【最後の正塔編】終末の王都
Episode_26.01 「海魔の五指」の戦い ――誤算――
ユーリー達リムルベート・コルサス連合部隊が大型帆船「カルアニス」へ強行接舷した時点まで、時は少し遡る。
傭兵団「暁旅団」と「オークの舌」からなる混成部隊は、「暁旅団」の首領ブルガルトの指揮の下、もう一隻の大型帆船「海魔の五指」への接舷を強行していた。接舷へ至る手順はユーリー達の部隊と同様であり、広域に展開した力場魔術「濃霧」の下、「海魔の五指」から投射される対船用兵器を掻い潜ったうえでの、衝角による体当たりである。
これにより「海魔の五指」へ強行接舷を成功させたブルガルト達は、その直後から力場魔術
その見立ては、まさにその通りであり、ブルガルト達の奇襲的な船上への突入はユーリー達騎士と騎兵の混成部隊よりも遥かに円滑、かつ迅速に進んだ。だが、順調だったのは残念ながらそこまでであった。
ユーリーが率いる部隊は船上に足掛かりを得るまでの最も脆弱な時点において大きな反撃を受けたが、その後は魔術で敵の戦闘力を一気に奪い、後は敵を圧倒し降伏させた。だが、ブルガルトが率いる側は、船上への突入こそ円滑であったが、その後直ぐに難しい局面に直面することになった。それは、敵側「海魔の五指」が遅滞防御戦術ともいうべき防衛戦術を展開したことが原因であった。
この展開の差は、主に防御側となった四都市連合の各提督の指揮能力の差と言って良いだろう。特に、海兵から叩き上げ、第二海兵団提督を長年務めるバーゼル・ホットン提督は、その点で作軍部上がりの若手提督が率いる「カルアニス」よりも数段実戦慣れしていた。
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バーゼル提督は、不意に始まり先ほどまで文字通り頭を痛めていた頭痛がスッと引くのを感じる暇さえなかった。それほど事態は目まぐるしく、また特異なほど次々と変化していたのだ。
(まったく、とんだお
先ほどまで感じていた頭痛の種は、とんだお荷物こと「コルサス王国第二王子ガリアノ」の存在である。それ以外にも、中央評議会顧問のザメロンが突然姿を現した事や、コルサス王弟派で起こった国王ライアード暗殺、更にはその核心を知る人物であるガリアノ王子が正に自分の足元に潜んでいた事、そもそも現在はディンスへの攻撃作戦中である事など、歴戦の提督が頭痛を感じるには十分な状況が揃っていた。しかし、事態はそれどころではない。
(今度は敵襲か、一気に賑やかな夜になったな)
半ば開き直ったような心中であるが、そんなバーゼルの心中を
――正体不明の小型帆船を発見、数は二隻、急速に接近中――
――濃霧発生、小型帆船を見失いました――
――小型船の一隻はコルサス王子派に鹵獲されたアルゴニアの船の模様――
夜陰に紛れて接近した敵の小型帆船は発見直後に不自然に発生した濃霧によって姿を晦ました。勿論偶然ではないだろう。そこから分かることはただ一つ、襲撃者は用意周到な策を以てこの旗艦「海魔の五指」と「カルアニス」を攻撃しようと意図していることだ。しかも、襲撃者の船の一隻は、嘗ての作戦で王子派に鹵獲された南方アルゴニア帝国から派遣された船だという。
(ディンス攻撃に合わせて、旗艦を叩きに別動隊を発したか)
それが、バーゼル提督の
「提督?」
立て続けに報告を受け、それを聞きつつ沈黙しているバーゼルに対して、居残り部隊の大隊長が声を掛ける。その声は言わずもがな、防衛行動の指示を促していた。
「うむ、舷側防衛は放棄する――」
バーゼルの指示は力強い声となって表れた。ただしその内容は今のような状況における
「船首、船尾の楼閣へ立て籠もり防御に徹する」
バーゼルの指示は、そのようなものだった。奇襲を受ける格好にはなったが、場所は大海原のど真ん中、慣れ親しんだ
その上で、襲撃者側の視点に立って考えると、彼等がこの船を攻略するためには、接舷直後に強力な一撃を放ち、数の劣勢を覆す必要がある。また、ディンス港が攻撃されている状況下を考えると、彼等は焦っているだろうとも思える。
(小型帆船に陸上用の攻城兵器を搭載しているか、或は魔術師や精霊術師等を引き連れているいか)
バーゼルはそのように考えた上で可能性が高いのは後者の方だろうと見込んだ。というのも、嘗て自身が経験した王子派との戦闘や、それ以後各地で行われた戦闘の情報から、王子派は特定の傭兵団 ――精霊術師を多く抱える「オークの舌」―― を使いこなしていることをバーゼルは把握していた。また、直衛軍内にも魔術を使用する騎士の存在が確認されていることも弁えている。
(魔術師と精霊術師の組み合わせは厄介だが……奴らの力は有限だ、この船ならば耐えられる)
バーゼルはそう考えると、指示を続ける。
「いいか、敵の狙いはディンスを攻めている櫂船団への揺さぶり、こちらの継戦能力の棄損だ。戦力の中核は魔術又は精霊術になるだろう。速攻を意図しているはずだ」
居残り部隊の大隊長以下数名の現場指揮官の表情を確認しつつ、
「だが、地の利、数の利、時の利はこちらにある。じっくり守って敵が息切れしたところで撃退する、わかったか!」
バーゼルが発した指示に、部下達は力強く頷くと、機敏な動作で各自の持ち場へ戻っていった。後は各自が判断して部隊を指揮するだろう。長年苦楽を共にした部下達をバーゼルはこのように信頼している。と、そこへ
「流石提督、的確かつ冷静な指示。頼もしいですな」
と声を掛けたのは、騒ぎを聞きつけてやってきた評議会顧問のザメロンだった。それ以外にも、中型帆船に個室を割り当てていたザメロンの従者達 ――魔術師風の青年と正体不明の黒づくめの男―― も既に彼に付き従っている。
「ザメロン師、ガリアノ王子の身柄を含めて船の安全に問題はありませんので、どうか船室にて待機を――」
対するバーゼルは、先ほどまで感じていた頭痛の種を思い出し、部下に対して発していた覇気を幾分弱めた対応となる。だが「海魔の五指」の責任者として、喩え中央評議会に近い立場の人物であろうと、釘を刺さなければならなかった。権謀術数に優れていても、生の戦闘に素人が口を挟む余地は無いのだ。
「ははは、心得ておりますよ。しかし、こちらとしても
一方のザメロンは普段通りの飄々とした口調で言うと、脇に控えている魔術師風の青年に目配せした。それに対して青年はほんの一瞬だけ眉根を寄せて困惑とも不満ともつかない表情になったが、直ぐにそれを押し込めると、
「先ほどの采配を聞くに、船上にこちら側の兵を配さず、敵に明け渡すと」
と言う。無遠慮な物言いにバーゼルは少しムッとした表情で魔術師風の青年に視線を向ける。
「ならば、その船上に敵をかく乱する存在を呼び出しても構わないな」
青年は真っ向からバーゼルの視線を受け止めると、そういいながらローブの懐から何か取り出す。それは、黒曜石の光沢を持った大きな動物の牙のようなものであった。
「それは?」
「まぁまぁ役に立つことを請け合いますよ」
バーゼルの疑問に、魔術師の青年ではなくザメロンが答える。その声は少し愉快そうであった。
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