Episode_25.04 馬鹿げた作戦


「本当の作戦会議? なに言ってんだ、おっさん」

「なるほど、面白いな」


 口の中にパンを詰め込んで喋れないユーリーの代わりに、ヨシンとアルヴァンがブルガルトの言葉に興味を示した。騎士デイルや魔術騎士アーヴィルも、口には出さないがブルガルトが切り出した話題に興味がありそうな素振りである。この場で一人、武人ではないスカースは、場所は貸すが口は出さないつもりのようで、成り行きを見守る姿勢だった。


「先ずは状況を整理しよう――」


 そんな中、ブルガルトは発言を切り出すと、言葉を続けた。


「現在の状況は、デルフィルが一方的に不利な状況だ。だが、どれほど四都市連合側が有利だといっても、これほど大きな都市を武力だけで制圧し、占領を維持することは並大抵ではない。本来ならば、適当な条件で停戦を行うような交渉があってしかるべきだ」


 ブルガルトの言葉には誰も反論しなかった。しかし、現実はその通りではない。四都市連合はデルフィル側が到底承諾できるはずのない降伏に関する条件を一方的に突き付けて交渉をする意思を示していない。


「確かに、襲撃によって一時的に損害を与える事と、完全に占領下に置く事は困難さが全く異なる」

「そうだ、しかも四都市連合側は少なくともリムルベートの陸戦力は身に沁みて理解しているだろう。海の上ならば有利だが、丘に上がれば精鋭の陸戦隊といえども精々が重装歩兵だからな」


 ようやく口の中の物を呑み込んだユーリーの発言にブルガルトは同意を示す。そして、


「だからこそ、奴らの狙いは一体何なのか? という疑問が浮かぶのだが……」


 ブルガルトはそう言うと、今度は問い掛けるような視線でアルヴァンを見た。対してアルヴァンは考え込むが、それは一瞬の事だった。既に思い至った事実があるのだ。


「恐らく、四都市連合側はリムルベート王国に二正面政策を強いたいのだろう。現に西のオーバリオンとの関係が緊張している今、デルフィル側にも軍事的な局面を持つことは相当な負担になる」


 アルヴァンの言葉はリムルベート王国の苦しい内情全てを説明するものではないが、端的な事実を述べていた。


「リムルベート側から見ればそうだ。だが四都市連合の連中としては、もう一度リムルベートと真正面から対峙するつもりはないだろう。もし連中にそんなつもりがあるなら、先の襲撃で少なくとも上陸地点を確保し続けるはずだ――」


 対してブルガルトはアルヴァンの言葉を半分肯定しつつ、彼なりの分析を披露した。


「――兵力をぶつけなくても、リムルベートにデルフィル側への注意と兵力を向けさせるだけで二正面は成り立つ。その上で、リムルベートが増強中の海軍を引っ張り出し、これを先のノーバラプール沖海戦のように再び撃滅できれば御の字、というところだろうな……しかし」


 ブルガルトはそこまで言うと、今度は視線をユーリーへ向ける。その視線を受けたユーリーは、既に彼の言わんとしている事が分かり始めていた。そのため、ブルガルトが次の言葉を発するよりも前にユーリーは話し始めていた。


「コルサスの状況はより酷い。既に西部のディンスと東部のトリムで王弟派と四都市連合の連合軍に対峙している。その状態でデルフィルという急所を攻められている状態だ」


 今の状況で、デルフィル及びデルフィル湾はコルサス王子派にとって補給の生命線である。この地域の安定が無ければ、トトマへの陸上交易路やディンス港への海上航路といった補給線は充分に機能しない。


「今のデルフィルの状況ならば、レイは恐らくなけなし・・・・の兵力を割いてデルフィルに増援を派遣しようとするだろう……」


 ユーリーはそこまで言うと語尾を淀ませる。実のところ、彼はデルフィル襲撃についてはレイモンド王子に報告の使者を送っていたが、再三に渡るデルフィル施政府からの援軍追加の要請については敢えて伝えていなかったのだ。その理由は、


「だが、本当に危ないのはディンスを巡る攻防戦だ。今のところは西トバ河を境に戦線は拮抗しているが、ディンスの港はデルフィル湾に面している。兵力をこの戦線からデルフィルに割いたところを海と河の対岸から攻撃されれば、持ち堪えることは難しい」


 とユーリー自身が語った状況にあった。


「俺もそう思う。それが今回の作戦で四都市連合が狙っているところだろう。つまり連中の本当の狙いはディンスだ」


 ユーリーの言った内容を受けてブルガルトは結論を導いた。補給線を脅かされた状況のコルサス王子派は、遅かれ早かれ、近い将来デルフィルの状況に手を打たなければならない。しかし海軍力を持たないコルサス王子派にとって、打てる「手」とはデルフィルへの増援以外に無い。結果として王子派が潤沢とはいえない兵力をデルフィルに割いたところで、海と陸からディンスを攻め落とすというのが、四都市連合の軍船団の狙いだというのだ。


