Episode_25.25 旗艦「カルアニス」 ――突入――
目の前に聳えるのは旗艦「カルアニス」の船腹、その高さは満載時でも喫水から約三メートル。今は多少積載量が減っているだろうから、凡そ三メートル半ほどだろう。ユーリーは濃霧に閉ざされた視界の中、見通せない上方を見上げてそう考えた。
海上に聳える三から四メートルの城壁のような船腹。この壁のような船腹を、敵の防衛攻撃をかいくぐってよじ登るのは並大抵の困難ではない。加えて、通常軽装備に留まり防御力に劣る海兵がそれを行う場合、攻撃側の損耗は非常に大きくなる。これが四都市連合海軍勢力旗艦の強みであった。
嘗て、ニベアス島近海で発生したロ・アーシラとの大海戦において、第三海兵団旗艦「海魔の五本角」とニベアス海軍旗艦「オルチロス」はこの圧倒的な防御力を生かしてロ・アーシラ海軍の攻撃を一手に引き受けた。結果、攻めあぐねたロ・アーシラ海軍の側面に対して機動力に勝る四都市連合の三段櫂船集団が突入。船団の横腹を食い破られる状態となったロ・アーシラ海軍は混乱のなか遁走せざるを得なくなり、多くの船がニベアス近海で海の藻屑と消えた。
当時新興国であったロ・アーシラが旧来のリムル海支配者であった四都市連合の制海権に挑み、惨敗した戦いである。以後ロ・アーシラは中原地方を中心とした陸上勢力拡大にまい進することになった。一方、四都市連合にとっては、以後十数年間の海上優位を確立した勝利といっても過言ではない。その輝かしい戦果戦訓から、以後配備された四都市連合海軍の各旗艦は全てが海上防御を優先しつつ積載量を増大化する、といった大型化思想となっている。
(でも、当時の海戦には船腹の高さを無効にして飛び込んでくる重装騎士の姿はいなかっただろう――)
事前に詰め込んだ知識を反駁しつつ最後にそう付け加えたユーリーは、右手の蒼牙に目を落とす。そして、一拍の呼吸の後、体内に渦巻く念想上の白い燐光 ――魔力―― を剣の刀身へ叩き込むように移動させる。
――カタッ
魔力を呑み込み、ひと際青みが増した刀身から音とも振動とも取れない反応を感じる。それが魔剣「蒼牙」が持つ
ユーリーはこれを暁旅団の魔術師バルロから習得していた。現在に伝わっている力場魔術としては高位の魔術であり、ユーリーの技量では上手く扱うことが難しいものだが、短時間の特訓と蒼牙の力を利用した魔力量のゴリ押しで発動するに至っている。
「準備完了……行こう!」
瞬間的に大量の魔力を消費した反動による軽い眩暈を押し殺し、ユーリーはそう言うと一歩足を踏み出した。だが、
「一番乗り、お先にっ!」
そんなユーリーを押しのけて不可視の力場に飛び込む者があった。それは、
「ちょっ、ヨ、ヨシン!」
幼馴染の大柄な騎士で、
元の
「顔を出したら矢が来るから、気を付けて!」
「わかってるって!」
思わずそう声を掛けたユーリーに、ヨシンの返事は大声だが普段通りの口調だった。そんな彼の様子に、ユーリーは半ば呆れるような気持ちになっていた。
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突入における作戦は、傭兵団「暁旅団」が得意とする戦法の模倣だ。強引に接舷した後は、砦の壁を飛び越える要領で魔術を用いて一気に船上へ突入、制圧する、という単純なものだ。勿論、百人全てを上げるには力場が持たないため、最初の二十人ほどが文字通りの切り込み隊になる。残りの者達は、船上を確保した切り込み隊が垂らした縄梯子を登って上を目指すことになっている。
実はこの切り込み隊の人選について少し揉めた経緯がある。ユーリーが指揮を任された側の船には、コルサス王国王子派の遊撃騎兵と遊撃兵団を中心とした精鋭七十人。それにリムルベート王国からやってきた応援の騎士が三十人と、連絡係として傭兵団「オークの舌」から数名の精霊術師を加えた編成となっている(もう一隻は「暁旅団」と「オークの舌」によって占められている)。その内、コルサスの騎兵側とリムルベートの騎士側で切り込み隊の役回りを取り合うという場面があったのだ。
コルサスの騎兵側としては、あくまで自国領ディンスの防衛に関わる作戦であるから、自分達が危険な役回りを負うべきだ、という自負があった。一方リムルベートの騎士側は装備面で優れた自分達がこの任務にあたるべきだ、という合理的な主張であった。
この件について、両者に顔が利くユーリーは考慮の結果、切り込み隊の役目を騎士デイル率いるリムルベートの騎士達に任せることにした。両国間の勢力関係や夫々の矜持などは脇へ押しやり、いかにこの危険な作戦を成功させるか? のみを思考した結果である。但し、コルサス側の顔を立てる意味で、ユーリー自身を含めた数名がコルサス側から加わる事になっている。
そして今、ユーリーが造り出した浮遊力場の力を得た重装騎士達が、ヨシンを先頭に次々と船腹を飛び越えるように空中へ舞い上がる。それを見上げていたユーリーは、
「アーヴィルさん、ダレス、僕達も――」
と告げると同時に
「わかった、上がると同時に閃光を発動する」
とは、魔術騎士アーヴィル。彼は普段通りの装備であるが、既にユーリーと自身に
「が、がんばるよ――」
武者震いを無理に抑えたダレスは、そう言うと背中の縄梯子を背負い直すのだった。
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ふわりとした浮遊感の中、長めに五つ数えたところで濃霧の外へ出る。そこは大型帆船の船縁の上端付近だった。目の前を塞いでいた壁が途切れ、途端に視界が開ける。その先には大型弩弓を手にした敵兵の集団があった。
その数三十。彼等は自艦の防御を固めるため、今まさに舷側に駆け寄らんとしていたところだ。そんな彼等だが、船縁からせり上がるように姿を現した重装備の騎士の姿に驚いたようで、即座に射撃の態勢に移ることは出来なかった。ほぼ全員が困惑の表情と共に、宙に浮かぶ重装騎士ヨシン・マルグス子爵の姿を呆然と見るだけの瞬間が生まれた。
その間隙、ヨシンは船縁に足を掛ける。浮遊力場から外れた途端に装備の重さが圧し掛かるが、そこは鍛え抜いた強靭な足腰で身体の平衡を保つ。そして、溜め込んだ脚力を一気に爆発させるように船上へ跳躍した。
「う、撃て!」
ヨシンの跳躍と同時に、敵兵から射撃の号令上がる。その号令により、敵兵達は思い出したかのように弩弓を構えると撃ち始める。敵船の船上めがけて放つ用途で造られた大型の弩弓から強烈な威力を持った矢を放たれる。
――ビュンッ、ビュンッ
ヨシンにとって幸運だったのは、それが統制のとれた斉射でなかったことだ。矢の幾つかはヨシンの頭上を、そして幾つかは足元を掠めて船縁に突き立つ。勿論、幾つかはヨシンの身体を捉える軌道だったが。
――ガン、ガン、ガン
それらの矢は、ヨシンが前面に構えた
敵兵は強力な矢が弾かれたことに驚いた様子となる。そんな中、ドシンッと地響きに似た音と共に船上に着地したヨシンは、
「一番乗りはリムルベート、マルグス子爵ヨシンが頂いた!」
と、豪快に名乗りを上げていたのだった。
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