Episode_25.28 旗艦「カルアニス」 ――船上の戦い3――


「指揮官?」

「だろうな……俺がやる」


 迎え撃つ態勢を取りつつ、ヨシンの声にデイルは冷静に答える。そして、すっと態勢を低くした状態を作り、両手で大剣を正眼に構えつつ相手を観察する。


 観察するといっても、時間は極僅かにほぼ一呼吸のみ。その間でデイルは相手を見る。装備が他と違うのはやや厚みが感じられる革製の胴衣を身に付けているから。左手は頑丈そうな手甲をしているが、丸盾は持っていない。一方、右手にはこれも他の敵兵とは違い、やや刀身の長い片刃の直刀を持っている。刀身が薄く如何にも軽そうな武器だ。そして、兜の替わりに布を頭に巻いた風貌は、思ったよりも若々しく自信に満ち溢れている。


(俊敏さで翻弄する戦い方、か)


 それが、デイルの直感だった。と同時に、二人を一刀で両断した場面を見ても物怖じせずに突っ込んでくる勇敢さと、部下の兵士達への統率ぶりを合わせて考える。答えは自ずと、油断できない相手、ということになる。


 敵の指揮官はデイルの考えを裏付けるように動いた。猛突進を掛けていたその身体が、デイルの攻撃間合いに入る直前、視界から消えたのだ。


(――っ、左ぃ!)


 敵の指揮官はデイルの視界から掻き消えたように見えた。しかし、魔術師ならぬ者が一瞬で姿を消すなど出来るわけがない。デイルはその寸前まで観察していた相手の筋肉の張りや関節の動き、体重移動などから、咄嗟にそう判断すると、ほぼ勘を頼りに大剣を振るう。


――ガキィ


 振るわれた大剣は宙を切る。代わりにデイルは手甲に強い打撃を受けた。一撃を受けたのは左手首。強烈な一撃に感覚が麻痺し、思わず大剣を取り落としそうになる。デイルは右手一本の力で振り抜いた大剣を手元に引き戻す。


「――遅い!」


 嘲りの籠った声が響く。声は左から聞こえたが、その直後にデイルの視界を黒い影が横切った。全閉兜の限られた視界を相手は十分に心得て、利用しているようだ。


「こっちだ、うすのろ!」


 今度は声が右から聞こえた。普通の相手ならば、この状況で声を頼りに、又は罵倒に激高して、声のするほうへ武器を振るうだろう。それが敵の指揮官の戦法だった。


片手の自由を奪った上、もう片方の手で重たい武器を振るえば、その後に大きな隙が生まれる。今の場合だと、右手を右に大きく振る格好、つまり正面に対して大きく身体を開いた態勢になる。いかに重装備の鎧であろうと、関節が有る以上隙間がある。その隙間が最大限に開くのは、往々にして関節が伸び切った状況だ。その状況を作り出し、後は持ち前の俊敏さを生かし、切れ味に重点を置いた切っ先を無防備な隙間に差し込む。こうして、敵の指揮官は重装備の相手に勝利を重ね、若くして部下の信頼を勝ち得てきた。


 果たして、その戦法は今回も成功すると思われた。デイルは敵の声がする方に大剣を叩き付けるように振り出したのだ。


「それはマズ――」


 後方に下がった位置で見ていたヨシンが思わず「それはマズイ」と声を上げる。一方、敵の指揮官はデイルの斬撃の軌道を読み切り、その場に屈みこむことで大剣を頭上にやり過ごす。そして次の瞬間、両脚の力を爆発させるように大きく跳躍した。


 狙いは重装鎧のネックガードの内側、首筋を通る大きな血管を断ち切る急所。上からでなければ狙えない場所だが、敵の指揮官はその態勢を自身の跳躍によって作り出した。


(勝っ……なっ!?)


