Interlude_25.05 アズールの想い
極属性闇の魔術による漆黒の閃光と破滅的な破壊は、上空の分厚い雲に潜んでいたアズールにも明確に認知できるものだった。予め話し合って決めた
アズールはその表情のまま、地表へ向けて高度を落とした。白い燐光を発するエーテル体の翼が冷たい空気を捉えて弧を描く。直ぐに分厚い雲を抜けて視界が開けた。眼下には見渡す限り荒涼とした岩肌が続くが、一点のみ他と異なる白色を呈している。そこからは、彼にとって愛おしい存在となった者が発する
「アンナ……」
数百年というあまりにも長い時間の果て、自らの命の時限が尽きようとしている今になって、アズールは愛を知ってしまった。その対象が接触と干渉を禁じられた人間であったとしても、あまつさえ、使徒という種族が衰退し滅亡に瀕する切っ掛けとなった「大崩壊」の原因を作った魔術師の端くれであろうとも、彼の感じる愛は変わらなかった。
そうやって愛情を得たアズールには、当然の帰結として葛藤があった。それは、愛する者を危険から遠ざけたい、という本能的な欲求である。だが、その欲求は彼の果たすべき使命と矛盾する。使徒という種族の最後の世代として、今この世界に再び起こりつつある異変 ――強大な異次元の存在を召喚するという試み―― は必ず阻止しなければならない。そのためには、アンナの協力が不可欠な状況なのだった。
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彼が同族から伝え聞いたところによると、嘗て「大崩壊」が発生した時代、人間の魔術師達も巻き込まれたエルフ達も皆、その祖である「理の巨人」や「混沌の龍」の力を色濃く残していたということだ。更に、使徒という種族も今とは比べるべくもないほど大勢存在していた。
だが、それら強い力を持った者達が力を合わせても尚、呼び出された異次元の存在「異神」は強大であった。結果として数日に及ぶ死闘の末、遂に滅ぼすことは出来ず、甚大な被害と犠牲を引き換えに力を削ぎ落し、亜次元に無理やり押し込み隔離することが精一杯だったという。
(今の世で同じことが起これば、対抗する術はない)
世の中には、例えば西の端の森に住む古エルフの女王のように力を保っている者も存在している。だが、その数は絶望的に足りない。そんな状況で「大崩壊」が再び起これば、この世は抗う事も出来ずに「異神」の進出を許すだろう。その結果、どんな事態が発生するか、それはアズールの想像を超えるものだ。しかし確実に言えることは、この世界の始祖たる「創造主」から世界の摂理の観察者として生み出された使徒という種族にとって、そのような事態は容認できるものではない、ということだ。
だが、いくら「容認できない」と言っても、動ける者はアズール以外に極僅かという状況の使徒には、呼び出された後の「異神」に対抗する術はない。だから、下界に降り立ったアズールは「大崩壊」の繰り返しを意図する者達を探った。その過程で偶然出会ったのがアンナという女魔術師だったのだ。
当時、下界に下りたばかりのアズールは大気を伝う不穏な波動や異世界の住人である魔神の気配を辿るしか活動の術がなかった。そんな状況下、東の果てに不穏な何かを直感した彼は、そこで人間の魔術師達が古竜を対峙しているのを目撃した。
そこで繰り広げられていた戦い、特に古竜にとどめを刺した星を落とす魔術は彼が同族の年長者から伝え聞いた古の魔術師の業と同様だった。だが、発せられる魔力には僅かにこの世の摂理から外れた気配 ――つまり魔神に通じる何か―― があった。その事に興味を持ったアズールは現場から逃げ遅れていた魔術師、つまりアンナを助けた。
最初は純粋に事情を聴くだけのつもりだった。だが、昏睡状態の彼女にやむを得ず触れ、乱れた着衣を整える過程で彼の精神に強烈な変化が起こった。生々しく目の前に迫った異性の存在は、種族の違いや接触禁止の掟を簡単に凌駕した。そして、彼と彼女の奇妙な協力関係が始まったのだ。
今、アズールはアンナの助けにより核心に迫りつつあった。アンナが所属するエグメルという魔術師集団こそが秘密裏に「大崩壊」の再現を試みていたのだ。そして、アンナが併せ持っていた古代の魔術師の知識により、世界各地に散らばる遺構 ――制御の塔―― が「異神」を呼び出すために不可欠なものだと知ることが出来た。
「異神」の呼び出しに関わっている制御の塔は全部で六つ。その内四つは既にエグメルの手中にあった。一方、残りの二つの内「北西の正塔」は、アズールの弟であるジュリームが関わり、命を落とした事件によってこの世との繋がりを隔絶されている。しかし、その状況はアンナに言わせると「不安定で保証がない」ものだという。そのため、より確実な方法として、もう一つの塔である「北東の逆塔」解封を防ぐ必要があった。
彼等の企みは注意深い行動と幾つかの幸運によって果たされつつあった。封印を解く鍵は既にアンナが所持している。あとはその鍵となる魔術を
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緩く弧を描いて降下するアズールの目はやがて愛する者の姿をはっきりと捉えていた。巻き毛がちの細い金髪が風に揺れている。そんな彼女の周囲には原型を留めないほど破壊された魔術師の遺骸がある。凄惨な光景だ。しかし、遺骸を足元に置いた状況で、普段冷たい表情をしている事が多いアンナは、何故か微笑みのような表情で彼の方を見ていた。
(危ない事をさせるのもこれが最後だ……これが終われば……)
これが終われば彼は種族の使命から解放される。その後は愛する者と共に人の世に紛れて過ごそう。それがどんな日常になるか? 不慣れな想像を脳裏に浮かべたアズールは、つられるように表情を緩めるのだった。
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