Episode_25.27 旗艦「カルアニス」 ――船上の戦い2――


 騎士デイルを筆頭にリムルベート王国勢で占められる切り込み隊は、船上に飛び込むと、ヨシンへの包囲を狭めていた敵兵達を一時的に後退させた。結果としてヨシンを追い詰めていた包囲網は一旦寸断された。だが、それは極僅かな時間にとどまる。旗艦「カルアニス」の敵兵達は新手の登場を予想済みだったようで、一時的に後退したものの、その後はこれまで以上の圧を前列にかけ始めたのだ。


 船上ではヨシンやデイルが乗り込んだ左舷中央部の船縁付近を中心とした乱戦模様が展開されている。その乱戦の反対側にあたる船の中央から右舷に掛けては、乱戦に巻き込まれていない敵兵集団が隊列を整えつつあった。最初にヨシンを迎え撃った三十人ほどは当直の甲板警備兵だったのだろう。そんな彼等が襲撃者を迎え撃っている間に、旗艦「カルアニス」は船内に残っていた兵力を甲板に上げて応戦態勢を整えつつあったのだ。


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 ヨシンとデイルは、ほぼ背中を預け合うような態勢で各自の武器を振るいつつ前へとにじり・・・進む。とにかく敵を退け空間を作り、そこへ進み出る。後続の切り込み隊が船上に下りる場所を作らなければならなかった。そうしなければ、後続の者達は敵中に飛び込むことになってしまう。実際、デイルの次の組みだった騎士の中には運悪く敵集団の中に飛び込んでしまった者が数人いた。彼等の生死は不明な状況だが、この状況で敵集団に飲み込まれてしまえば、頼みの綱である重装備も役に立たないだろう。


「前へ!」

「押し返せ!」


 騎士の一人が怒声を上げると、それに対するような号令が敵兵集団から上がる。そんな中、集団のほぼ中央に位置するヨシンとデイルは敵の戦列に一番深く食い込んでいる。必然的に、彼等二人に対する敵の攻撃は熾烈を極めることになった。


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 ぐるりと半包囲するように列を詰める敵兵だが、最初にその強烈な膂力を見せつけたヨシンに対しては自然と間合いが広く保たれている。どれ程訓練で鍛え込んでも、本能的な恐怖は拭い去れないということだ。だが、その恐怖によって生まれた中途半端な間合い ――剣を持った手を伸ばしても相手に剣先が届かない程度の間合い―― が、かえって彼等に不幸をもたらす。


斬撃のみならず、刺突も得意な長尺の武器である「首咬み」にとって、それは相手を突き刺すのに丁度良い・・・・間合いだった。


「せいっ、やぁ!」


 気合と共に鋭い四角錐状の穂先が空気を切り裂き二度走る。一度目は覚悟を決めたように踏み込んできた敵兵の喉元を穿ち、二度目はその隣の敵兵の盾を強引に押し退けて胸に突き立った。二度目の突きを受けた敵兵が、断末魔の形相で「首咬み」の穂先にしがみ付く。これをされると、普通は武器を手放さざるを得なくなる。


だが、ヨシンは逆に満身の力を込めて穂先を手前に引き戻した。結果的に、ほぼ虫の息となりつつも穂先を抱え込む格好となっていた敵兵もつられて引き倒されたが、敵兵の方は倒れる間際にヨシンの強烈な蹴りを受けて、


「げぇっ」


 と革袋が潰れるような音と共に、仲間の列へ吹き飛んでいた。


「今だ! 掛かれ!」


 この状況を好機ととらえたのだろう、そんな号令がかかった。これまで敵兵の後方から聞こえていた号令は、いつの間にか間近から聞こえるようになっている。甲板警備兵を指揮していた指揮官が前列へ上がってきたのだろう。


 だが、ヨシンにその事を考える余裕はなかった。穂先に縋り付いて来た敵を強引に蹴り飛ばしたのはいいものの、流石に態勢を崩していたのだ。そこへ、号令に急き立てられた敵兵の前列が急迫する。その先陣を切るのは三人の海兵。


 一人は丸盾を前面に押し出し体当たりの構え、残り二人は短めの湾曲刀カトラスを大上段に構えて向かってくる。対するヨシンは、敵兵を蹴り飛ばした右足を前に半身の構えであるが、蹴りを放つ際に「首咬み」から右手を離してしまっている。そのため、穂先は足元を向いたままだ。


 中途半端な態勢で敵の突撃を受ける格好となったヨシンは、咄嗟に武器を「折れ丸」に切り替えようかと考えるが、間に合わないと判断する。そして右手で再び柄を握ると、「首咬み」の穂先を目いっぱいの力で振り上げる。


――ゴツッ


 という手応え。


「グォッ、オオッ!」


 という、敵兵の絶叫。そして、


――ガツンッ


 と脳髄を揺らす衝撃。


 ヨシンの「首咬み」は、穂先に備えた斧刃で体当たり同然に突っ込んできた敵兵の脇腹を斜め下から断ち割り、肋骨に下から食い込んで止まる。だが、腹に刃を埋め込まれた状態の敵兵は止まるどころか、そのまま飛び込むようにヨシンに迫ると、丸盾でヨシンの顔面を兜の上から殴打した。まさに捨て身の一撃だった。その衝撃でヨシンは一瞬意識が朦朧とし、「首咬み」を手から離してしまう。そこへ、体当たりした敵兵の体重がもろに圧しかかった。


