Episode_25.26 旗艦「カルアニス」 ――船上の戦い1――



 名乗りを上げるヨシンに対して、残りの弩弓から放たれた矢が殺到する。その大部分は偽竜の大盾ドレイクシールドによって弾かれるか、浅く表面に突き立つ程度だ。しかし、幾本かの矢は盾に守られていない部分を掠めるように飛んだ。


 それらの矢は、今度はヨシンが身に付けた甲冑によって後方へ逸らされる。だが、その内の一本が丁度盾を保持していた左腕の肘上、二の腕を守る装甲と可動する関節部の装甲の継ぎ目に飛び込んだ。強烈な威力の矢は、その部分を切り裂くようにして後方へ抜ける。


「つっ、なんのおぉ!」


 鋭い痛みを押し返すような気合を発するヨシンは、大盾をその場に残すと単身で敵兵集団との間合いを詰める。その行動は一見無謀を上書きするような蛮行に見える。だが、幼馴染ユーリーの影響から、常に頭を働かせ状況を冷静に思考するよう心掛けているヨシンには、しっかりとした思惑があった。それは、


「――たかが一人だ、抜剣!」


 という敵兵指揮官の号令によって成就する。第一射を撃ち切り、次矢をつがえる態勢になっていた敵兵達は、その号令によって弩弓を手放すと次々に抜剣、ヨシンとの近接戦闘に向かうことになる。その結果、彼の後に続く格好となった騎士デイル達は最も無防備になる船上へ乗り移る瞬間を弩弓で狙われる危険性がなくなった。


(でも、この数はちょっとキツイ……かぁ!)


 思惑が叶った代償として、後続が追い付くまでの一時、ヨシンは三十を超える敵兵を一手に引き受けることになっていた。だが、この程度の不利でヨシンの心が畏れを感じることは無かった。


「掛かれ!」

「こいやぁ!」


 敵兵指揮官の号令と、ヨシンの怒声が船上で交差する。号令に急き立てられるように突進してくる敵兵は皆、四都市連合海軍の旗艦に乗り込む精鋭兵だが、船上での戦闘を主眼に据えた彼等の装備は陸戦の最高峰というべき騎士の装備に数段劣る。その上、彼等にとっての不幸は、立ち向かった相手がヨシンであった、という点だろう。


――ブンッ


 長尺で重たい斧槍ハルバートとは思えない風切り音を発し、名工揃いの山の王国で鍛えられた鋭利な刃が敵兵を襲う。その攻撃範囲に入った者には悲惨な結末が待っていた。


「ぎゃ!」

「うごっ――」


 愛槍「首咬み」の一振りでヨシンは敵兵二人を打倒す。一人は剣ごと右腕を肘の下から叩き斬られ、もう一人は、その勢いのまま横殴りに襲い掛かる刃に頭蓋を叩き割られた、といった具合だ。途轍もない強振である。だが、ヨシンの強み・・はこれだけに留まらない。


――ドンッ


 甲板を踏み抜くような勢いでヨシンは右足を一歩踏み出し、踏ん張りつける。その結果、敵兵二人を屠るほどの勢いがあった「首咬み」の穂先は宙の一点でピタリと動きを止める。長尺の武器を振り回せば、おのずとその後には隙が生まれる。その隙を自慢の膂力で強引に埋めた構えだ。急激な動きの変化に、穂先に纏わりついていた血糊と脳漿だけがベタベタと周囲にまき散らされる。


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その猛烈な強さを前に、襲撃者へ殺到しかけた敵兵の最前列は多々羅を踏むように足を止めた。背後では「ひるむな!」「前へ押し出せ!」などと号令が上がっている。状況的にも相手は排除しなければならない襲撃者だ。だが、金属製の甲冑を身に付け、両足を広く踏ん張るように腰を落とし、槍の穂先を真っ直ぐこちらに向けて微動だにしない敵の姿に、彼等は本能的な恐怖を感じていた。全閉式の兜の奥で、冷酷な瞳が次の獲物を見定めているように思える。そして、足元に転がる仲間の死体が直ぐ後の自分の姿に思えてしまう。


 このように敵兵の前列はヨシン一人に恐怖した。しかし、後続の者達の前進もそれを指示する号令も変わらない。結果、不幸な前列の敵兵達は強制的に恐怖の対象ヨシンとの間合いを詰めざるを得なくなる。鋭い斧槍の穂先によって更に二人が倒された。