 その瞬間まで、敵の指揮官は勝利を確信していた。そんな彼が振り下ろす直刀は無防備となった騎士の首筋に突き立つはずだった。だが、無防備になっているはずの場所に、先ほど振り抜かれたはずの大剣の切っ先があった。


一拍手前の右への振り抜きは相手を誘うフェイントだった。ただし、その斬撃自体は当たれば首を容易に撥ね切る威力である。それを右手一本で繰り出した上、剣に乗った勢いを殺し切り、デイルは振り抜いた直後に身体の正面へ引き戻したのだ。こうなってしまうと、既に跳躍し、宙に居る敵の指揮官には成す術が無い。そのまま、大剣の切っ先へ飛び込む格好となってしまう。


「ぬんっ!」


 金属を打ち付けるガキンという音と、デイルの短い気合が交差する。金属音は敵の指揮官の最後の足掻き。ただし、その直刀はデイルの上腕を守る甲冑に弾かれる。一方、デイルの大剣はその切っ先で敵の指揮官の鳩尾みぞおちを捉えた。他の兵とは違う厚手の革胴衣も、山の王国のドワーフが鍛えた業物の前では薄絹一枚も同然。結果、敵の指揮官は断末魔を上げる事も出来ず、デイルの大剣に刺し貫かれた。


 落下の勢いに一人分の重量まで加わった結果、流石のデイルもその場で持ちこたえることは出来ずに、一歩二歩と後退しつつ剣先を下ろす。勢い、敵と対面する格好になる。大剣を根元まで埋め込まれた敵の指揮官は凄まじい形相のままで息絶えていた。


「た、隊長が――」

「嘘だろ!」

「どうする?」


 指揮官喪失は、敵兵達に動揺となって急速に広まった。


***************************************


 ヨシンは、一連の戦いを少し下がった場所から見ていた。敵の指揮官の突進から始まったデイルとの一騎打ちに他の敵兵が絡んでくる様子は無い。左舷中央のヨシンとデイルが居る場所は、敵兵達が自分達の指揮官の戦いを見守るような雰囲気となっていた。


 敵の指揮官の強さはヨシンからみても息を呑むようほどであった。特に俊敏さは、身体機能強化の付与術を掛けたユーリーに匹敵すると思われた。更に、重装備の敵に対する確固たる戦略を持ち合わせているようで、動きに迷いが無かった。


 それだけに、そんな強敵を打ち破ったデイルの凄さが良く分かった。特に、最後の一撃に入る前のフェイントは、ヨシンをしてもそれと見破れるものではなかった。


(実戦だとこんなに違うのか、強いな……)


 というのが、正直なヨシンの感想である。時折行う稽古で、ヨシンはデイルに対して三本に一本は安定して取ることのできるほどになっていた。そのため、嘗て憧れの対象であった騎士に追いつきつつあると実感していたヨシンだったのだが、今はそんな考えを改めなければならないと感じていた。


(やっぱ、訓練あるのみだな)


 戦場の只中でそんなことを考えるヨシンであるが、彼が特別呑気な訳ではない。指揮官が打倒された今、敵兵の圧は目に見えて下がっているのだ。


左舷の中央付近で突出していたヨシンとデイルに対峙していた敵兵から、両翼で侵入した騎士達と乱戦を繰り広げていた敵兵達へ動揺はあっという間に広がる。その結果、両翼で拮抗していた戦いは襲撃を仕掛けた側が有利に動き始めた。


「後退! メインマストまで後退!」

「下がれ、態勢を立て直す!」


 遂にそんな号令が敵集団の後方から上がった。号令を受けた敵兵達は船の中央線上に並ぶ帆柱マストの付近まで後退を開始する。


「よし、まずは最初の山をこえ――」


 その光景に、敵の骸から大剣を引き抜いたデイルがそんな声を発する。だが、その言葉は別の方向から上がった号令に遮られた。それは、


「撃てぇ!」


 という単純な号令。それが、彼等から見て船の左右両端に当たる船首と船尾の楼閣から上がった。その意味するところは単純だ。


「しまった、矢だ!」


 有利になりかけた形勢はまたも不利へと傾く。敵兵達が退いたのは、このためだったのか、と納得しても既に遅い。ヨシンは悪態と共に、身を隠せるものを探すが、既に射撃の号令が掛かったのだ。猶予は無い。


(くそっ!)


 その場で姿勢を低く取ることしかできないヨシンは内心で悪態を吐く。しかし――


「――っ?」


 その瞬間、船上は眩い閃光に包まれ、


――ドォォンッ


 轟音と共に船首側の楼閣が炎に包まれていた。


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