(マズ――)


 殴打でズレた全閉式兜クローズドメットの欠けた視界の先には、自分目掛けて振り下ろされる二つの刃がある。上手く装甲のある部分で受ければ問題の無い攻撃だろうが、あいにく今は転倒を堪えるので手一杯だ。何処を斬り付けるか選び放題の刃が妙にゆっくりと振り下ろされる。


 その瞬間、ヨシンの視界は迫る切っ先を忘れて、愛する女性の姿を浮かべていた。泣き腫らした瞳で無理やり笑顔を作るのは、ヨシンが戦いに赴く時にマーシャが見せるいつもの表情だ。次いでその表情のまま、マーシャの姿が一気に幼くなる。場面は何時しか懐かしい樫の木村へと変わっていた。そこには、騎士になりたいと言う少年の頃の彼自身と、曖昧な表情で頷く少年ユーリー、そして、その二人に向かって泣きながら文句を言うマーシャの姿があった。


(オーガーに食べられることは無かったが……すまないな)


 死ぬ間際には、昔の光景が目に浮かぶと聞いていた。そんなヨシンは、心の中で妻となった幼馴染へ詫びの言葉を呟く。だが、ヨシンを追い詰める二つの刃は、彼の覚悟とは裏腹に、振り下ろされることは無かった。


次の瞬間、迫る刃に対して銀色の光が稲光のように走った。


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 デイルは、乱戦と化しつつある船上で敵の列に最も深く食い込んでいる、という状況から、戦い方を守り重視に切り替えていた。後続が追い付かなければ、突出した彼とヨシンの二人は敵に完全に包囲されてしまう。そうなれば、いかに剣技が上手かろうと、いかに強靭な膂力を持とうと、一溜まりもない。


その冷静な判断は、やはり騎士としての戦歴の長さが齎すものだった。その点でデイルはヨシンよりも一日の長がある。そんなデイルだが、彼に向かってくる敵兵の攻撃は、ヨシンに対するものよりも積極果敢なものだった。


 デイルとヨシンが二人並んだ時、元々大柄なヨシンの背丈は既にデイルを追い抜いている。一方のデイルは、大剣を操る騎士として見ると、やや細身な体格である。そのため、緒戦で一時的に敵を圧倒したヨシンに比べると、デイルの方がくみし易いと見えたのだろう。敵兵はデイルに対してやや無遠慮に間合いを詰めていた。


 そうやって殺到する敵の攻撃を、デイルは躱し、受けとめ、無理のない範囲で反撃する。前と左右に敵がいるという状況は難しいが、敵兵の攻撃自体は凡庸な兵士の範囲を超えるものではない。強いて挙げるならば、素晴らしく勇敢だ、という点で厄介なだけだ。


(このまま堪えて、後続を待つ)


 デイルはその考えを共に戦うヨシンと共有するため、視線を彼へ送る。だが、その先には、敵の突進を受け止め損ねて転倒寸前の状態となったヨシンの姿があった。


(なにやってるんだ――)


 心は悪態を発するが、それよりも身体が動いた。これまでは小刻みに敵の攻撃をいなし・・・ながら、これまた小さい動きの突きを放つだけだったデイルの大剣が、この時大きく空を切り裂いた。


 デイルは素早く一歩踏み込み、ヨシンへ殺到する敵兵の前へ割り込む。そして、刀身を平に寝かせた状態で頭上に構えていた大剣を、手首を返しつつ全身の力を使って斜めに切り下ろす。身体はその場で独楽こまのように回転するが、手に持った大剣はまるで稲妻のような速さで空を走る。


 間合いが十分に取れない状況で大きな武器を活用するための体捌き。そこから繰り出された強烈な斬撃は、敵兵二人を纏めて斜めに切り裂いた。鎖骨、肋骨、背骨、腰骨、そしてそれらをつなぐ筋肉や腱は、デイルの剣をもってすれば、まるでよく乾いた白木程度の邪魔にしかならない。デイルの剣技と、二代前からラールス家に伝わる山の王国製の業物の両方が合わさって成しえる剛剣であった。


 ヨシンに迫っていた敵兵二人は、断末魔を上げる事さえ出来ずに身体を両断されて足元に転がる。瞬く間に足元に血溜まりが広がる。その光景に、他の敵兵達は二の足を踏む。


「しっかりしろ、攻めるばかりが能じゃない!」


 そんな敵兵を後目に、デイルはヨシンのズレた兜を直してやると、ついでに気合を入れるようにゴンと殴った。


「す、すみません、助かりました」

「助かったはまだ早い! 来るぞ!」


 見れば、二の足を踏んでいた敵兵の列を割って、一人の敵兵が駆け出してきた。


「俺に続けぇっ!」


 装備が他と少し違う敵兵は、周囲を鼓舞するように声を張り上げると、真っ直ぐにデイルめがけて突進を開始した。


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