Epsode_25.24 強行接舷
デルフィル湾を臨む二つの港湾都市 ――デルフィルとディンス―― からほぼ等しい距離の海上に、四都市連合が誇る海軍勢力の中枢ともいうべき大型帆船が二隻停泊している。一隻は四都市連合第二海兵団旗艦「海魔の五指」。そしてもう一隻はカルアニス海軍旗艦「カルアニス」だ。
最初のうち、それらの存在は薄い月明かりに照らされた大海原では芥子粒より目立たないものだった。だが、二隻の小型帆船は迷うことなく漆黒の海を帆走する。勿論、それは先行する黒い帆船に乗り込んだリリアの導きによるものだ。だが、その事実を知る由もないユーリーは、やがて視認できるようなった目的の大型帆船の姿に内心ほっと一息ついていた。
(ちゃんと見つけられたか……)
恋人リリアの
(まずは一安心とは言いにくいな……こんなに大きいとは……)
という印象を、二隻の大型帆船に抱いていた。
他に比較対象が無い大海原という状況ではあるが、それを差し引いても目的の二隻は巨大であった。それらは、ユーリーが以前カルアニスからインバフィルへ渡った際に乗った大型商船よりも更に一回りは大きいようで、
(まるで、ウェスタのお城みたいだ)
そんな感想が昔の記憶と共に湧き上がってきた。少年兵として過ごした日々、市中見回りの任務中の夜にテバ河の河川港から見上げたウェスタ城の情景が、接近するごとに視界を占領しはじめた眼前の帆船の姿に重なる。
状況を弁える事無く湧き上がった懐かしさに気を取られかけたユーリーだが、不意に掛けられた言葉によって現実に引き戻された。
「――そろそろ準備を」
厳めしくも何処か優しさ、または慈しみを感じる声音は魔術騎士アーヴィルのもの。それがユーリーに時が迫っている事を告げる。見れば、眼前に迫った大型帆船側にも変化があるようだ。明かりに乏しかった船上に次々と明かりが灯っていく。それは、接近する二隻の不審な小型帆船を見つけた証拠であろう。
「よし、手はず通りに
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薄い月明かりという天候下、二隻の小型帆船に施された黒い帆による偽装はそれなりの効果を発揮していた。結果として、四都市連合側の大型帆船に対し一キロ半の距離まで、発見される事無く接近することが出来たのだ。
この時、四都市連合側の二隻の大型帆船は南東側へ艦首を向けて並列する格好で停船していた。事前の情報ではこの二隻の他に中型帆船が一隻随伴しているはずだったが、ユーリー達の位置からはいずれかの船の影になっているようで判別できなかった。
視認できる限り、大型帆船同士の距離は凡そ二百メートルといった間隔だ。出撃した櫂船団の帰還を待つ停船であるため帆は全て折りたたまれており、結果として直ぐに動くことが出来ない状況だ。その船団に対してユーリーらが分乗する二隻の小型帆船は風上にあたる真北から急速に接近する。
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四都市連合側では見張りからの「不審船接近」の報告に対し、二人の提督 ――海魔の五指のバーゼルとカルアニスのスダット―― は即座に迎撃を命じる。多少の動揺はあるものの、流石は隆盛を誇る四都市連合海軍、しかも各海軍団の旗艦に所属する精鋭である。二人の提督による迎撃命令は速やかに伝達され、夫々の船で組織だった迎撃準備が開始される。
彼等の迎撃行動は大きく三段階に分けられる。一段階目は、大型帆船の積載量を生かした固定兵器である船上投石器による投石。そして二段階目は、接舷し乗り移ろうとする敵に対し、それを阻止する接舷戦。そして最終段階は船上における白兵戦となる。
その内第一段階である船上投石器による射撃は、ほぼ即応に近い迅速さで開始された。船尾側に据え付けられた二基の投石器が第一射目の投射を順次開始する。通常一射目は大まかな狙いを付けるためのものだ。その着水位置から第二射以降の狙いを調整することが目的となる。
だが、四都市連合の水兵達は一射目の着水点を確認することは出来なかった。一射目が投射された直後から、標的である二隻の小型帆船を中心に急速に濃い霧が発生したためだ。
「魔術師がいるぞ!」
「接舷戦闘用意、いそげー!」
そんな号令がかかる。その間にも濃霧は範囲を広げ、ついに四都市連合に船団は白い霧の海に浮かんでいるような状況になっていた。
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広大な範囲に展開された
その効果は、恐らくブルガルトの思惑通りに発揮されている。
――ザバァッ――
後方で上がる水音を聞きながら、ユーリーはそんな確信を持っていた。
四都市連合の大型帆船から繰り出される投射物は、少し後方に着水するばかりだ。着水とほぼ同時にその周辺が仄かに明るくなるのは投射物が可燃性の油と火種を詰めたものに変化しているからだろう。濃霧によって失われた視界を確保する意図が感じられるが、それは、相手がこちらの場所を見失っている証拠ともいえた。
「おーもかーじ、そのままだぁ!」
「帆を下ろせ! 急げ!」
「――まったく、ぶつけて止めるなんて、俺達海賊かよ!」
「――落ちたら助からないぞ、騎士さんたちは真ん中で固まってな!」
船上では、アント商会が手配した船乗りたちの怒声に近い声が上がっている。濃霧の中、ユーリー達の乗る小型帆船は急激に面舵を取り進路を右へ転じていた。北から接近し、大型帆船の間をすり抜けるような進路をとりつつ、十分に接近した時点で面舵を取る。つまり相手の船の左舷側船腹へ船首側から衝突するような無茶苦茶な操船である。それを、視界が全く効かない状況で、勘を頼りに行っているのだから、アント商会スカース・アントが手配した船乗りたちは超が付くほど一流の腕をもっているのだろう。
「見えたぞ、ぶつかるまで三十ぅ!」
船首に張り付いていた見張り役の船乗りがそんな声を上げる。その瞬間、それまで怒声罵声が支配していた船上に一瞬の静寂が訪れる。全員が息と生唾を呑むような瞬間、ユーリーは周囲に視線を向ける。そこには、頷き返すヨシンと騎士デイルといったリムルベートの騎士達、そして魔術騎士アーヴィル、ダレス、ドッジ、セブム等コルサス王子派の面々の姿があった。
「十、つかまれぇ!」
実際は十を数える間も無く、木材を引き裂くような耳障りな轟音が起きる。と同時に、ユーリー達は足元をすくわれるような衝撃と共にその場に突っ伏していた。
「よっしゃー、
妙に威勢が良い船乗り頭の声を聞きながら、ユーリーは姿勢を起こす。目の前には壁のように見える大型帆船の船腹があり、小型帆船の船首先端がその壁に裂け目を作ってめり込んでいる。とりあえず、接舷には成功したようだった。
「――よし、みんな出番だ」
努めて抑えた声でユーリーはそう言うと、静かに魔剣蒼牙の鞘を払う。次にやることは既に決まっていた。
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