 だが、仲間が倒されても彼等の前進は止まらない。四都市連合の精鋭海兵たるべく行われる厳しい訓練の繰り返しが、勇敢さや冷静さとは別の次元で彼等の行動を律していた。結果として、敵兵は一度崩れかけたが統制を取り戻しつつあった。


一旦統率を取り戻せば、そこは四都市連合が誇る精鋭海兵である。白兵戦の標準装備としている小型の丸盾を前面に押し出し、隊列を組んで重装備の相手を包囲する。そして徐々に包囲を狭める。勿論、襲撃者の反撃により幾人もの仲間が傷付き、倒れる。だが、彼等はそんな者達を踏み越えるようにして前へと進むと、ついに襲撃者を船縁へ追い詰めた状態となった。


「掛かれ!」


 十分に包囲を狭めたところで、指揮官がそう叫ぶ。それを合図に、前列の兵達は盾を前面に押し出していた態勢を入れ替える。そして、数十本の抜き身の剣先が襲撃者目指して突進を開始した。


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 魔術による空中浮遊の感覚は、一度や二度の練習で慣れることは出来ない。何とか姿勢を保つのがやっと、といった状態のデイルは浮遊力場の魔術が身体を持ち上げる速度の遅さに気を揉みつつ、


(パルサなんかは喜ぶんだろうが……今度ユーリーに頼んでみようか)


 と、場違いな事を考えていた。四つに育った愛娘パルサは元気と好奇心の塊のようなお転婆に育ちつつあった。健康ならばそれでいい、と考えていたデイルだが流石に将来、パルサが妻ハンザのように「騎士になりたい」と言い出したらどうしよう、などという漠然とした心配をするようになっていた。


(まったく何を考えているんだ、俺は……)


 戦いを目の前にして愛する者達の姿を思い浮かべる自分にデイルは苦笑いの心境となる。今ではリムルベート随一の剛剣の使い手と言われるまでになっているが、中身は身分違いの恋に悩んでいたころから成長したという実感がない。寧ろ、その成長を目の当たりにしてきた三人の元少年 ――ユーリー、ヨシン、そしてアルヴァン―― らのほうが、自分よりもよほど立派になったと思うほどだ。


 三人の内アルヴァンは、最初の出会いは別として、元々が主家筋であるウェスタ侯爵家の跡取り息子だ。ウェスタ侯爵家の名に恥じない才覚を若いころから発揮していた。一方、ユーリーは昔からどことなく周囲とは違う雰囲気を漂わせていた。それは、魔術を使うとか、頭の回転が速いとか、そのくせ剣も弓も早いうちから一流の域であったとか、そういった事実を超越した雰囲気の違いであった。


(どこかの王族の血脈だとか……さもありなん・・・・・・、だな)


最近、そのユーリーの出生についての経緯を聞き知ったデイルは奇妙な納得を得た気持ちになっていたものだが、そんな事実を差し引いても、ユーリーの成長は目を見張る。


今回の襲撃作戦も自分達の部隊の指揮官はユーリーということになっているが、コルサス王子派はもとより、リムルベート王国の騎士側からも不安や不満の声は上がらなかった。それは、デイルからすれば途轍もないことのように思える。アルヴァンのように確固たる地位による前提があるわけでも、デイル自身のように組織上の役割があるわけでもなく、ユーリーは実力で信頼を得ているということになる。


恋人リリア絡みで取り乱すくらい・・・が丁度いいんだよ)


 苦言を呈したこともあったが、デイルとしては内心そのように考えている。そうでなければ自分が知っている嘗ての開拓村の少年だった面影を見失いそうに感じるほどだった。


「それに比べてヨシンは――」


 浮遊力場の中で思考を遊ばせていたデイルは、そう声に出して区切りをつける。その時、目の前を埋めていた壁のような船腹が途切れた。急に開けた視界のすぐ先では、数十人の敵兵に取り囲まれたヨシンの姿があった。相当斬ったのであろう。ヨシンと敵兵との間には敵兵の死体が複数転がっている。だが、そんなヨシンも手傷を負っているようだった。


「いくぞ、続け!」


 デイルの号令も、それはそれで堂に入ったものだ。その号令を受け、彼を始めとした複数の騎士が船縁に足を掛けると船上へ跳躍する。彼等は、その場にいた敵兵を押しつぶすように着地すると、各自の剣技と厚い防御を生かして、ヨシンに対する包囲網を寸断するのだった。


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