Episode_25.02 継戦放棄?


 デルフィル施政府議会に設置された小規模会議はこの時点で唯一機能している機関であった。本来はスカリル奪還を目指した軍事行動に関する必要事項を協議するために設置された会議であるが、その目的を達成したと同時に発生したより深刻な事態に対して、


 ――四都市連合の軍事行動への対応のため――


 と、存在意義を拡大解釈して継続されていた。これは、スカリル奪還完了と共に大急ぎでデルフィルに戻ったアルヴァンと、居住区の消火を粗方終えたユーリーの二人による、殆どこじつけ・・・・のような主張であった。だが、ほぼ全てのギルド首領がこの決定を支持したのは、彼らなりに既存施政府議会の組織と枠組みでは状況に対処出来ないと判断したためだろう。


 そのような経緯で維持された小規模会議には幾つかの情報が五月雨式に、今頃になって集まり始めている。


「――ボンゼ海商ギルドからの情報だが、三、四か月前にコルベートの港で四都市連合の軍船団が停泊しているのが目撃されている」

「数は?」

「そこまでは分からんが、五本マストの大型帆船が少なくとも二隻いたそうだ」


 海商ギルドの首領の発言であった。結局デルフィルでは四都市連合の軍船団に関する情報は得られず、今頃になってボンゼからの情報が舞い込んだということだった。


「船の名前は分からないのか?」

「確か、一隻は海魔のなんとかと」

「そうか……」


 そんな海商ギルドの首領に問い掛けるのは暁旅団のブルガルトだ。彼はスカリルを無血奪還した後、傭兵主体のデルフィル軍の一部を街に残し、街に閉じ込められていた一部の住民を伴ってデルフィルに戻ったばかりであった。因みに、現在スカリルに留まっているデルフィル軍に対しては、万が一四都市連合の再攻撃があった場合は速やかに撤退するように指示を出していた。


「海魔と名が付くならば海兵団の船だな……」


 中原や四都市連合で活躍した傭兵団の首領らしく、ブルガルトは博識を披露する。ただしその表情はこれ以上無いほど苦いものだ。


「状況からして恐らく第二海兵団の旗艦『海魔の五指』だろう」


 全部で三つ存在する四都市連合海兵団の内、第一海兵団はニベアス島にほぼ常駐の格好となっている。その上、ベートとオーチェンカスクがにわか・・・に交戦状態となっているため、流動性が増したリムル海東部海域からは動けない。そして第三海兵団は現在オーバリオンの港街スウェイステッドに駐留している。それらの状況から導いたブルガルトの判断は正しかった。


「ならば、もうひとつの大型船は?」

「まぁ、場所的にも間違いなくカルアニス海軍の旗艦『カルアニス』だろうな」


 次いでアルヴァンが問いを発するが、ブルガルトはそれにも自信を持って答えた。


「第二海兵団とカルアニス海軍、どれほどの規模になる?」

「主力の二段、三段櫂船ならば合わせて五十隻。それに旗艦の収容力を考えれば、恐らく陸戦兵が五千、操船人員の海兵を含めれば八千だろうな」


 次いで発せられたユーリーの疑問にも、ブルガルトは淡々と答える。だが、彼の語った内容に、他のギルドの首領たちは平静を保てなかった。動揺の波が小さな会議室に目に見えるように広がる。


「そ、そんな大軍なのか!」

「これはやはり……」

「ア、 アルヴァン様、ユーリー殿!」

「本国への増援要請を今一度!」


 出席者の半数、海商ギルド、交易ギルド、港湾ギルド、傭兵ギルドの面々が口ぐちにそう言う。彼等の口ぶりには懇願の色が籠っていた。一方、


「両国の援軍を期待して待つ……」

「果たしてそれで良いのか?」

「今の状況では四都市連合に下るも已む無し」

「我々の生存は我々が決めるべきだ」


 と発言するのは残りのギルドの面々だった。彼等は商工ギルドや露店商ギルド、冒険者ギルドに漁業ギルドといったデルフィルの人々の生活に近い立場であった。大国間の思惑や政治の駆け引きも身に迫った危機の前では重要度を落とす。彼等の立場は大きな街に住み暮らす人々の生活が商売の浮き沈みに直結している故により現実的といっても良いだろう。


「本国には状況を報せる使者を出しています!」

「……今は待って頂きたい」


 そんな彼等に対して、ここ数日同じ言葉の繰り返しに終始するユーリーとアルヴァンの言葉はどう響くだろうか? その答えは、ギルドの首領面々が夫々に不満と焦りを溜め込んだ発言を繰り返すようになった会議室を見れば一目瞭然であった。彼等は二人の青年を責めるような言葉を繰り返す。一方、それらの言葉を受ける二人は只管我慢と自制を自らに言い聞かせる。


 本来ならば、自分達で何とかしなければならない問題であるのだが、今の会議室にその事を冷静に理解する者は居ない。まるで隣の人物が発した言葉に乗り掛って逆上するように興奮の度合いが高まっていく。そんな時、彼等の声を割って低いが腹に響く声が上がった。まるで遠くで響く雷鳴のような声はブルガルトのものだった。


「不満も良いが!」


 ユーリーやアルヴァンは思わず身を固くする、いや、身構えるような気の籠った声である。二人だけではない。アルヴァンの背後に控えていた騎士デイルや、ユーリーの隣に座る魔術騎士アーヴィルも、咄嗟に腰の剣に手を掛けるほどだった。だが、ブルガルトはそんな面々の反応を無視して続ける。


「四都市連合の軍門に下るならば、リムルベートやコルサスと戦争になる覚悟を固めるということだな?」


 低いブルガルトの声は抜き身の剣のようであった。それを、突然突き付けられたギルドの首領達は唾より大きな何かを喉に押し込まれたように黙り込んだ。


「俺は傭兵だからな。勝てる見込みのある戦いは受けるが、見込みの無い戦いは願い下げだ。デルフィルが四都市連合に下るならば、俺は降りる」


 ブルガルトはそう言うと、会議室の面々を睨むように視線をゆっくりと巡らせる。


「金貨三千枚は惜しいが、それより何より命が惜しい。リムルベートやコルサスと陸戦をやって勝てるとは思わん」


 そう言い捨てた傭兵団の首領はサッと席を立つと、


「どうするか決めてくれ。では、また明日」


 と、突き放すような言葉を残して部屋を後にした。


 その後、会議室は取り残されたユーリーとアルヴァンを後目にバラバラな議論が続いた。そんな議論が一つの方向性に纏まっていくのは、この日の夕方過ぎの事であったという。


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