Episode_25.03 本当の作戦会議
会議室から解放された青年達は一様にぐったりと疲れた表情を浮かべていた。既に日は沈み夕刻を過ぎる時間である。肉体的な疲労は全く感じないが、とにかく精神的に堪える会議であった。
(あんなのに比べれば、素振り千回の方がよっぽどマシだ)
議事堂の敷地外へ歩くユーリーはそんな事を考えていた。ブルガルトが立ち去った後の会議室は依然として各ギルドの首領が勝手な発言を繰り返す状況のままだった。だが、それも一時間、二時間と時間が経過するにつれて徐々に収まり、彼らの意見は結局、
――リムルベートとコルサスからの援軍を待ちつつ街の防備を固める――
という、それ以外に選択肢の無い結論へと落ち着いていた。その上で、切羽詰まった表情の面々は「更なる援軍を」と二人の青年に詰め寄る格好となったのだった。
「疲れたな、ユーリー」
「そうだね……」
「だがブルガルトが恫喝したお陰で、四都市連合に下ろうという連中が大人しくなったのは良かった」
「うん……でも、守り一辺倒では幾らデルフィルでもそう遠くない内に蓄えが底を尽く」
歩いているのはユーリー、アルヴァン、デイル、アーヴィルであるが、言葉を発しているのはユーリーとアルヴァンだ。そんな二人の青年は共通の認識を口にしたユーリーの言葉を最後に、そろって溜息を吐く。
守ってばかりの状況では、敵に翻弄されるだけだということが容易に想像できる状況だ。だが、湾の沖合という洋上に留まる敵に対して彼等は反撃の術を持たないのだ。リムルベート王国は最近インバフィルを手に入れた事により海軍力の整備に力を入れているが、今の状態で戦いを挑んでも数年前のノーバラプール沖海戦の二の舞になるだけだった。しかも、多額の費用を掛けて整備中の海軍力を態々デルフィルまで差し向けてくれるとは、アルヴァンには考えられなかった。
一方のコルサス王子派には、ディンスに港湾警備用の小型櫂船が数隻と、先の沿岸域襲撃作戦の際に接収した南方様式の小型帆船が存在するが、とても海軍力と呼べる代物ではない。しかも、ノルバン砦を放棄した後は西トバ河を挟んで王弟派と四都市連合傭兵軍と対峙している状況だ。通常の兵力であってもこれ以上の応援は難しい状況である。
溜息後は無言で歩く一団は、双方の本国の事情に想いを馳せ、そして戦略的に手詰りの状況を考えて足取りが重い。そんな彼らが丁度議事堂敷地の出入り口付近の厩舎に差し掛かったところで、今の彼等の雰囲気とは場違いな元気の良い声が聞こえて来た。
「随分時間が掛ったな!」
「ああ……ヨシンか」
「待ってたの?」
「ダルフィルの大使館に居ても暇だからな、デルフィルの街を見て回るついでにな……どうした? みんなそろって辛気臭い顔して」
そう言うヨシンは以前と全く変わらない風にアルヴァンやデイルの愛馬の手綱を引いて彼等に渡すと、そこで厩舎を振り返って大声を発した。
「おーい、おっさん、出て来たぞ」
ヨシンの大声にアルヴァンの愛馬メアは咄嗟に耳を後ろへ倒すように背ける。一方、その大声に、
「でけぇ声だな。それにおっさん呼ばわりかよ」
と不満を漏らしつつ厩舎から姿を現したのはブルガルトであった。彼は、
「……少し話し合いを、と思ってな。スカースの屋敷で良いだろう」
と言うと、まるで「ついて来い」と言わんばかりに歩き出した。
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デルフィルを東西に横切る大通りはそのままトトマへ向かう街道と繋がる。その大通りに港湾地区から延びた別の大通が繋がる三叉路に面した立地がアント商会デルフィル支店になるのだが、その支店を任されているスカース・アントの自宅は店よりも北側に在った。