「確かにそう考えると腑に落ちる」

「そうですね……第一の目標はディンスの攻略で、その過程で商売上も邪魔なデルフィルの勢力を削ぎ、さらにリムルベートにも負担を強いる……一挙三得の作戦、というところですね」


 ブルガルトの結論にアルヴァンが同意を示す言葉を発する。一方、沈黙を保っていたスカースは、商人の目を以って今回の四都市連合の軍船団による作戦を俯瞰的に捉えていた。


「でも、相手の狙いが分かったとしても、こっちには攻め手が無いじゃないか」

「これではそう・・と分かっていてもみすみす相手の思惑に沿った動きをしなくてはならない」

「せめて敵が同じ陸の上に陣取っていてくれれば……」


 一方、ヨシン、アーヴィル、デイルはそのような発言となった。騎士である彼等からすれば、馬で駆けて行ける場所に居る敵ならばいざ知らず、沖合に留まる軍船団には手出しが出来ないのだ。自分の剣が届かない相手の存在に、三人はもどかしいような表情となった。


「まぁヨシンもデイルさんもアーヴィルさんも、ブルガルトは状況確認と言ったんだ――」


 そんな三人に対して、ユーリーは宥めるように言うと、ブルガルトの方を向く。そして、


「何か策があるんだろう? それを教えて欲しい」


 と言ったのだが、ユーリーは直ぐにその策を「聞くんじゃなかった」と後悔した。というのも、


「ああ、策は有る。軍船団を構成する二つの旗艦に直接乗り込んで親玉をやるんだ」


 そう言ってニヤリを笑うブルガルトが語った内容は絵空事のように荒唐無稽な策だったからだ。


 スカースの屋敷の一階食堂は、その時から作戦会議室となった。


****************************************


その後ブルガルトが語った作戦とは、大別すると三段階に分かれるものだった。その第一段階目は、


――まずリムルベートが『海軍力を援軍として送り出す』と言いふらす――


 というものだ。そして第二段階は、


――コルサス王子派もデルフィルに援軍を送る素振りを見せる。実際に編成してストラ辺りまで動かせば充分過ぎるだろう。それと同時に、例の河川用櫂船をデール河経由でダルフィルの河川港に送り込む。四都市連合の連中はディンスにもデルフィルにも、おそらくリムルベートにも大勢の犬を飼っているだろう。連中は大喜びで報告するはずだ――


 ブルガルトの読みでは、海軍国である四都市連合は他国の海軍増強を嫌うため、小勢であっても先ず海軍力を叩く事を優先するはず、ということだ。その上で、


――軍船団がディンスへ向かうとしても、旗艦は沖合に留まるだろう。そこを、小型船に分乗した少数の勢力で叩く――


 というのが第三段階目だった。この時点でディンスは危険な状況に置かれるが、援軍としてストラに下げた部隊を引き返させてディンスの防衛に充てれば、


――なんとかディンスには持ち堪える。そして連中が沖合の旗艦に戻ったところで旗艦が損害を受けていれば……この作戦は一度中断せざるを得ない――


 ということだった。


****************************************


「――ダメだ、出来ないものは出来ない!」


 そんな言葉と共に食堂の扉を叩きつけるように閉めたユーリーは、怒気に肩をいからせながら廊下を早足で進む。話し合いの中身が彼にとって承諾出来ない内容に達したための行動だった。早足の歩調のまま本館から外に出たユーリーは、隣接する別館を目指す。勿論自分と恋人に割り当てられた部屋へ戻るためだ。


 別館の玄関を前に、これまで早足だったユーリーは一度歩みを止める。そして、心を支配した言い様の無い感情を鎮めるために、何度か深呼吸をする。涼しさの中に寒さを潜ませた風がスッと頬を撫でた。


「はぁ……」


 なんとか冷静さを取り戻したユーリーは、深呼吸の後に無自覚な溜息を漏らす。既に夜更けも過ぎて深夜に近い時間であった。月も出ない夜空の下、多くの天幕が張られた屋敷の庭には動く者の気配が薄い。そんな真夜中の空気を吸い込んだユーリーは、意を決すると別館の中に足を踏み入れる。愛する女性が待つ場所に向かう彼だが、その心中は、悟られたくない気持ちを見透かされないか? という恐れがあった。


(……どうしたらいい……)


 二階へ続く階段を上るユーリーは自問する。


 先ほどブルガルトが「作戦を成功させるために」とユーリーに要請した内容は、ユーリーには到底受け入れられない内容だった。そのため彼は作戦室と化した食堂を飛び出してきたのだ。だが、冷静さを取り戻した彼には、ブルガルトの要請内容が最適な選択肢であると理解できた。


(……しかし……)


 言われた内容を素直に伝えれば、きっとリリアは喜んで協力するだろう。だが、そこは今までとは違う戦場 ――逃げ場の無い海の上―― なのだ。危険の度合いが比べ物にならない。そのため、ユーリーは彼女を巻き込まずに済む方法を懸命に考えようとした。だが、考える時間は不十分だ。また、準備に費やせる時間も少ない。そして何よりも、


「遅かったのね……」


 部屋のドアを背にして暗い廊下で待っていた恋人の声が、纏まらないユーリーは考えを更に乱していた。


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