Episode_25.29 旗艦「カルアニス」 ――船尾楼制圧――
その瞬間、船上を満たした眩い光は魔術騎士アーヴィルの放った
ユーリーは力を失いかけた浮遊力場から抜け出すと船上に降り立つ。彼は火爆波を放つ前後の短い時間で船上の状況は読み取っていた。目の前には自軍の騎士達と対峙する敵兵の集団がある。浮足立って見えるが、それは前列の敵兵だけ。その後方には約百人の新手が隊列を整えている。恐らく、弩弓の一斉射の後に一気に肉迫するつもりだったのだろう。だが、その目論見はユーリーとアーヴィルの魔術で一旦遮られた格好だ。
一方、船首と船尾の両側の楼閣に陣取っている弩弓兵達に対しては、船首側は火爆波により大きな被害を出しているだろうが、船尾側の敵兵達は閃光により眩惑されて狙いを外しただけだと判断した。直ぐに第二射が始まると予想しなければならない状況だ。
そこまで読み取ったユーリーは、握っていた矢の出番は無いと判断し、それらを矢筒に戻しつつ、周囲に必要な指示を発した。
「ダレス、梯子の準備を急いで」
「わかった!」
ユーリーの指示で、同時に着地したダレスはさっそく縄梯子の設置に取り掛かる。
「アーヴィルさんは船尾側の楼閣けん制――」
一方のアーヴィルは、ユーリーの指示に同意する代わりに、既に展開を終え発動手前に達していた
炸裂した魔術は楼閣上層に居た敵兵達に悲惨な結末をもたらしただろうが、彼等の悲鳴や断末魔の叫びは鳴り響く轟音に飲み込まれていた。ユーリーは無意識に湧き上がる感傷的な同情心を無理やり押し込めると、
「引き続き両側の楼閣をけん制して!」
とアーヴィルへ向けて声は発しつつ、自身は前へと駆け出す。右手の魔剣「蒼牙」には
(……けど、手加減なんて出来ない!)
いつかの戦いで、騎士ロージに言われた言葉が一瞬だけ脳裏を過った。敵であっても抵抗する術の無い相手へ向けて魔術を放つことへの躊躇いを見せたユーリーに対して、その内心を見透かした上での厳しい叱咤だった。自身の躊躇いが味方を殺す、そんなロージの言葉はユーリーにとって、言われなくても分かっている
以降の戦いにおいて、特に一方的に魔術を用いて攻撃をする際、ユーリーは努めて冷酷に力を使うようにしていた。だが、相手は魔獣や魔神ならぬ生身の人。自らが造り出した炎や雷に撃たれて苦悶の内に命を落とす姿は、直視するのが辛いものだった。だからこそ、
(圧倒的に攻めて投降させる)
という発想に至ったユーリーは、展開状態を終えた魔術陣を発動へと移す。瞬時に魔剣へ預けていた魔力が増幅されて身体を駆け抜け、外へと放出される。
船上に三度目の破壊的な魔術が炸裂した。
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旗艦「カルアニス」での戦いの趨勢は、ユーリーが放った
その時、敵兵側は船首と船尾の楼閣からの弩弓による射撃を有効に使うため、乱戦の様相を呈していた左舷側から兵達を後退させていた。二か所の高所から矢により挟撃された襲撃者は、続く二の矢、三の矢を撃たせまいと、無理やりにでも前進し乱戦を再現しようとするしかない。そうして窮地に陥り前進しか進路がなくなった襲撃者を百人からなる第二陣で受けとめ殲滅する。それが彼等の思惑だった。
だが、そんな敵兵側の思惑は、ユーリーと魔術騎士アーヴィルによる魔術で打ち破られることになった。元々主力を送り出した後の留守兵力であったため、弩弓の専門兵の数は限られていたのだが、それらを自慢の統率力によって素早く配置し、全力で射撃を行う態勢を築いていたのが仇となった。船首と船尾の両楼閣の最上層に配備されたそれらの兵力は夫々がたった一度の魔術によって壊滅的な打撃を受けることになっていたのだ。
こうして弩弓による援護射撃の目論見が外れた後に残されたのは、捨て鉢になって前進してくる襲撃者を受け止めて殲滅するつもりで準備された、密集隊形の敵兵達だった。魔術を行使する者を相手にしての密集隊形は悪手の一言に尽きる。それは、国や組織、戦場の別を問わず共通した戦訓であり、この時の四都市連合の海兵達はそれが船の上でも尚、正しいと身を以て証明することになった。
密集隊形の中央部で炸裂した破壊的な魔術により、船上の敵兵は兵力と統率を大いに損なう格好となり、組織的な防衛は不可能な状態となった。その後は態勢を立て直したリムルベート王国の騎士達と、後続で乗り込んできたコルサス王国の精鋭により敵兵達は小集団に寸断され、各個撃破されることになった。
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船上での戦闘は、一気に終息へと向かう。その状況で、ユーリーは船上の制圧を騎士デイルとヨシンに、そして船首側の楼閣攻略をアーヴィルに任せ、自身はダレス等騎兵隊精鋭を率いて船尾側楼閣へと向かう。目的は旗艦「カルアニス」の総指揮官を確保し、降伏の号令を出させることだ。
巨大な船であるため、船内のどこかに立て籠もられると処理が厄介であるし、構造を把握していないため、思わぬ反撃に遭う可能性もある。また、先ほどの魔術によって生じた炎が燃え広がりつつあり、その消火や、退却してくる主力櫂船部隊への補給物資を投棄させるなど、やらなければならない作業は山のように残っている。それらの作業に投降兵を充てるという思惑もあった。
そのような思惑を以て船尾側楼閣へ入ったユーリー達に、敵兵側は不十分ながらも防戦の構えを見せていた。狭い船内の通路に障害物を置き、その背後から弩弓を射かけるという戦法は厄介であったが、ユーリーはそれらの攻撃に対して先頭に立って対処していった。
障害物へは
抵抗の激しさは、追い詰められた、という敵の精神状態を示している。これを力押しすればこちらにも不要な被害が出る。更には、万一敵の総指揮官を討ち取ってしまえば、船上の戦いは終わりのない殲滅戦へと変貌してしまう。今回の戦いの目的は敵の殲滅ではなく、現在ディンスを海から攻撃している櫂船団を退却させること。そして、船体を棄損し補給物資を遺棄することで継戦能力を奪い、デルフィル湾から退去させることだ。
その事を十分に認識しているユーリーは、第三層を守る敵兵の最後の勢力に対して
「こちらには魔術を行使する用意がある。纏めて吹き飛ばされたくなければ降伏しろ!」
という恫喝を掛ける。言葉だけではない。実際に小規模な爆発を起こす
「――わかった、降伏する」
という、敵の総指揮官スタッド・バーミル提督の降伏宣言が力ない声によって発せられた。
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