他の裕福層の屋敷が立ち並ぶ区画から離れた場所に存在する彼の自宅は、アント商会創立者であるスカースの祖父が晩年に建てた屋敷であった。広い敷地にポツンと建つ本館の他に、宿屋のような佇まいの別館と厩舎を備えている。一介の隊商主から身を興した創業者らしく、他の隊商主が万が一の時に当座の滞在場所として機能するように造られた屋敷だ。
以前はスカースの父ジャスカーが住まいとしていたが、今はリムルベートに豪華な居を構えている。そのため、十年程前からこの屋敷にはスカースと十数名の護衛兼使用人が住み暮らすのみであった。そんな屋敷は持ち主の性格を反映したのだろうか? 華美や瀟洒とは程遠い閑静な、寧ろ殺風景で何処か寂しい印象を与えるものだったのだが、それも一週間前までのことだった。
現在のスカースの屋敷には、定宿にしていた「海の金魚亭」を襲撃により失ったユーリーやリリア、それにコルサス王国先遣隊の面々が寄宿しており、更に負傷したリーズや彼女の仲間も転がり込んでいた。また、広い庭にはコルサス王子派の遊撃歩兵隊の兵士達が野営天幕を設営していたりもする。困窮した隊商のために建てられた屋敷は、二代下ってようやく(本来の意図とは少し異なるものの)機能を発揮したといえる。
ユーリーや魔術騎士アーヴィルは現在この屋敷に滞在中である。そのため、別に宿を確保しているブルガルトが、同じく少し離れたダルフィルの大使館に寄宿しているアルヴァンらをこの屋敷に誘うのは少し不思議な感じがした。だが、ブルガルトはそんな事を気にしない様子で一行をスカースの屋敷へ案内すると、遊撃歩兵隊の天幕を縫って本館に足を踏み入れ、そのまま一階にある食堂へ向かった。
「随分遅くなったのですね」
食堂には、一行を人数分の軽食と共に出迎えるスカースの姿があった。
「悪いな、ちょっと借りるぞ」
「いいえ、構いません。さぁ皆さんもお腹が空いたでしょう、召し上がってください」
ブルガルトの言葉にスカースは恐らくアルヴァンを意識した丁寧な言葉遣いで答えると、手の仕草で一行に食事を勧めた。
長テーブルの上には薄切りのパンに塩蔵肉、チーズやピクルス類を挟んだ軽食と湯気を立てる煮込み汁が配膳されている。それ以外には削ぎ切りにした干し鱈や燻製されたチーズ類が酒肴のように盛られた皿と、壷入りのワインがあった。夕食としては簡素であるが、午後から丸半日続いた会議で食欲を減退させていた面々には丁度良い内容であった。
「お招きありがとうございます。それではお言葉に甘えて、頂きます」
ブルガルトに連れられる格好でこの屋敷を訪れたアルヴァンであるが、饗応に礼を欠かすことは無い。そしてアルヴァンがテーブルに着くと、デイルやヨシンもその後に続く。一方、ユーリーと魔術騎士アーヴィルも、スカースに促されて同じテーブルに着いた。そして、食事をワインで流し込むような言葉少ない食事の時間が過ぎる。
一同が食事を続ける間、ブルガルトの元には同じ傭兵団の傭兵が二度ほどやって来た。伝令役のような傭兵はブルガルトに小声で何かを報告し、その度にブルガルトは短く応じる。その様子を傍目で垣間見たユーリーは、リリアから仕込まれた読唇術の応用で彼等の会話を盗み見る事が出来た。曰く、伝令兵は「尾行がありました」と告げ、「始末しますか?」と訊いたがブルガルトは「捨て置け」と言ったようだった。
(尾行……ふぅん……なるほどね……)
そのやり取りに、
「では、本題に入ろう。本当の作戦会議を始めようか」
と切り出したのだった。
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