓋を張りながら別の精霊は使えないぞ、常識だろ!」
という事だった。精霊術の方はジェイコブの部下が肩代わりすれば何とかなるかもしれないが、魔術の方はバルロ一人だ。
「だったら、ジェイコブだけでも――」
ブルガルトがそう言いかけた時、
「第二射来るぞ!」
と声が上がる。だが、それと同時に
(私が風の精霊で守りを受け持ちます)
そんな涼やかな声が彼等の耳元で響いた。勿論、声の主は小型帆船に待機しているリリアである。
「すまねぇ嬢ちゃん」
「ちっ……いけ好かないわ」
「そうして貰おう」
又も、ジェイコブ、ダリア、バロルの三人がそう言う。そして、
「さぁ、そうと分かったら反撃してくれ」
というブルガルトの言葉とほぼ同時に、第二射が雨のように降り注いだ。
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矢を撃ち込む側からすれば、これほど簡単な
「よし、このまま射撃で圧倒するぞ!」
という現場指揮官の言葉を実行するまでだった。少なくとも第二の矢を番えた彼等はそう思っていた。しかし、
「放て!」
という号令と共に弩弓から放たれた二度目の矢は先ほどとは異なる軌道を描く。先ほどは少し軌道を逸らされる程度だった風の流れが、目に見えて強力になっていたのだ。お陰で船上を狙った矢は大きく狙いを逸らして周囲の海上に払い散らされる格好となった。
「ちっ、なんだよ」
誰ともなく、そんな悪態を吐く。強力な魔術または精霊術による防御があるのは明白だった。だが、そんな中でも現場指揮官は次の矢を番える号令を出そうとする。こうなれば、襲撃者達の魔力が尽きるまで撃ちまくるだけ、そんな決意があった。矢の備蓄は十分過ぎるほど豊富に残っているのだ。
「もたもたするな! 次の矢、つが――」
だが、その指揮官が指揮棒替わりの曲刀を船上に向けた時、彼の視界に朱色の光が走った。それは、彼等が居る船首側楼閣第三層の外周へ直線的に飛び込み、背後の壁に突き立つ。そして、
――ドオォォンッ
次の瞬間、朱色の光は爆炎を伴った小規模な爆発へと変じた。それを契機に、二度、三度と朱色の光が走る。それら全て船首側の第三層に飛び込み、次々に爆発を起こしていった。
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「出し惜しんでも仕方ないから、全部使うぞ!」
「って、使った後に言わないでよ!」
とはバロルとダリアの遣り取り。バロルが全部使うと断言したのは備蓄していた魔水晶 ――予め特定の魔術の効果が封じてある魔石―― の事で、この場合は投射系の攻撃魔術である
「それでいい!」
一方のブルガルトは船首側の楼閣から射撃の気配が止んだことを確認しつつ、二人の言い合いを一言で片付ける。そして、
「ジェイコブは甲板の確保、藪と
と指示を飛ばした。因みに「藪」とは藪潜りのあだ名を持つ醜男の傭兵、「優」とは優男という外見がそのまま呼び名となった傭兵で、どちらも「暁旅団」の最古参傭兵である。
「レッツとドーサの班は俺と一緒に船尾側だ! ダリア班はバロルと共に遊撃、いいな!」
ブルガルトはそう言うと自身は若手中心で構成された二班四十人とともに船尾側へ向かうことにする。その間にも、ジェイコブやバロル達の精霊術、魔術の行使は続いている。特にジェイコブ率いる「オークの舌」の精霊術師達は、魔水晶から発した火爆矢によって着火した船首楼の炎を種火として、火の精霊を活性化させた。精霊術としては中程度の「
船首楼の第三層に着いた炎は直ぐに消えるかと思いきや、逆に油を注がれたように燃え上がる。赤々とした炎が船上を照らし、灰色の煙はリリアが張った分厚い風の層に遮られ、頭上に溜まり始める。その様子に「心得た」とばかり、バロルは無傷の船尾楼へも炎の魔術を撃とうとしていた。
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戦況は有利に傾きつつあった。楼閣への突入は骨が折れるかもしれないが、内部へ続く扉は堅い城門ならぬ日常使いの両開きの扉だ。内部に乗り込んでしまえば、そこは狭い空間である。数の差よりも戦力の質の差が重要になる。この点において、ブルガルトは部下達の力量に自信を持っている。
(どうなることかと思ったが、これで何とか――)
状況判断が安堵となって訪れる。だが、そんな内なる独白は、言い終える前に遮られた。
「な、なんだこいつ!」
「ぎゃっ!」
「うぉ、離れろ! 竜牙兵だ!」
「なんだ、こんなの見た事ないぞ!」
「いいから、距離を――ぐぁ」
船首楼へ向かった藪潜りと優男の班から悲鳴が上がる。ブルガルトは反射的にそちらへ目を向ける。
(竜牙兵、だと!)
悲鳴の中に紛れていたその名称にブルガルトは愕然とする。立ち込める煙を透かし見るように船首側へ目を凝らした。すると、
「……なんだ、あれは?」
思わず、そんな言葉が口を衝いた。それほど、その竜牙兵は異形だった。通常の竜牙兵よりも一回り大きく、通常の四肢に加えてもう二本の腕を備え、そして、その骨ばかりの全身は黒曜石の如く
ブルガルトは、驚きつつも対処できるのは自分だけだろうと思い、船首側へ引き返そうとする。だが、そんな彼の行動を引き留めるようなレッツの声が上がった。
「ブルガルト、こっちにも!」
思わず振り返るブルガルトの前方十メートルの距離、第四
(……)
生唾を呑み込む音を久しぶりに聞いた気がするブルガルトであった。
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